あなたを「忘れない」ために、わたしたちが続けていること
「亡くなった1人1人に名前があり、人生があった。あなたが生きた証を伝え続けたい」
こんな思いで続けているプロジェクトがあります。
東日本大震災で犠牲になった人たちの思い出の写真と親しい人からのメッセージを紹介する「こころフォト」です。
事務局を務める記者の宮原豪一です。ふだんは報道局社会部で災害や防災に関する取材をしています。
あの日から11年がたとうとしている今、私たちがこの取り組みを続ける理由をお伝えしたいと思います。
「こころフォト」とは
このプロジェクトは、今から9年前の2013年2月に始まりました。心のこもったメッセージをお伝えしたいという思いを込めて「こころフォト」と名付けています。
開設したホームページには、 これまでに620枚あまりの写真と700通を超えるメッセージを掲載しています。また、残された家族が今をどのように生きようとしているのか、14本の特別番組を制作してきました。
わたしが「こころフォト」に関わるようになった理由
震災が起きたとき、私は記者になって4年目で、初任地の岡山放送局で働いていました。当時は泊まり勤務明けで仮眠をとっていて、鳴りやまないメールの着信音で目が覚め、ニュースフロアで津波の映像を目にしました。しばらくぼう然としましたが、すぐに東京経由で被災地の福島県に応援に入り取材を始めました。
当時は、原発事故からの避難の取材が中心で、避難所では「家族を探しています」などという貼り紙をいくつも目にしました。壁に貼られた避難者リストから、自分の家族の名前を探して歩く人の姿もありました。大切な家族を失い、大切な故郷を奪われた人たちへの取材を通して「災害はこれほどまで社会を一変させるものなのか」と正直、思い知らされたように思います。
その後、私は東京の報道局社会部に異動となり「東日本大震災取材班」に配属されました。当時の社会部の記者やデスクの間では、ある議論が行われていました。
「こころフォト」は、そんな議論の中から生まれました。社会部で「こころフォト」を主導してきた堀部敏男デスクは
と当時を振り返ります。
1枚1枚の写真には、被災した人たちの喜びや悲しみなど人生そのものが詰まっています。そういう大切なものを提供して欲しいと呼びかけていいのだろうかというためらいがあったのも事実で、ある種の“畏れ”のようなものを感じながらのスタートでした。
当時は定期的に被災者の皆さんにアンケート調査を行っていたため、その取材にあわせて写真とメッセージの提供を呼びかけることになりました。
当然ながら、話を聞いた人の全員が「こころフォト」に写真やメッセージを寄せてくれたわけではありません。一度は承諾してもらったものの、心境の変化から取りやめになった人や、本人の承諾は得られても、別の家族が提供したくないという人もいました。
しかし、東北の記者とともに話を聞いてまわる中で、少しずつ取り組みへの理解が広がり、一人また一人と、写真やメッセージを寄せてくれる人が増えていったように思います。そして私にとって、今も続く長いお付き合いとなっている、大切な取材先の皆さんと出会いました。そのうちのお一人を紹介します。
「愛梨は今も私の中で生き続けているんです」
このメッセージは、当時6歳の娘・愛梨ちゃん(あいり)を亡くした宮城県石巻市の佐藤美香さんが寄せてくれたものです。「こころフォト」の取り組みを始めて間もないころでした。
震災の発生直後からNHKの取材を受けてくれていた美香さんは、毎年のようにメッセージを寄せてくれるようになり、私もそれ以来ずっと取材を続けてきました。
お母さんのことが大好きで、いつもお手紙を書いてくれる優しい子だったという愛梨ちゃん。美香さんのお宅にお邪魔するたび、愛梨ちゃんの写真がたくさん並んだ部屋で、多くの話を聞かせていただきました。
取材のあとは3歳年下の妹の珠莉ちゃん(じゅり)と一緒にサッカーをして遊んだり、「また来てね」などと書かれたかわいいお手紙をもらったりしたことをよく覚えています。
震災から3年がたつころ、愛梨ちゃんの絵本が制作されることになりました。愛梨ちゃんを放送で知った絵本作家の関口恵子さんが募金を集め、絵本を制作することになったのです。
タイトルは、「あなたをママと呼びたくて…天から舞い降りた命」。
絵本には、幼稚園の送迎バスに乗っていた愛梨ちゃんが、亡くなる直前まで、いきものがかりの「ありがとう」という歌をうたって怖がる友達を励ましていたというエピソードが描かれました。
関口さんが母親の美香さんのもとを訪ね、絵本を制作していく様子は、2014年11月のニュースウオッチ9でお伝えしました。美香さんは、絵本を読んだ人が、少しでも身近な人の大切さに気付くきっかけになればと考えたといいます。
さらに、震災から6年がたった2017年には、美香さんは愛梨ちゃんのために中学校の制服を用意しました。毎年欠かさず、小学校の教科書をそろえてきた美香さん。愛梨ちゃんに着せてあげる最初で最後の制服だと考えたそうです。
裏地には、「愛梨」という名前の刺繍が入れられました。そして、幼稚園の時から背が高かった愛梨ちゃんの成長した姿を想像し、少し大きめに仕立ててもらいました。
美香さんは、私によくそう話してくれました。
下記は、震災6年にあわせて「こころフォト」に寄せられたメッセージです。
さらに、震災から10年となった去年は、妹の珠莉さんからもメッセージが寄せられました。
亡くなった家族が生きる力に
美香さん家族に限らず、多くの方が、さまざまな形で亡くなった家族とともに歩んでいます。
4人の家族を失い、一度は故郷から離れることを考えたものの、もう一度家族全員で暮らす家を建てた親子。
「じい」「ばあ」と呼んで慕っていた祖父母のような夫婦になりたいと願い、お墓に結婚を報告したお孫さん。
行方不明の娘の成人式に振り袖を着た写真を用意し、成人式に出席した父親もいました。
“亡くなった家族の存在が、残された方たちの生きる力になっている”
そのことに、私は取材を通してあらためて気づかされました。
多くの人たちを“つなぐ”場に
「こころフォト」のホームページでは、写真を寄せていただいたご家族へ、皆さまからのメッセージも掲載しています。これまでに、番組やホームページをごらんになった多くの方からたくさんの反響が寄せられました。
ありがたいのは、ホームページを通して“つながり”が生まれることです。
行方不明の娘を探し続ける岩手県陸前高田市の男性を取材し、写真とメッセージをホームページに掲載したところ、その小学校時代の先生からNHKに連絡がありました。手元に小学生のころの写真があるため、その写真を届けてほしいという内容でした。すぐに写真を家族に渡したところ、とても喜んでくれました。
また、番組を見た神奈川県の花屋さんが、放送で紹介した岩手県大槌町の家族のもとに毎年、花を届けてくれるようになりました。受け取った家族は、
と話していました。
私たちは、「こころフォト」が、今後も多くの人たちがつながる「場」になってほしいと願っています。
人々の思いが集い、それが輪のように広がってくれたら、とてもうれしく思います。
今も寄せられるメッセージ
東日本大震災からまもなく11年がたとうとする中、「こころフォト」にメッセージが寄せられることは徐々に少なくなっています。もしかしたら、記憶の風化はあらがえないことなのかもしれません。しかし震災から長い年月がたっても、「家族の存在を忘れないで」と写真やメッセージを寄せてくれる人がいるのも事実です。
こちらは震災から10年となる中で寄せられた、宮城県女川町で犠牲になった娘と孫へのメッセージです。
亡くなった高橋歩さんは生後6か月の凛くんを抱え、自宅から高台へ避難する途中に津波に流されました。凛くんは、今も行方がわかっていません。
歩さんは、震災の2か月後に女川漁港で見つかりました。メッセージを寄せてくれた、歩さんの母親・菊池真智子さんは3月11日と、歩さんが見つかった5月3日には、毎年欠かさず女川漁港を訪れ、花を手向けるといいます。
私たちは、菊池さんのように写真とメッセージを寄せてくれる人達がいる限り「こころフォト」の取り組みを続けていかなければならないと強く感じています。
「行ってきます」「ただいま」と言える幸せ
東日本大震災のあとも、日本は幾度となく大きな災害に襲われてきました。地震だけでなく、豪雨や火山噴火による災害もありました。南海トラフ地震や首都直下地震など、今後高い確率で起きるとされる災害も想定されています。日本で暮らす私たちは、災害と常に隣り合わせにいると言っても決して過言ではありません。
災害取材を担当する記者である私は「どうしたら次に起こる災害で、犠牲になる人を一人でも減らすことができるだろう」と考えながら、日々仕事をしています。それは、これまでに大切な家族を失った皆さんから話を聞かせてもらってきた自分の責務だと感じています。
石巻市の佐藤美香さんは、「愛梨が朝、『行ってきます』と言って出かけてから、今も『ただいま』の言葉を聞くことができていないんです。震災前は当たり前だった言葉が、こんなにも幸せな言葉だったんだと気づかされました」と言います。
私は、多くの人たちにこのことを伝え続けたいと思っています。
「行ってきます」「ただいま」
こうした何気ないやりとりを大切にすることが、東日本大震災を忘れずに生きることにつながるのではないか。そう感じています。
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「こころフォト」では引き続き、東日本大震災で犠牲になった人たちの思い出の写真、親しい人からのメッセージ、そしてホームページをご覧になった方からのメッセージを募集しています。