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『シスター 夏のわかれ道』〜葛藤の先に選ぶ未来〜

長女なら、たとえ自分が犠牲になっても弟の面倒を見るのが当たり前?

私自身、弟がいる姉という立場なのでこの問いには答えを出すのはすごく難しいと感じた。

でも、不思議なことに、まだ小学生くらいの頃 ”もし、両親に何かあったら弟の面倒は私が見るんだ“ と、思ったことがある。(ちなみに、両親が病気がちとかいうことは全くないし、今でも元気だ)

なぜ突然こんなことを思ったのかは謎なのだが、姉にはこういう不思議な責任感が知らないうちに芽生えるものなのかもしれない。

弟が迷子になれば本人よりも泣き(弟はニコニコしながら迷子センターでプーさんのアニメを見ていた)、頼まれれば弟のために絵を描いたり、宿題を手伝ったり…面倒だと思いながらも引き受けてしまう。

“弟がかわいいから“ と、いえばそうかもしれない。だけど、それだけじゃないような気もする。“かわいいからなんでもやってあげられる“ だけではない、責任感や義務感や姉としての母性的な何かが混ざったような感覚がある。

頼まれたわけでも、自分が望んだわけでもないのに自分の中に責任感だけはある。だけど、自分の将来にとって大事な時に夢なんて諦めて幼い弟の面倒を見て当然だ、と周りから押し付けられたら受け入れるなんてできないだろう。

映画の中の姉弟は両親が亡くなるまで会ったこともない歳の離れた姉と弟。ほぼ他人である。

だから、たとえ育てることを放棄しても姉にとっては元の生活が続くだけ。それなのに、それだけでは割り切れない何かがある。

養子に出そうと奔走したり、叔父さんに育ててもらおうとしたり、紆余曲折を経て、結局彼女は一緒に暮らすことを選ぶ。

地元を離れて北京の大学院に進学する夢は、この時点では一旦手放すしかないだろう。それでも、彼女は満ち足りた笑顔で涙を流す。自分が納得する選択と同時に夢を手放すこと、だけど目の前の弟のことは心から守りたいと思っている、全部本当の感情で決意も後悔も全部混ざったような、ひとことでは表せない感情がある。

きっと将来、弟が大きくなって生意気になってきたら “あなたのために私は夢を手放したんだ“ と言いたくなる日が来るだろう。親子じゃないから、本当に言うかもしれない。

だけど、そんな未来を乗り越えられるのは「自分で選んだから」という根拠があるからだと思う。

人生は選択を繰り返して進んで行く。結果がよくても悪くても、いつだって自分の意思で選んだ道を自分の足で歩いている自覚と責任感が、自分の中の後悔を消してくれる。

この姉弟が幸せでいられるように、人生の選択に手遅れや間違いはないと思える未来が待っていてほしい。

姉だから夢が叶わなかった。

そうじゃない未来が、この姉弟を待っているといいなと思う。

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