選出される重大な10分の5題

 世の中に溢れる何千何万という数の映画・ドラマ。私は一生を掛けてもその全ての内の半分も見ることはできないだろう。いや、決して全てを見る必要などない。義務感にとらわれ片っ端から、という思考でまるで仕事を処理するかのような姿勢で接してしまえば、本来気づいていたはずの特定の映画の魅力や細部のことに関して鈍感になり、映画一つ一つに対する思い入れも薄まっていくだろう。私は二十年という出生から最初の節目に立っているわけだが、映画に対する見方は幼い頃に比べて変化は明白だ。映画に限ることではないが、ある特定の物事に対する捉え方や接し方は、年を重ねる度に価値観や感性の変化や知識の増大と共に変遷することは当然である。しかし、歳を重ねても変わらないものもある。それは、本能により反射的に沸き起こる、「ワクワク感」とか「ハラハラする」とか「晴れやか」といった子どもの時から変わらず持ち続けている感情である。心身が成長しても、その人の本質的な要素は表面に現れずとも、変わらずどこかには存在しているはずで、一度忘れてしまっても何かがトリガーになって思い出す時が来るだろう。どうか、その初心を保ったまま映画の鑑賞へ挑んでほしい。
 以下は、私がこれまで見た作品の中から特に影響を受けたものや斬新さが感じられたものを厳選した。簡単な個人的感想を添えてある。

Harry Potter and the Order of the Phoenix/ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団(2007)

 小学生から中学生にかけて最も熱中していたシリーズであり、私を「ファンタジー」の魅力に引きずり込み、興味の方向性に大きく影響を受けた。J.Kローリング原作のハリー・ポッターの映画作品は全編を通して面白く、その摩訶不思議で現実を忘れられる細かい設定が盛り込まれたもう一つの人間世界は、見る者に”魔法体験”を与えてくれる。
 シリーズの中で何故本作を選んだのかというと、本作辺りから物語の佳境へと突入していき、特に本作は初めて見た時にハリー・ポッターの重厚な世界観に強く魅了させられたと記憶しているからだ。舞台がホグワーツ中心だった前作までが物足りないと感じた人も間違いなく楽しめるだろう。そのため魔法を使っての戦闘が増え、物語の暗い部分も増えていく。そして、ハリー・ポッターシリーズは出演俳優の成長ぶりも追うことができるので、そのあたりも注目していただきたい。

Psycho/サイコ(1960)

 アルフレッド・ヒッチコック監督の作品の中でもおそらくもっとも知られている”あのシャワーシーン”の映画。今では当たり前にある「サイコサスペンス」というジャンルだが、この作品はおそらくその基盤となり後出の作品にも大きな影響を与えたと思われる。現代を生きる私にとって、モノクロ時代の映画というのはむしろ新鮮なものが多く、建造物や機械、生活様式まで様々で、私に他の古いモノクロ映画を見る動機付けをしてくれた。特に、「モーテル」なる存在を知ったのはこの作品を見てからだった。これは余談だが、当時の映画館ではこの作品のストーリーを口外することを禁止する呼びかけをしていたらしい。

SUSPIRIA/サスペリア(2018)

 1977年のダリオ・アルジェント監督の同名ホラー映画のルカ・グァダニーノ監督によるリメイク作品。”リメイク”とは言ったものの、ストーリーや大枠の設定はもはや別物で、オリジナルから引き継がれているのは登場人物と、細かな世界観設定ぐらいである。レビューを見ると賛否両論であるが、私は両方とも違った良さがあるので”どちらが”などとは思わない。しかし、今回はリメイク版を先に見ていたということで、そちらについて記述する。
 本作に関しては、もはや他のただ心臓に悪いホラーというよりかは芸術性を帯び、よく練られたサスペンスのように私は感じた。全6章約152分から構成される本作は、章を追うごとに主人公スージー・バニヨンが入団する舞踊団の裏側が明かされていくのだが、一度見ただけでは理解ができない部分があるかもしれない。152分という長い時間だが、6部構成となっているおかげで飽きを感じさせず、オリジナル同様何度も見たくなる言語化することが困難な魅力が本作にもある。特に、最終章では恐怖よりも禁忌に触れたような不安に見舞われた。
 俳優に関して述べると、ティルダ・スウィントンさんのダンス指導者兼魔女役は適役だと思ったし、ダコタ・ジョンソンさんのダンスシーンも目を見張るものがあった。そして、本作では冒頭とラストの数分しか登場していないパトリシア役のクロエ・グレース・モレッツさんだが、過去の出演されたホラー作品から得られるイメージとは異なるそのダークな演技は、物語の導入に相応しく、魅力的であった。彼女の役幅の広さには驚かされた。

Let me in/モールス(2010)

  本作は2008年のトーマス・アルフレッドソン監督の「Låt den rätte komma in/僕のエリ 200歳の少女」のハリウッドリメイク版であり、私はリメイク版を先に見たので、そちらについて記述する。できれば前情報無しに見て欲しい本作。私自身も、この作品が「スリラーなのか?ホラーなのか?サスペンスなのか?」といういまいちジャンルが定まらない状態で視聴したが、予想とはかなり違った作品で驚いた。一言で言えば「やるせない悲哀が続く、ホラー・ラブ・ロマンス」と表現できる。
 この物語はコディ・スミット=マクフィーさん演じる少年オーウェンとその隣に父親らしき男と引っ越してきたクロエ・グレース・モレッツさん演じる、謎めいた少女アビーとの関係を中心にして描かれる。表向きはいじめられっ子のオーウェンは一人の時にはいじめっ子に対する憎悪や攻撃的を見せるが、友達はおらずいつも一人である。同じくいつも一人の少女アビーは、夜の公園にいるオーウェンの下に現れ、二人の仲は深まっていくが彼はアビーの謎の多い言動に疑問を抱く。是非最後までご覧いただきたい。
 2022年のアカデミー賞助演男優に「The Power of the Dog/パワー・オブ・ザ・ドッグ」でノミネート候補にもなったコディ・スミット=マクフィーさんはひ弱で何を考えているか読み取り難い少年を見事に演じており、クロエ・グレース・モレッツさんはミステリアスでどこか悲しげな少女を上手く表現されていたと感じた。
 

Otesánek/オテサーネク 妄想の子供(2000)

 芸術家ヤン・シュバンクマイエルさん監督・脚本による、長編映画。彼が作り出す独創的な世界観は見事なもので、唯一無二である。彼の作品を通して表現される「不味そうなご飯」は本作にも存在するので、是非確かめていただきたい。本作のストーリーを簡単に説明すると、「子供のできない夫婦がおり、ある日夫が庭で見つけた人型の木を赤子の形に模してを妻に見せると、まるで本当の赤子のように自身の妄想を投影し、現実との区別がつかなくなる。そしてある日を境にその木は実際に動き出し、とてつもない食欲を夫婦を悩ますことになり…」といったところだろうか。劇中に登場する木の赤子「オティーク」は何とも奇妙で、ストップモーションでジタバタする様はまるで実際に生きているかのように見え、どのようにして、どれぐらいの時間をかけて撮影されたのかが気になるところである。ジャンル分けが少し難しく、子供向けのような世界観に見えてグロテスクな描写も一部あったりするため、ホラーとファンタジーを混ぜたような作品である。
 ヤン・シュバンクマイエルさんの他の作品も独創的でとても面白いので、彼の世界観に惹かれた人は見ることをお勧めします。

 ややホラー色の強いものが占めた前半の5題だが、後半では様々なジャンルのものをとりあげると思われる。


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