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ハードボイルドだど!を知ってるかい?

「ハードボイルドだど!」は、内藤陳さんというコメディアンが結成したトリオ・ザ・パンチというお笑いグループのギャグである。

その陳さんが開いた「深夜プラスワン」という酒場が新宿ゴールデン街にあり(正確には花園一番街)、私も3~4回ほど飲ませてもらったことがある。

陳さんも亡くなってしまったし(お店はまだある)、探偵を辞めてからは新宿に行く用事もほとんどなく、何より観光地のように様変わりしてしまったゴールデン街に行くことはもうないかもしれない。

昔を懐かしむのはおっさんの悪い癖だと言われるが、構うもんか(笑)
私が何をどう懐かしもうがいったい誰に迷惑をかけると言うのだ。

陳さんのことを知らない方も多いと思う。
実は私もコメディアンとしての陳さんをリアルタイムで見た記憶はなく、ブラウン管(いいじゃないか、この言い方の方が今はしっくりくる)で陳さんを見たのは麻雀放浪記という映画で「おりん」と言う男娼の役の陳さんだけだ。

私は日本冒険小説協会の会長としての陳さんから入った口だ。もっと言えば陳さんが書かれた「読まずに死ねるか」という本に出会ったのがきっかけだ。

陳さんは無類の本好きで、日に2冊は読んでいたと言われている。
そんな陳さんの深夜プラスワンには作家の方も多く飲みにきていたらしい。残念ながら会う機会はなかったが、北方謙三さんや大沢在昌さんも顔を出していたというから、本好きにはたまらない酒場だ。
馳星周さんがデビュー前に深夜プラスワンで働いていたのも有名な話。


深夜プラスワンで飲んでいたある夜、一人のサラリーマンが店に入って来た。

その男はカウンターの中の陳さんに向かって

「金持ってないけど飲ませて欲しい」

と言った。決して酔っぱらい特有の根拠のない偉そうな態度をとっていたわけじゃなく、むしろ少し控えめ、というか、そう、下卑た言い方だった。

酒が入るほどにからんでくる陳さんだったが、この時はまだ時間も早くそんなに出来上がっていなかった。
私はカウンターの隅っこで興味深く様子を伺った。

「金を持たずに酒場に来るんじゃねぇ」

痺れた。

変な同情心を示すこともなく、無駄な言葉も発せず、ストレートな即答だった。

サラリーマンは無言で踵を返して出て行き、陳さんは自分の酒を煽り、店内は今の出来事など最初から無かったように心地よい喧騒が戻った。

ほどなくして、少しくたびれた様子の女性が入って来た。
近所から普段着で歩いて来たようなそんな印象だったことは覚えている。

「1000円しか持ってないんですけど・・・」

消え入りそうな声でそう言った。

「座んな」

と空いていたカウンター席を指差し、招き入れた。

その女性は確か、コップ一杯のビールを飲んで帰っていった気がする。1000円もしなかったはずだし、陳さんもちゃんとお釣りは渡したはず(笑)

金を持ってなきゃ追い返し、金を持ってりゃ金額分の酒は出す。

至極当たり前のことだが、私ならもしかしたらサラリーマンに酒を出し、女性には好きなだけ飲ませたかもしれない。

それを優しさだと勘違いして。


タフじゃなきゃ生きていけない、優しくなければ生きている資格はない。

あまりにも有名なレイモンド・チャンドラーの小説に登場する探偵フィリップ・マーローの台詞で、あたかもハードボイルドの代名詞のように言われているが、

あの日の陳さんの振る舞いこそが、私のこれまでの人生の中で最もハードボイルドなシーンだったと今、想う。

優しさとは、独りよがりのものではなく、相手を慮ってのものだ。
自分の強さがあってこそ成り立つもの。



腕利きドライバーのケインが受けた仕事は、ごくシンプルに思えた。相棒となるボディガードとともに、大西洋岸のブルターニュからフランスとスイスを車で縦断し、一人の男を期限までにリヒテンシュタインへ送り届けるだけだ。だがその行く手には、男を追うフランス警察、そして謎の敵が放った名うてのガンマンたちが立ちはだかっていた! 次々と迫る困難を切り抜けて、タイムリミットの零時1分過ぎまでに、目的地へ到達できるのか? 車と銃のプロフェッショナルたちが、意地と矜持を見せつける。冒険小説の名作中の名作が、最新訳で登場!

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深夜プラスワンは、ギャビン・ライアルの同名小説から取られた名前。
私ももちろんボロボロになるまで読んだ文庫本を所有してますが、キンドル版&新訳が出ているのは知らなかった。まさに「読まずに死ねるか」な一冊。

この本の影響で、私の先輩の超絶かっこよく渋い私立探偵がシトロエンに乗ってました。ちなみに調査にはまったく不向きな車です(笑)


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