NHK災害報道のベテラン金森デスクが多くの人に知ってほしい「命を守るための災害データの見方」
NHKで災害担当デスクをつとめています、金森大輔です。生まれも育ちも伊豆大島です。
10歳のころに体験した、伊豆大島の噴火災害と全島避難の鮮烈な記憶について以前こんなnoteを書きまして、たくさんのお便りをいただきました。
私たち災害報道の担当者の目的は、
報道によって命を救うこと、被害を減らすこと
です。
だから台風!豪雨!暴風!地震!噴火!大雪!などの大規模な災害が起きたとき、私たちは「いま何が起きているか」だけでなく、必ず「命を守るためにみなさんにどう行動してほしいか」を伝えます。
一方で私たち報道機関がテレビやラジオ、ネットなどを通じて「避難してください」と呼びかけても、どうしても届かないところがある、限界があるということも常に感じています。
ご家族や知人からも「すぐ逃げなきゃだめだよ!」と呼びかけてもらえたら、より確実に命を守ることにつなげられます。
そう考えると、実は気象災害に関するデータの多くはネットで公開されていて誰でも見ることができます。わかりやすいサイトもあります。だからデータをもとに個人的に災害の現状を把握して今後の危険性について見通しを立てることは、一定の知識があれば可能です。
簡単なものでは例えばお天気アプリで雨雲の動きを見て出かける時間を決めたりすることは、多くの人がしていますよね。これも公開データをもとにした行動です。
今回はちょっと踏み込んで、誰でも手に入れられる簡単なデータだけを使って、気象災害から自分や大切な人を守るためのノウハウをご説明します。
ことしも残念ながら台風や大雨によって多くの被害が出ました。その記憶が新しいうちにまずは「台風」についてのデータの活用方法についてまとめます。台風シーズンは過ぎましたが、豪雨災害に関する内容は、いつでも役に立つと思います。
気象災害のデータは多くが公開されている
ところで社会部の災害担当デスクは「問い合わせ対応」が多い仕事です。
職場に着いて席に座ったとたん、
「こんどの台風、いつごろが危ないの?」
「風に注意なの?雨に注意なの?」
「放送の特別編成の必要ある?」
など社内のいろんな部署から問い合わせを受けます。だから私は朝起きた時と通勤途中に必要なデータをチェックするのが習慣でした。
私は災害担当デスクを3年つとめましたが、正直、身も心も疲弊しました。気象災害に関するデータは、以下の方法で誰でも分析することはできるのですが、今の災害担当デスクが問い合わせに対応している様子などを遠くで見ながら「大変だろうな・・・お疲れさま」といつも思っています。
進路予測の「3つのモデル」を見比べて
さて台風の場合、基本はやっぱり「進路」です。専門的な知識が無くても次の3つの予測がビジュアル的にも見やすいです。
①まずは気象庁の台風予報。こちらのサイトです。
②次に「ECMWF」というヨーロッパの予測モデル。長期的によく当たると言われています。なぜ当たると言われているかというと、日本より気象観測の歴史が長く、蓄積があるから…と聞いたことがあります。
サイトはこちら。英文なのでとっつきにくく、しかも初期表示では地図がヨーロッパ中心です。下の画像の赤枠の部分をクリックして、「Eastern Asia」を選ぶと、日本を含む地域が表示されます。
③3つめが「JTWC」という、これはアメリカ軍の予測モデルです。
サイトはこちら。
これも英文のみですが、台風が発生すると進路が表示されます。
これら3つの予測が見やすく、私もブックマークしてよく見ていました。
ご家族や友人に説明する際のいわば「用例」としては、こんなところでしょうか。
ちなみに日本の台風予報としてニュースにしたり、広く公にしてよいのは「気象庁モデルのみ」なので注意が必要です。
また気象庁やJTWCは、「台風」か「熱帯低気圧」でないと、サイトには画像で表示されませんが、私たち災害担当は台風になる前の、「雲の見た目」から注目します。例えばこの気象庁のサイトを見ます。
「気象衛星ひまわり」の画像です。これを見るとフィリピンの東海上などで雲がまとまっていますね。そのうち熱帯低気圧になるかもしれません。
私が気象庁担当の記者だったときは、このように衛星画像などを見て「こいつはそのうち台風になるかも・・」と目をつけ、気象庁予報課の担当者のところに取材に行って「フィリピン東の海上で雲が固まり始めてますけど、大丈夫ですかね?」なんて聞くと「よく気づきましたね・・・お目が高い」などと言われたりして。
そしてそれが熱帯低気圧になったら「これ、いつ近づいてきますか?」と 取材します。この段階で気象庁はすでに様々なシミュレーションをしていることが多く、雨量が最大の場合と最小の場合は、中間の場合はそれぞれどれくらいか、台風になれば何日後に記者会見を予定しているか、といったことも取材します。
例えば記者会見が気象庁だけでなく国土交通省も一緒にとなると、台風の規模がより大きくて川の氾濫にも警戒が必要なんだな、とわかります。
そうしたまだ公に発表する前の見通しなどを取材でつかんで、災害担当デスクや記者の間で共有して、今後の防災報道のポイントを決めていくのが気象庁担当の記者の役割です。
「予想雨量」だけではよくわからない
熱帯低気圧が台風になると予想される雨量や風の強さなどが気象庁のサイトで公開され、私たちもこのようにニュースで伝えます。
ただこの予想雨量、風の強さと違ってどう受け止めていいか難しい・・・。それは地域によって危険度が全く違うからです。
例えば同じ100ミリの雨量でも、高知県や鹿児島県などふだんから雨が多い地域と、北海道や東北などそうでない地域とでは、災害が起きる可能性が全然違ってきます。
そこでみなさんに注目していただきたいデータが、「既往最大値」です。「きおうさいだいち」と読みます。
これはその地域で過去に降った最大雨量のことで、このサイトで調べます。「気象庁 過去の気象データ」でも検索すると出てきます。
左の欄の「都道府県・地方の選択」という部分をクリックすると、地図などから好きな地域を選ぶことができます。
とりあえず私の実家、東京の大島を見てみましょう。地図から大島を選択するとこのような画面になるので、下の画像で赤い四角で囲った「地点ごとの観測史上1~10位の値」をクリックしてください。
下のような表が現れますね。観測史上1位から10位の値を見ることができます。上位にランクされている降水量は災害が起きてもおかしくないので要注意です。
表の一番左の項目で、「月最大24時間降水量」の「1位」を見ましょう。大島で24時間最大降水量の1位は「824mm」となっていますね。これは2013年、伊豆大島で39人が犠牲となった土砂災害が起きた時のデータです。
もうひとつ注目したいデータが「平年値」です。だいたい30年分のデータの平均値ですね。
さきほどの画面に戻って、今度は下の画像で赤枠をつけた「年・月ごとの平年値を表示」をクリックしてください。
この中で例えば8月を見ると、1か月の雨量の平年値は「191.7ミリ」となっていますね。NHKの原稿で「平年の8月1か月分の雨量の2倍となる大雨」といった表現を使うときは、これを参考にしています。
例えばニュースで「大島の24時間の予想雨量は300ミリ」などと発表されたら、こうした「既往最大値」「平年値」をもとに危険度を推測してみましょう。
・・・という感じで。
ことし9月に台風15号の影響で大規模な断水の被害が起きた静岡の場合、9月23日の24時間雨量は歴代2位で、これは1974年に静岡県で大きな被害がでた七夕豪雨に匹敵するような雨量だったことがわかります。
それではさきほどの画面に戻って、こんどはみなさんがお住まいの地域を探してみてください。例えばこのような情報が気象庁のサイトに表示されたり、ニュースで伝えられたりしたとき
あなたのお住まいの地方の危険度はどのくらいでしょうか?
細かく見るには「GPV」と「SCW」
このように気象庁のサイトには、しっかり使うことができればすごく良いデータが大量にあるんですが、残念ながら一目でわかりやすいつくりにはなっていません。
そこで一般の方も見やすい便利なサイトがあります。「GPV気象予報」と「SCW」というサイトです。
気象庁の数値予報データなどをもとに公開していて、GSM(全球)とMSM(日本近海)というモデルで、雲の量や形、風向きや風速をわかりやすく可視化しています。
特に台風の今後の雨や風の強さが地図に時系列で表示されるので、わかりやすいのが特徴です。(ただし定期的に変わるのでこまめに見ていくことを忘れずに)
実際に雨が降り始めたら「ナウキャスト」
台風が近づいてきて実際に雨が降り出すと、当初の見通しと違うこともよくあります。
雨が降り始めたら気象庁の「ナウキャスト」という、リアルタイムの観測データをもとにしたサイトも見るようにしてください。
雨が激しくなってきたら「川の防災情報」
台風が接近・上陸して、まさに雨が激しくなってきたな、不安だなというときに心配なのは川の氾濫や土砂災害などですね。
河川の氾濫については国土交通省の「川の防災情報」というサイトがあり、誰でも利用できます。
左上の「サイト内検索」の欄から、市区町村や、川の名前、観測所の名前を検索できます。
「地図から探す」をクリックすると、日本地図から探すことができます。多くの人には地図で探していったほうがわかりやすいと思います。
川の周囲に、下向きの矢印のついたマークがありますね。これが水位の観測地点です。カメラのマークは、川のそばにカメラが設置されていることを示しています。
カメラマークのひとつをクリックしてみましょう
川の現在の様子だけでなく平常時の様子もわかるので、どれだけ水が増えているのか判断できます。
さきほどの地図の観測地点のマークをクリックすると、このように川の水位の情報が表示されます。自分の住んでいる場所の近くの川を見て、水位がどんどん上がってくるようだったら、避難を判断する参考にしましょう。
その際の用語ですが、
「氾濫注意水位」は、これからの川の水位に注意してね!というものです。
これが
「避難判断水位」になると別です。「避難するか考えて!」という呼びかけだと思ってください。自治体もこの水位を避難情報を発表する目安にしているんです。
「氾濫危険水位」これはもう「危ないから絶対逃げて!」という水位です。
最近は堤防が強化されたことで、「氾濫危険水位」を超えても実際は氾濫しないケースもあるんですが、もしあふれてしまった場合は周辺の人は避難が間に合いません。
災害報道の担当者としては「避難判断水位」を超えたら逃げてほしいですが、川によっては結構頻繁にあります。だから「それじゃ多すぎる」ということであれば「氾濫危険水位」を絶対の基準にして、確実に逃げてほしいと思います。
土砂災害などの危険度は「キキクル」を!
危機を知るためにもうひとつ見ていただきたいのが、気象庁のサイト、「キキクル」です。
土砂災害や中小河川の氾濫など、雨による災害の危険度を5段階に色分けして示していて、「土砂災害」「浸水害」「洪水害」などそれぞれのリスクを切り替えて見ることができます。
これは2019年10月の台風19号のときの画面です。広範囲で川が黒や紫に表示されています。
リスクが最も高いのが「黒」、その次が「紫」、「赤」・・・と変わっていきます。
地図で太く表示されているのが1級河川で、それ以外は中小河川です。
1級河川は水位の情報も反映して色が変わるようになっていますが、中小河川のほとんどは雨量の実況から計算した予測に基づいて色が変わる仕組みです。
避難のタイミングの色は「紫」です。自分の住む地域や近くの川の色が紫になったら避難してほしいですが、逃げられないぐらい状況が悪化している場合は、絶対に安全なわけじゃないですけど、2階以上に避難してほしいと、いつも呼びかけています。
個人のSNSも活用して防災情報を「届けきる」
最後にいま私が取り組んでいるSNSでの防災情報発信についてお話させてください。
私自身テレビに長年取り組んできましたが、ニュースの枠=放送時間にどうしても縛られてしまい「今まさに伝えなきゃ」ということがすぐに伝えられない、と思うことがあります。緊急時は何時間も災害のニュースだけを放送する特別編成になるとはいえ、防災で大事なのは「緊急時になる前の備え」です。
台風を例にすると、当初の予想と実際の雨の降り方などがどうも大きく違うとなったときに「今のうちに伝えないと」と思っても、テレビではさまざまな調整が必要で時間がかかってしまうことがあります。
そうしたときに強いのがSNS。いつでもどこにいても、危機感をすぐに発信できます。
特にツイッターは「危険だ、警戒を呼びかけなきゃいけない」と思ったときにすぐ出せる。またテレビの全国放送はあらゆる地域に呼びかけなければいけないのですが、ツイッターだとテキストやハッシュタグを工夫して、個別に地域ごとに読んでいただくこともできます。
ユーザー層が限られるSNSがどこまで届くかという問題はありますが、それはテレビも同じです。防災情報を届けきるという意味で、今は私の個人のアカウントでも災害情報を発信しています。
下の画像は私が経験をもとに作成した、防災タイムラインです。こうした防災減災のための身近な情報を発信しています。
これまで触れたように皆さんが「自分たち個人で防災情報を収集し、身近な人に呼びかける」、そして私たちも「個別にも情報を届けきる」、そうした相互関係が出来ると、災害で失われる命が1人でも減るのではないかと信じています。
金森大輔
報道局ネットワーク報道部デスク。2001年入局。静岡局、社会部記者、大阪局デスク、社会部デスクを経て現職。
2019年のNHKスペシャル「体感 首都直下地震」プロジェクトで世界の優れたテレビ作品などに贈られる「イタリア賞」を受賞。
趣味は釣り。年に数回、大島の実家に釣りに行くことを楽しみにしていたものの、コロナ禍で難しくなっている。都内の風呂巡りが趣味。