【まとめ売り】村上春樹22冊1700円
村上春樹を読もうと思った。
かなり前に『ノルウェイの森』を読んだが、他は未読である。一冊読んでそこまでハマらなかった、というのが正直なところだが、それでも読もうと思ったのは、好き嫌いは別として、世界中で評価されている作家の作品をある程度把握しておきたい、という履修としての気持ちがあったのと、もしかすると数冊読むことでその魅力に目覚め、立派なハルキストとしてノーベル文学賞の発表に一喜一憂する未来が私にもまだあるのかもしれず、その可能性をみすみす潰すようなことがあれば私の読書人生にとって大きな損失になるであろう、と思い至ったからである。
思い至った私は、村上春樹の作品をまとめ買いしようと決めた。私は思い至るとこういう変な思い切り方をしがちである。
早速、メルカリで村上春樹を検索し、できるだけ安く、冊数の多いまとめ売りを探した。いろいろ見ていくと、22冊の文庫本を1,700円で売っている人がいた。日焼け、シミ、経年劣化ありとのことだったが、とりあえず読めればいいのでこれに決めた。
「ご購入ありがとうございます。発送までしばらくお待ちください。」
すぐに取引メッセージが届いた。メルカリにおける出品者の定型文である。これに「よろしくお願いいたします。」的なことを返すのが、購入者の定型文。過去に何度もやってきたお馴染みのやりとりである。取引に問題がなければ、これ以上の言葉は必要ない。メルカリでの売買はその淡白さがいい。のだが、22冊というなかなかのまとめ買いに気分がハイになっていた未来のハルキストは、いつもの流れから突如逸脱した。
「すみません。村上春樹ほとんど読んだことがないのですが、何から読むのがおすすめですか?」
唐突に雑談をぶち込む。旅の恥と同様にメルカリの恥もかき捨てである。それに我々は出品者と購入者である以上に文学を愛する者同士。きっと分かり合えるに違いない。先輩ハルキストとメルカリの取引メッセージで刹那の交流……いいですね。
などと悦に入っていたが、なかなか返信が来ない。だんだん冷静になってくる。考えてみれば、この人は村上春樹の本が不要になったから出品したわけだ。ということは、少なくとも現役バリバリのハルキストであるとは考えにくい。なんなら、面白くない、もう二度と読まないと思ったから売るのかもしれないし、最悪、読んですらいないかもしれない。だとしたらそんなん聞かれても知らんがなという話である。何が先輩ハルキストとの刹那の交流だ。
私が冷や汗をかきながらメルカリのガイドラインに「取引と関係のないメッセージを送って出品者を困惑させる」みたいな違反項目がないか調べはじめたところで、通知が鳴る。
「そうですね……私もずっと昔に読んだっきりなのですが、風の歌を聴けが一番好きでした。おすすめです。」
「ご丁寧にありがとうございます。読んでみます。発送よろしくお願いいたします。」
自分から聞いたくせに逃げるように会話から脱出する謎の購入者。一体何がしたいのか。
数日後、22冊の村上春樹が自宅に届いた。まだほとんどが積読状態だが、本棚に並んでいるのが目に入るたび、あのメルカリでのやりとりが思い起こされる。古本だからこその良さがある。あの人はどうしてこれらをまとめて手放すことにしたのだろう、とか、そういうことをふと考えたりもできる。
ちなみに最初に読んだのは『パン屋再襲撃』だった。先輩すみません。だってタイトルが気になりすぎた。
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