見出し画像

8月33日 歴史をつくる。愛は残る。

8月23日(火)

昨日届いた新しいダイニングテーブルは、以前のものよりナチュラルな明るい色味で、朝起きてリビングに出た瞬間、部屋が明るくなったように感じた。「やっぱこの色にして良かったね。前のより可愛い」と言ったら、夫は、「うん、すごく可愛い。浜辺美波ちゃんより可愛い」と答えた。今日から夫は仕事で山に行く。天候は大丈夫か、怪我はしないか、クマに遭わないか、心配だ。もし夫に何かあったら、「浜辺美波ちゃんより可愛い」が最後の会話になってしまう。それも心配だ。


8月24日(水)

珍しく散歩に出かけた。散歩をすると脳が活性化されてアイディアが浮かびやすいと聞くので、そういう淡い期待を抱いてのことだ。河川敷を歩いて、公園に行った。公園のベンチに座って、何か文章でも書いてみようと思うのだが、特に脳が活性化されている気配はなく、結局ぼーっとして過ごした。ベンチには屋根があって、日向の部分と日陰の部分に分かれている。日差しはまだまだ夏の鋭さだが、風は涼しく秋の風情。日向にいると暑いし、日陰にいると寒い。日向と日陰を行ったり来たりして、最終的に、左半身を日向に、右半身を日陰に置くというポジションに落ち着いた。「笑う犬の冒険」で原田泰造がやっていたセンターマンを思い出す。五分だ五分だと言うけれど、ほんとは7:3くらいがちょうどいい。あれ、めちゃくちゃ面白かった。

家に帰って、夕方、ベランダでビールを飲んだ。二軒先の元美容室だった建物が取り壊されている。すでにボロボロで倒れそうな建物だった。ショベルカーが大きな音を立てながら建物をガシガシ解体していく様は、その騒音も含め迫力満点で、妙にビールが進んだ。五時きっかりに作業が終了したのも良かった。二階建ての建物がひとつ無くなるだけで、思いのほか景色が変わる。視界が開けて、山が見える。


8月25日(木)

夜、いろいろと行き詰っていたので、気晴らしにコンビニに行くことにした。本当に軽い気持ちだった。しかし、玄関を出ようとすると、蛾。たくさんの蛾が、ガラスの引き戸に張り付いている。一瞬、戻ろうかとさえ思ったが、ええいと思い切って引き戸を開け、心の中で悲鳴をあげながら、素早く外に出た。出たはいいが、あとでまたここを通らなければならないと思うとぞっとした。

とにかく、コンビニに行こうと車を出す。大きい道路に出ると、街灯に大量の蛾が群がっている。群がりきれなかったやつがフラフラ下の方まで落ちてきて、フロントガラスにバチバチ当たる。うあああと口に出しながら通り抜ける。これはコンビニもやばいのでは、と思ったが、コンビニの店員が外で箒とちりとりを持って歩き回っていて、店の前はきれいな状態だった。本当にありがとうございますという気持ち。せっかくコンビニに来たが、なんかもうちょっと食欲が減退していて、しばらく店内を徘徊し、唯一飲みたい気がしたイチゴミルクのみ購入して店を出た。

コンビニの駐車場にとめたまま、先の方の道路までずっと続く街灯に群がる蛾の光景をぼんやり見続ける。なんかすごい絶望感。この世の終わり感。元々行き詰っていた気持ちが、さらに行き詰る。このまま帰ったら、何のために外に出たかわからない。蛾に敗北するのは嫌だ。謎の負けず嫌いが発動し、私は家とは反対方向に車を走らせた。銀杏BOYZを流しながら、蛾に激突しながら走った。「夢で逢えたら」を聴いたらちょっと涙が出た。銀杏を聴いてまだ泣ける自分がいることに、ちょっと安堵した。もう蛾も怖くなかった。というか、慣れた。

アパートに着いて、少しびくびくしながら玄関に近づくと、意外に蛾は減っていて、すんなり入ることができた。ほっとして自分の部屋に向かう途中、ゴミの出し方とか町内のイベントのお知らせが貼られている掲示板に、一匹くっついていてギャッとなった。蛾はお知らせすんな。小走りで家の中に入って、今度こそほっとした。まあ出かけないよりは、いい夜になったかなと思う。


8月26日(金)

義両親と行く旅行のために慌ててネットで購入した水着が届いた。「少し小さめでした」とのレビューを信じて2Lを買ったのだが、確かに2Lにしては小さめで、ぴったりとまではいかないが問題なく着られた。何らかのノリで義両親とレスリングや騎馬戦をすることにならない限り、脱げる心配はないだろう。


8月27日(土)

札幌に行って美容室で髪を切ったあと、自転車で日本縦断中の5歳さんとご飯を食べに行った。旅の道中の話などいろいろ聞かせてもらって面白かった。こういう旅の仕方でないと得られないものがあるに違いない、とは思うが、如何せん、私は体力がなさすぎる。

明日の午前2時に出発するという体力お化けの5歳さんと別れ、札幌に住んでいたころよく行っていた串揚げ屋に久々に行く。店主も常連さんも、みんな元気そうでよかった。その店に初めて行ったのが22歳で、今は33歳。感慨深いものがある。お店という繋がりだけで、こんなにも長い間仲良くしてもらって有難い。他の町に引っ越して今はたまにしか行けないが、行けば誰かいて、気兼ねなく話せる。11年の仲なので、昔の自分を知ってくれていることによる安心感、かっこつけてもしょうがない感がある。大人になってからの同級生みたいな。そういう場所を見つけておいてくれたという意味で、22歳の私はいい仕事をしたと思う。


8月28日(日)

昨日そこそこ飲んだので、ちょっと眠かった。お客さんがパンプスを試着して、「飾ってあった小さいサイズを見たときは可愛いって思ったけど、自分の大きいサイズだとちょっと違ったわ」と言ったのに対して、「確かにそういうことってありますよね」と共感したあと、「ブラジャーとかもそうですよね」と喉まで出かかって止めた。余計なこと過ぎる。完全に寝ぼけてた。あぶない。


8月29日(月)

関根(うさぎ)をシャンプーしていたら、大暴れして洗面台の上に落下した。そこまでの高さはなく、怪我もしていないようで良かったが、関根の顔面に水がかかった。ものすごく嫌そうな顔をしていた。もう暴れないでほしい。


8月30日(火)

会計したお客さんを見送ったあと、試着用のイスの上にスマホを忘れていることに気付いて、慌てて店から顔を出すと、まだ出口に向かって行く背中が見えたので、店長に「届けてきます!」と声をかけてダッシュしたが、どこにもいない。駐車場を少し歩いてみたが、いない。間に合わなかったか、と息を切らしながらトボトボ歩いて店に戻ったところで、反対方向からさっきのお客さんが小走りでやってきた。無事お渡しできたのはよかったが、私が追っていた背中は一体誰だったのか。謎は深まる。


8月31日(水)

近くまで来たからと、両親が私の職場にこそっと現れた。その際、前回実家に帰ったときに忘れたボールペンを持ってきてくれたのだが、両親が去ってしばらくしたあと、店の前にゴミが落ちているのに気付いて拾うとそれはクシャッとなった黄色いふせんで、見慣れた母親の筆跡で「○○(私の名前)に返す」と書かれていた。照れくさいものを落としていくのはやめてもらいたい。


9月1日(木)

夫が突然「お願いがある」と仁王立ちで言うので何かと思ったら、「今度、豚肉を焼肉のたれで炒めてほしい」とのことだった。お安い御用すぎた。


9月2日(金)

絵の教室の日。先生が子どもの教室で教えるために絵画の歴史をわかりやすくまとめる作業をしていて、それを「わたし今、歴史をつくってるんだよね」と言ったのが、やたら仰々しい響きで面白くてしばらく笑った。

似たようなことが前にもあったなと、ふと思い出した。高校生のとき、数学の授業で虚数「i(アイ)」を使った計算をやっているときに、同級生の男子が、「先生、このアイは残るんですか?」と質問した。先生が「おまえ、なんかカッコイイな」とコメントし、教室がどっと沸いた。歴史はつくれるし、愛も残ると信じたい。

「あちらのお客様からです」的な感じでサポートお願いします。