ミムラスの花言葉
朝9時。
雲一つない青空の下、ある喫茶店に着く。
綺麗に拭かれた窓ガラスに反射した自分が写ったかと思うと自動で扉が開く。
"おはようございます"
声の主の姿の前に明るい挨拶が聞こえた。
そのあと遅れて姿が見えたかと思うと、声の主人は人差し指を立てて
"1名様でしょうか?"と笑顔。
恥ずかしがることもなく返事をすると、手を広げフロアの方を差す。どうぞというその動きに私は足を進めた。
カウンターの端に腰掛け、目の前に並んだマグカップを眺める。この喫茶店、話によるとバリスタの方がお客さまに合わせて、形も色も柄も違うカップの中から一つを選び出しドリンクを用意してくれるらしい。
本当にそうか分からないが、少し期待した気持ちのまま私はメニューを開いた。
コーヒー豆の香りがカウンターのすぐ向こう側からする。その香りを嗅ぎながらメニューから味のイメージをする。昔はブラックで飲むなんてできなかった。苦すぎると嘆き、砂糖を山盛り入れミルクで誤魔化さないと飲めなかった。それでもココアではなくコーヒーを飲む大人のモノマネをして、少しでも大人になった気分を味わいたかったものだ。そんな昔の自分とコーヒーの関係を思い出し、マスクの下で口元を緩める。
グァテマラにしよう。
そう決めてメニューを閉じようとした時
"よければ、お伺いしておきましょうか?"
右肩の後ろから声がかかる。
今からスタッフの方を探そうと顔を上げようとしていた時に、その声がかかったので一瞬現実か?どうか困惑した。
だがその声の主人を探そうと顔を向けた時には、そこには笑顔の主人がいた。ドリンクを伝えたあと、よく分かりましたね?と声をかけると、彼は大したことはありませんという態度で、また少し微笑んだ。
誰かが、自分のために動いてくれた時。
そんな瞬間を感じた時に人は喜びを覚える。
それは、
どこかで自分が自分を蔑ろにしているから?
自分の責任だと全て背負ってしまっているから?
当たり前のことに囚われてしまっているから?
そんな固定観念を崩されたような感覚だった。
まるで知らない方が重たい荷物を運ぶのを手伝ってくれたように、私の気持ちも少し軽くなった。
変にかしこまらなくていい。
変に背負わなくてもいい。
変に決めつけてしまわないでおこう。
そんなふうな気持ちにさせてくれたのは
言葉だけじゃなく、行動だけでもなく
彼の笑顔に、相手を想う気持ちが見えたから。
"お待たせしました、グァテマラのホットです"
届けられたグァテマラは、丸みのある形のカップの中で私の好きな香りを放っていた。
黄色のカップに描かれた花をみて、私は思わず微笑んだ。
"ミムラスの花言葉"
image time 2022.5.3
image space 小川珈琲
image human スタッフの彼
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