見出し画像

「大人しく大人たらしく」

会社帰り、帰宅ラッシュ。
アスファルトを叩く無数の革靴の音を無理やり掻き消して、祭囃子が響く夕方と夜の間。
すっかり忘れていた、もうそんな時期か。

「......屋台で何か買えばよかったかな」

呟くけれど、
あの人混みに飛び込む体力も、
わざわざ行列に並ぶ忍耐力も、
楽しむ労力もない。

手には、
ここに辿り着くほんの少し前に
もう買ってしまった2枚買えば1枚無料のピザと
コンビニで買った缶ビールの入ったレジ袋。

多分今回のピザもせいぜい1枚と2切れほどでギブアップするんだろうに。
期限が切れる前に
ピザ屋の公式からのメールについてきた
クーポンを使いたかったんだ。
そういえば、あれ、いつ登録したんだっけ。

ピザって子供の自分からするとめちゃくちゃ嬉しかったのにな。
今や「帰り道」「得」という理由だけ。
冒険もなかなかできなくて、選ぶ味は結局いつも同じ。
"いつも" があることからわかる通り、
もう何度も買っていて、今更喜びもへったくれもない。
しれっと有料になったコンビニの
レジ袋も缶1つのために使っているし。

大人になったんだな、
と思う。

あんまり良くはない意味で。



「おっと」



大通りの裏側、商店街。
精肉店とお土産屋の間の路地から俺の真横を駆け抜けて行ったのは、
法被を着て鉢巻をした幼い男の子と女の子。
笑顔で追いかけっこをしている。

まさに、『お祭りムード』はどんどん高まっていく。響く。


「......」


海と山に囲まれた生粋の田舎生まれ田舎育ち、
娯楽を自分で捻出していたあの頃の俺にとって、
"祭り"なんて催し物は、
それはそれはテンションが上がるイベントだった。
一体何を祭っていたのかは分からないけども。

都会に出て、社会に出た。
大人ったらしく喧騒の一部になった今となっては、
提灯の灯りがポワッと街を温めはじめても、
人がごった返して、時間がかかるであろう家路への歩みを逆算して眉間に皺を寄せるだけだ。


祭り、思い出。

祭り、、浴衣のあの子。

祭り、、、顔、忘れた。


「帰ろう」


ため息が出そうになってギリギリで飲み込んだのは、

まだ、
ちょっとだけ、

夏に何かを期待しているんだろうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?