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真夜中の失恋女子の話

高級ブランド店が立ち並ぶエリアは夜になると昼の活気が嘘のように空虚な空気が立ち込める。そんなエリアで若い女の子が乗車してきた。日付をまたごうとしている時間帯だ。

「〇〇まで」

女の子は行き先を告げると

「運転手さん、失恋したぁぁ!」

と突然泣き出した。少しお酒が入っている様子だが、そこまで酔っぱらっている感じではない。

そもそもこのエリアにこの時間まで開いてる飲食店はない。彼氏の家があるような住宅街でもないし…。どういうシチュエーションで失恋したんだ?

そんなことを考えて返事が出来ずにいたら、

「ねぇ、失恋したぁぁぁぁ!」

と、ハナをすすりながらまた大きな声で言ってきた。
さすがにスルーする訳にもいかず、

「失恋ですか、大変でしたねぇ」

と、当たり障りのない返事をすると

「もう、返事、テキトー!!!」

と、笑い泣きしながら盛大に突っ込んできた。

確かにいま考えると我ながら適当な相づちだったと思うし、下手したらその子の感情を逆撫でしてもおかしくなかったかもしれない。

だが初めて顔を合わせた女の子が20秒後に泣きながら

「失恋したぁぁ!!」

と感情をぶつけてきた時の気の効いた返しは思いつかなかったし、何よりその子の勢いに気圧されてしまっていたのも事実。

泣いていたけど失恋という悲壮感を感じさせない勢い。とにかく声量がすごかった。


タクシーのお客さんには色んな人が居て、それがまた楽しかったんだけど、密室だからか、二人だけだからか、二度と会う相手ではないからか、この子みたいにこっちが心配になるほどグイグイとプライベートな話をしてくる人は意外と多い。

そのお客さんの雰囲気や話の内容や話し方や声のトーンから、地雷を踏まない対応を素早く正確にしないといけないので、極力会話をしないドライバーも多いと思う。

私は相手が話したそうな雰囲気を出していたらガンガン話す方だ。
ただ、政治、宗教、好きな球団の話はタブーである。

この時も「テキトー!!」のノリに救われて話を聞いてみると、片思いだった人に振られたという。

「告白して振られたんならしょうがないですよ」
「またテキトー(笑)」

「いやいやテキトーじゃないです(笑)」
「告白はしてないの」

「えっ?」
「告白はしてないけど、私のこと友だちだって」

「告白してないなら振られてないじゃない」
「あれ?でも彼女としては考えられないってことじゃない?友だちだって思われてるんだし」

「失恋したかもしれないけど、告白してないんだから振られた訳じゃないんじゃない?」

「それって合ってる?(笑)」
「合ってます。たぶん(笑)」 

「やっぱりテキトー!!!(笑)あ~ぁ、結婚したかったのになぁ」
「えっ?告白もしてなかったのに結婚考えてたんですか?」

「結婚してみたいんだもん」

その子はそう言うと目的地のネオン街に目を向けて、そっと涙を拭い・・・・・・、とはいかず

「ねぇねぇ運転手さん、結婚してる?」

と矛先はこちらに。
あくまでも元気な女の子。

「してました。大丈夫ですよ、できますよ。わたし、バツ2だし」

今日イチ、説得力なぁぁぁぁい!!

女の子はツボにはまったのか、失恋で流れていた涙が笑いすぎて止まらない涙に変わっていた。

「元気出た!ありがとー!運転手さんでよかった!飲んでくる!」

女の子は相変わらずの声量で元気にネオン街へと歩いて行った。

こっちがなんだか元気をもらったよ、いい男が見つかるといいな。

女の子がしっかりと歩いて行く姿を見ながら、心からそう願った。

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