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【5月33日】 ゴミどうぞ

某日

某声優がSNSで謝罪文を出していた。すでに報道が出ていたのかもしれないが、それを見る前に謝罪文がタイムラインに流れてきた。頭から読んでいくと、「ファンの女性と不倫関係にありました」とのことで、ああなるほどそういう謝罪ね、と思いながら読み進めていく。すると、「手をあげてしまったこともありました」という話も出てきて、なんと、そういうこともあったんですか、と思いながら更に進むと、最終的には「妊娠中絶させてしまうという過ちも犯してしまいました」ということであった。

この五月雨式に悪事を白状していく展開が、何だか新鮮に思えた。通常、この手の話はネット記事などで取り上げられて知ることが多いわけだが、その場合は全貌がわかる見出しをまず目にするので、一瞥でだいたいのことが掴める。週刊誌とかの見出しって品がないよな、と嫌悪感を持っていたが、全貌を把握するという点に関しては言えば非常に適したスタイルなのだろう。記事の見出しでバーンと知る方がインパクトとしては大きいのかもしれないが、本人からの順序立てた告白は妙な緊張感があって、ちょっと面白く読んでしまった。


某日

ドラッグストアに行くタイミングを逃し、いつも使っているボディソープを切らしてしまった。残されているのは、真夏の一番暑くてどうしようもないとき用に置いてあるシーブリーズのボディソープだけ。仕方なくこれを使う。シーブリーズを使うと、全身がスースーする。あまり好きな使い心地ではない。真夏の一番暑くてどうしようもないときでさえ、たまらず使うものの、使ったあとにちょっと後悔する。風呂に入って体は火照っているのに、表面だけ冷やされている感じが落ち着かない。炊き立てなのに急にうちわで扇がれる酢飯もこんな気分だろうか。


某日

グリーンルームという音楽フェスに行く。横浜の赤レンガ倉庫のあたり、都会のど真ん中で開催される都市型フェスである。いくつかフェスに行った経験はあるが、都市型フェスに行くのは初めてだ。ライジングサンなどとは違い、交通の便もいいし、普段着でいいし、荷物も少なくて済むので気軽に足を運べる。それが都市型フェスの良さである。「都市型フェス」という言い方が妙に気に入って、当日も何かにつけて都市型フェスを連呼していた。会場は海に面しており、都会と海という、音楽フェスとしては初体験シチュエーションに、到着した瞬間から気持ちが高まった。

世代ど真ん中のオレンジレンジ。「今日快晴じゃないですかー?」というMCからの『上海ハニー』が盛り上がらないわけがない。そこから『以心伝心』、『ロコローション』の畳み掛けで私はすっかり我を失った。あまりにも「あの頃」すぎる。しかしそれだけでなく、「昔の曲は盛り上がるけど、最近の曲はあまり知られていない」という自虐を、こちらが辟易しない程度にちょうどよく盛り込んだMCが実に秀逸で、「皆さんが今一番聴きたいであろう、『はい!もしもし…夏です!』という曲をやりますね!」みたいなことを言って最近の曲をやるので笑ってしまった(そもそも曲名が絶妙に面白い)。そして、コールアンドレスポンスを使って、新しい曲を覚えてもらう工夫も惜しまない。私もまんまと『はい!もしもし…夏です!』を覚えてしまった。最後には『おしゃれ番長』、『SUSHI食べたい』からの『イケナイ太陽』で完璧な盛り上がり。オレンジレンジは一時期だけ流行ったバンドというイメージが強いが、いわゆる一発屋ではなく、ヒット曲が驚くほど多い。あの曲やこの曲も、もっと聴きたい! と思わせる、らしさが全面に出た良いライブであった。

Def Techが出演すると聞いて、最初に頭に流れたのが「泣きたくて 笑いたくて」という曲だったが、夫に「それは違う」と言われて調べてみると、キマグレンだった。前もって気づいてよかった。そのままライブに臨んでいたら、「泣きたくて 笑いたくて」を待ってしまうところだった。Def Techは海のイメージが強いが、すぐ真横に本物の海があるのに、ステージの背後にも海の画像を映していた。

夕方、リップスライム。時間に余裕があったので、せっかくなら前の方で見ようということになり、40分前にステージから3列目に陣取った。人が集まりすぎているためかネットがほとんど繋がらず、時間を潰せるのがダウンロード済みのKindleくらいしかなくて、読みかけの小説を読んだ。リップスライム待ちで夏目漱石を読むというギャップにちょっと酔いしれる。そんな中、後ろにいたカップルの男性が、「俺、正直リップスライムについては浅田真央〜」と言って(たぶん知識が”浅い”の意)、女性が爆笑していた。なんだか猛烈にイラッとしたので振り返って顔を見てやりそうになるも、堪えた。

リップスライムのライブを初めて見た正直な感想としては、この楽しいやつを全盛期に見たかった! という気持ち。今はもうPESがいない。SUもいない。PESの声が一番好きなので特に残念。それにしても、ILMARIがあまりにもイケメンで驚いてしまった。途中でサングラスを外したのだが、サングラスをかけているときのポップさとのギャップがものすごい。これは逆にサングラスを外さない方がいいのではないか。ちょっとリップスライムの曲や雰囲気に合わないくらいの、渋いイケメンである。

ライブ中は、おそらくリップスライムのメンバーと同世代であろうファンたちの黄色い声援が際立っていた。特に私のすぐ前にいた女性は、RYO-Zが「そろそろ終わりが近づいてきましたが……」みたいなこと言うとすぐさま、「いや〜〜〜ん!!! もっとやってえ〜〜〜ん!!!」と、あまり他のライブでは聞いたことがないタイプの甘い叫びを轟かせた。いや、正しい。だってもっとやってほしいのだから、お願いするならこういう言い方になる。観客がステージに向けて何か叫ぶにあたり、ウォーとかイエーイでなくてはならない決まりなどない。盛り上がって開放的な気分になっているのならば、その高まりがこのような甘ったるい声色となって表出したとて、何らおかしくはないはずである。が、めちゃでかい声でしっかり響いていたのでさすがに笑った。好きな人にあそこまで振り切った声援を送ることができるというのは、いろんなことを突き抜けた真実がそこにあるようで、おかしくも眩しい。真似はできない。


某日

久しぶりに家で赤ワインを飲んだら変な時間に寝落ちしてしまった。目が醒めたときには、ビーズクッションの上でひっくり返って寝ていた。寝室に行くと夫がまだ起きていたので、なんで私を放置するんだ、と抗議してみたところ、「あれはあれで気持ちいいのかと思って」と言われた。確かにあれはあれで気持ちよかったので仕方ない。


某日

トークイベントというものに人生で初めて出演した。人前でトークするって難しい。もっと喋れると思っていたが、そう上手くはいかなかった。私を見に来たというお客さんがいて、イベント後に話しかけてくれて嬉しかった。

共演した人から言われた。「長瀬さん、全然人前に出たい人じゃないですか。」そうはっきり言われてしまうと、誤魔化すこともできない。「はい、そうなんです」と答えながら、「うん、そうなんだよ」と思った。元来お喋りで、喋らせてもらえるなら喋りたいし、目立てるものなら目立ちたいのだ。この年になってやっと、『名もなき詩』でいうところの「自分らしさの檻」から、ほんのちょっと手とか足とか出せるようになってきたように思う。しかし、檻の中でラジオ体操してたらたまたま手が飛び出ちゃったんですテヘ、みたいな言い訳は、まだしている。


某日

強い雨。汚れてもいいスニーカーを履いて家を出たが、それは先日フェスに履いて行ったスニーカーで、そのときの砂埃がまだ全体にまとわりついており、汚れてもいいスニーカーとはいえあまりに汚れ過ぎていて、さすがにこのまま過ごすのは憚られたので、電車を待っている間、駅のホームでしゃがみ込み、ウェットテッシュでゴシゴシ拭いた。

横からぬっと人が現れて、「ゴミどうぞ」と聞こえた。見上げると、柄の長いちりとりを持った清掃員が立っていた。「え、わ、ありがとうございます」と言いながら、使ったウェットティッシュをそのちりとりの中に入れようとするのだが、不思議と罪悪感が湧く。床の上で待ち構えるちりとり。そこにゴミを入れる動作というのは、普通にゴミ箱にゴミを捨てるよりも、若干のポイ捨て感を帯びている。更に言えば、清掃員がそのちりとりの中に集めているのは、まさにホームにポイ捨てされたゴミたちなわけで、そこに私のゴミを入れると、私のゴミもポイ捨てゴミたちの仲間入りを果たす。それはなんだか不本意というか、私はこいつらとは違うのに、みたいな。私はポイ捨てにより清掃員の手を煩わせる非常識な人間などではないのに、私のゴミがポイ捨てのゴミたちと同じちりとりの中に入るのはどうにも許せない、みたいな。とはいえ、やっぱり捨ててもらえた方が助かるので、私はちりとりの中にウェットティッシュを放った。清掃員はくるっと向き直り、またホームを歩き回る。


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