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子どもと出かけるときの「孤立無援感」を考えてみた|#コロナ禍のもやもや子育て

「孤独」と「子育て」を掛け合わせた「孤育て」という言葉があります。

孤独を抱えながらも必死で子どもを育てる親たちに、すこしでも役立つ情報をお伝えしたい。そんな思いで、自身も子育てをしながら記者の仕事をしてきた岡田と大窪で、今回、子どもとお出かけするときの「孤独」について考えてみました。

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筆者の大窪と岡田(ネットワーク報道部在籍時)

「うるせえぞ、クソガキ!」の衝撃

岡田と申します。いまは人事の仕事をしていますが、以前は報道局で記者として、子育てに関する取材をしていました。

わたしが感じた、子育てでの孤独感。
それは2年前のある朝のことでした。
当時2歳だった子どもを抱きあげたとき、腰に激痛が走りました。

「これは、もう少しでぎっくり腰…?」

その日はなんとか仕事を終え、保育園に迎えに行きましたが、子どもはイヤイヤ期真っ盛り。機嫌が悪く、抱っこを求めてきました。でも、ここで抱っこしたら本当にぎっくり腰になってしまう。

「抱っこ、抱っこ」と、ギャン泣きする子どもをなだめながら手をつないで帰る途中、飲食店の前を通りかかりました。初夏だったので、道路に面した大きな扉が開け放されていました。子どもの泣き声は店の中まで届きます。すると、中にいた50代くらいの男性が私たちに向かって怒鳴どなってきました。

「うるせえぞ、クソガキ!」と。

男性はかなり酔っぱらっている様子で、一緒にいた女性が「やめなよ」と笑いながら言っていましたが、お店の人は見ているだけでした。救いだったのは、子どもはすでにギャン泣き状態だったので、男性の罵声が耳に入っていない様子だったこと。急いでその場を離れましたが、あとからじわじわ悔しさがこみ上げてきました。

たしかにうるさかったかもしれないけど、男性の声のほうがよほど大きかった。しかも私たちは道を歩いていて、お店の前を通り過ぎる一瞬だけの出来事なのに。

怒鳴られたことよりも悲しかったのは…

何度も思い出し、毅然きぜんと抗議できなかった自分にモヤモヤしました。
私がショックだったのは、その場にいた誰も味方になってくれないと感じたこと。いまだにそのお店の前を通るたびにつらい記憶がよみがえります。

どんよりした気持ちになってしまったかもしれませんが「子連れでの外出」をテーマに自分(岡田)の体験を思い返してみたら、この件が忘れられないことに気づきました。

私は、元同僚で、男児3人の母である大窪奈緒子記者にこの“事件”を共有しました。
「わかる、そういうことあるよね」という反応。

「そういえば3人連れて駅のホームを歩いていたら、知らないおじさんから“育児が大変なのも自己責任だからな”って言われて、びっくりした」(大窪)

え、意味不明…

そもそも、子どもを連れているだけで、怒鳴どなられたり、 嫌み を言われたりするのって、すごく理不尽ですよね?そういう出来事があると、とても悲しい気持ちになります。

「孤育て」という言葉には、家でひとりで育児しているときに感じる「孤独」だけではなく、外出したときの「孤立無援感」も含まれていると思います。周囲にたくさん人がいても、孤独。

「孤育て」がもたらすリスク

私と大窪記者は、2018年6月に、NHKのニュースサイトのなかに「孤育て ひとりで悩まないで」というサイトを作りました。

画像 孤育て ひとりで悩まないで サイト

きっかけは、愛知県で3つ子のお母さんが赤ちゃんの1人を傷つけて死なせてしまった事件の裁判が話題になったこと。そのお母さんは、ほぼ1人で24時間、3人の赤ちゃんの世話をし、ほとんど休養が取れない状態でした。
罪のない赤ちゃんの命を奪う行為は決して許されることではありません。ただ、彼女に育児のすべてが任されていたことが適切だったのか?という声が広がりました。

犯罪に対して「私なら絶対そんなことはしない」と思うのか「条件がそろえば、私も一線を越えてしまうかもしれない」と感じるのかで、受け止め方が違うと思います。この事件に関しては、子育てを経験した人から「私も彼女のようになっていたかもしれない」という声が上がっていました。

その様子をみて、一人のデスクが、これは子育てに悩んでいる人のための情報発信をすべきだと背中を押してくれ、私たちはサイトを作り、取材を始めました。ご意見を募集したところ、サイトには、はじめてから1週間で数十件の声が寄せられました。

さまざまな悩みがある中で、まず気になったのは「ベビーカーに子どもを乗せたまま、バスに乗りにくい」という投稿でした。

ベビーカーで、バスに乗ってみた

私たちはまず、実際にベビーカーでバスに乗ってみて、その体験を記事にすることからスタートしてみました。

画像 ベビーカーとバスを待つ筆者

そうすると、他にもさまざまな体験が寄せられました。

満員電車でベビーカーに乗らざるを得ず、降りろと言われた話。子連れで電車に乗ったら、迷惑そうに舌打ちをされたこと。怒鳴どなられたこと。そしてそれは、夫と一緒にいるときには起こらず、子どもと母親という組み合わせのときに起きやすいと感じていること。双子用ベビーカーはバスに乗車拒否されることがあるらしいこと、などなど。

寄せられた声をきっかけに、関心のある記者たちが、親だけでなく、バスの運転手の事情などさまざまな角度でこの問題を取材し、発信していきました。

当時に比べ、コロナ禍で外出の機会は減っていますが、そんななかでも子どもを連れての移動はたびたびネットで話題になりました。

特に印象に残っているのが、有名なお笑い芸人がテレビで語ったエピソードへの反響です。新幹線で、母親が赤ちゃんに2時間以上話しかけていたことについて「まだしゃべれない赤ちゃんにずっと話しかけていて、お母さんのほうがうるさかった」と話し、SNSでも一部「2時間はやりすぎ」「赤ちゃんまだ会話できないし笑」などの声が上がっていました。

私と大窪記者はこの話題を聞いて、胸がつぶれそうでした。「あぁ、お母さん、大変だったな」「赤ちゃんが泣き出さないように、機嫌を取ろうとしてずっと話しかけていたのかもしれない」…そんな風に感じたからです。

まだ話せない赤ちゃんに2時間以上も話しかけるのって、普通に考えたらとっても大変ですよね。私なら、できることなら、車内で優雅に本を開いて、コーヒーを飲みながら静かな時間を過ごしたい。けれども、子連れだとずっと神経は張りつめたまま。赤ちゃんが泣いたら、周囲に迷惑をかける。出て行けと言われるかもしれない。お母さんは、そんな気持ちで話しかけ続けていたのではと思います。

そんなとき、お母さんへの励ましの言葉をつづった、作家の柚木麻子さんのnoteが公開されました。

私たちは、本当にしみじみと深く共感し、まだまだ発信できることはあると励まされました。

「子育て応援車」 走り出す

ここからは、記者の大窪がお伝えします。
わたしは今、ネットワーク報道部というところで、ネット記事を書いたり、LINEニュースやツイッターに記事を配信する仕事をしています。ふだんは、女性や子どもの抱える課題についてよく取材しています。

子育て中の人のこうした声に寄り添ってくれるような、うれしい変化も少しずつ起き始めています。

その一つが、今年3月に走り出した、小田急電鉄の「子育て応援車」です。

画像 電車
外観イメージ

「赤ちゃんが車内で急に泣き出しても、温かく見守ってほしい」「気兼ねなく、ベビーカーで電車に乗ってほしい」そんな思いが込められていて、車両内には「お子さま連れのお客様に、安心してご乗車いただける車両です」というメッセージのステッカーがたくさん貼られています。

画像 小田急の子育て応援車ステッカー

この「子育て応援車」、はじめに企画したのはまだ子どものいない、小田急の20代の若手社員たち。企画した担当者は、出産した友人が、電車に乗るときに肩身の狭い思いをしていることを聞いていたそうです。ほかにも、電車内で申し訳なさそうに子どもをあやしている親を見たり、SNSで「子どもが小さいうちは公共交通機関を使うな」という声を目にしたりしてきました。

こうした悲しい思いをする人を一人でも減らしていきたい、との思いから生まれたこの車両は2021年5月に期間限定で運行され、2022年3月から常時運行となりました。

小田急の担当者
「ベビーカーなどを抱え、電車の乗り降りにも苦労されているお客さまや、赤ちゃんが突然泣き出したりした際にも、気兼ねなく安心して利用してほしい」

電車の中で子どもが泣くと、本当にこちらまで泣きたくなります。迷惑をかけたくてかけているわけではないのに、どうしようもない状況。怒鳴どなられるのではないか。怒りをぶつけられるのではないか。

そんなとき、鉄道会社が「子育て応援車」を設けてくれていると、「ここにいてもいいんだ」という気持ちになります。

日本は「子育てに優しい国」?

いま、日本には、さまざまな子育て支援の政策があります。

幼稚園・保育園の無償化のほか、医療費の無償化に取り組む自治体も。ありがたいことばかりです。こんなに社会が応援してくれているはずなのに、子どもを連れて外出すると感じる「孤立無援感」。
もちろん優しい人もたくさんいるし、親切にしてもらった経験のほうが多いです。でも、冒頭の岡田さんの経験のように「孤立無援感」を感じている方が少なくないのではないでしょうか。

張り詰めた気持ちでいる人に「安心していいよ」と言ってくれているような社会がいい。
本当は「子育て応援車」がなくても、子どもと出かけるときに、誰かに怒られる恐怖におびえなくていい社会になってほしいなと思います。

最後に「安心していいよ」そう感じさせてくれた、忘れられないエピソードをひとつ紹介させてください。

保育園の帰り道。仕事の荷物と保育園で出た汚れ物などで、大荷物だった私(大窪)は、横断歩道の真ん中で子どもを乗せたベビーカーごと転んでしまいました。あたふたする私に声をかけて助け起こしてくれたのは、笑顔のご夫妻。渡る方向は私と逆だったのにもかかわらず、荷物を持って横断歩道の端まで付き添ってくれて「私たちも昔、大変だったの。頑張ってね」と言ってくれました。ずっと忘れません。

こう書いてしまうと、応援してほしいとか、手伝ってほしいとか、なんだか図々ずうずうしいお願いをしていると思われてしまわないか心配ですが…

「赤ちゃんは泣いたっていいんだよ」
「子連れでも安心していいんだよ」
「怖い思いをしたら、助けを求めていいんだよ」
「モヤモヤしたら、声に出してみよう」

そんな雰囲気が少しずつでも広がっていったら、すごくありがたいという気持ちなのです。

子育てに関する取材を続けて数年。
最近では男性記者がたくさん育児に関する取材をするようになりました。男性に関わる育児介護休業法も変わりましたね。社会は変わっていっている。そう感じます。

発信したり、シェアしたりを続けたら、もっともっと変わっていくかもしれない。このnoteもそうですよね。少しずつ、あきらめないで。子育てする人も、そうでない人も、みんなで考えていけたらうれしいです。

ネットワーク報道部 大窪奈緒子
人事局 岡田真理紗

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