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それで問題は解決するの?

「どうせ私なんて」 
私がすぐ口にしていた言葉だ。

私は小さいころからどうも自己肯定感が弱くて、でもプライドは高かった。親にも友達にもすぐ「どうせ私なんて」と発する面倒くさい奴だった。「そんなことないよ」「私はあなたのこと好きだよ」「大丈夫だよ」…色んな人たちに色んな言葉をかけて貰った。そうして私は機嫌を保っていた。

夫と出会う前に6年半もの間交際していた男性にも、私はよく「どうせ私なんて」と言っていて、彼は私に「少なくとも俺だけはお前を嫌いにならない、だから自分が嫌いなら俺のことだけ考えていたらいい」と返してくれていた。だから、当時私は努めて自分より彼のことを考えるようにしていた。
これは彼なりの優しさであり(それしか知らなかったのだと思う)、甘えでもあった。彼自身も自己肯定感が弱く、傾いており、まるで園芸支柱のような支えを私に求めた。その支柱を繋ぎ止める縄の言葉が「どうせ私なんて」と「少なくとも俺だけはお前のことを嫌いにならない」だった。


彼と別れて現在の夫である彼と交際してからも、私は性懲りもなく「どうせ私なんて」を繰り返していた。

あの日は、それはもう長い時間話したと思う。母親と上手くコミュニケーションできないこと、決して裕福ではない家庭で育ったこと、頭や育ちが悪いこと、友達が少ないこと……自分の人生のあちこちから「かわいそうなこと」を引っ張り出してきて、全部ぶちまけた。
彼はずっと黙っていた。「そんなことないよ」も「大丈夫だよ」も「俺のことだけ考えたらいい」も言わなかった。1時間くらい重苦しい沈黙が続いたあと、彼はおもむろに立ち上がって、珈琲を2杯入れた。そして私にマグカップを渡してきて、隣に座った。

「申し訳ないけど、僕はこういうときスッと、大丈夫だよみたいなことが言えないんだよねぇ。」

そこからまた長い沈黙が続いた。私はすごく焦った。何か優しい言葉を言ってほしかった。でも彼は何も言わなかった。

「あのね、君はそれで満足なの?その……大丈夫だよみたいなことを言われて、それでいつも問題は解決してるの?」
「どうして「どうせ私なんて」って言うか、自分で考えてみたことある?」
面くらった。そんなこと考えたこともなかった。ただいつも、ネガティブな気持ちが襲ってきて、襲ってきたままに喋っていただけだった。

「僕は……なんだろうな、どうせ自分なんて、みたいな感覚で苦しんでしまうのが、あんまり理解できないんだよねぇ。」
「自分がどこか足りないなって思ったらそこを補うよう行動するしか、解決する道は無いって思ってて……その、なんていうか……昔のイヤなことを思い出したり、今の自分が駄目って思うよりも、なってみたい自分のことを考えてる方が楽しくない?もっと楽しいこと考えようよ。」

また長い沈黙が続いた。私はじっと珈琲だけを見ていた。彼の顔が見られなかった。
「そもそもあんまり問題を解決する気が無いとか、ただ単に僕が君のことどう思ってるのか確かめたくて言ってるだけなら、まぁ……とりあえず「大丈夫だよ」って君に言う。でもそれを言う行為自体が僕の感覚にあんまり合わない。だからこれから先も、期待通りの慰め方はできないかもしれない。」

「私のこと好きじゃないの?」と、こんなタイミングでまだ私はそんなことを聞いていた。
「僕は君のこと好きだよ。でもそれって今の話に関係あるかな?僕はずっと君の話をしてるつもりだけど………?」彼は本当に素直に、不思議そうな顔で私を見た。

「僕が君のことを好きってことよりも、君が君のことを好きな方が、君がこれから先生きていく上でずっと大事なことじゃないかなぁ。」

「僕にできるのは、君が自分を好きになれるように行動するのを見守ることと、君が自分を好きになるまで一緒に待つこと。こうやって珈琲飲んで、横に座って、待つことしかできない。一生かけてもそれしかできないんだよねぇ。」

彼の声はずっと優しかった。


あの日から私は「どうせ私なんて」と言わなくなったし、言わなくても平気になった。お題を見てそんなことを思い出したのだった。

#あなたに出会えてよかった