鳩
鳩。よく街中で見かける、あの灰色の鳥である。歩道を歩く人間はおろか、猛スピードで走り去る車さえも恐れずに地面を歩き回っている、あの舐めくさった生き物である。具体的にはドバト、もしくはカワラバトという名前があるそうで、外来種ではあるが日本全国あらゆるところに分布している。
そういうわけで、その鳩は弊大学の構内でもよく見かける。不揃いで歪んだ舗装の道を鳩がひょこひょこ歩いているなんて光景は、それこそ構内のどの区画においても見られるだろう。その日私が鳩を見たのは、秋晴れの3限終わり、法経本館と呼ばれる建物付近でのことだった。
法経本館は赤煉瓦造の近代建築で、構内にある建物の中でも抜群の存在感を放っている。私はいつものように、文学部棟を出て法経本館沿いに図書館に向かって歩いていた。風は冷たかったが、晴れていたので秋のやわらかな陽気が心地よかった。ふと顔を上げると、鳩が一羽、ひょこひょこ歩きながら何かを啄んでいるのが目に入った。鳩だ、と思った__想像の中で私の手が、鳩に向かって伸びていった。よく見るとその鳩は、普通の鳩よりも肉付きがいいようだった。胸元の盛り上がりには貫禄さえあった。私はその胸ぐらを掴まえたかった、だから手を伸ばして手のひらでそれを捕らえようとした。きっとまずはすこし油っぽく湿ったような羽毛の感覚を手のひらに感じるだろう、その下には柔らかい脂肪があるが、すぐに筋肉の層があって最後には骨格を感じるだろう、たぶんあの胸ぐらには指先が少しうずもれる、でもそのあとは全部硬いのだ。ぐっと手に力を入れる、ぬとりとした羽毛の感触、手のひらがなまあたたかい、そこには硬い肉と骨とがあって、私はもうそれを離さない__。そこまで考えたところで思った。私はなぜこの鳩を捕まえているのか、
__それは食べるためだよ。
いつのまにか私は立ち止まっていた。先ほどの鳩が少しだけ私の方に近づいてきていた。手のひらには鳩の胸ぐらを掴まえた感覚などなかった。それはただ脱力して身体のわきに下ろされているだけだった。思い出した、次は空きコマだから図書館に行って課題をするんだった。そこには鳩と対峙して捕まえられたら食べる、なんて野蛮な世界はなかった。鳩はいつものようにひょこひょこ歩いては地面を啄んでいた。私もいつものように鳩を無視することにして、図書館へ向かって歩き出した。
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