【web3】ステーキング報酬と会計、株式会社との類似性
本記事の位置づけ
今年の頭に初めて記事を書いてから、気づけばもう一年が経とうとしています。すっかり記事の書き方も忘れてしまいましたが、X(旧Twitter)で面白いテーマを見かけたので、2つ目の記事のテーマとして取り上げてみようと思います。
▼ 今回のテーマ
ステーキング報酬にかかる会計処理については、こちらの資料(KPMG)が参考になります。基本的な用語説明から収益認識の考え方までを簡潔に記載しているので、ぜひ読んでみてください。
会計処理や収益認識の詳細はこちらの記事におまかせするとして、今回は上記で引用した水地先生の章立てに沿って私見を述べてみようと思います。(自分で章立てを考えるのがめんどくさかったわけではありません。ええ、そんなことはありませんとも……)
また、特段の言及がない場合、ここではPayment TokenやUtility Tokenを念頭に記載しています。Security TokenやGovernance Tokenについて記載する場合は、その都度個別に言及します。
※この記事に記載の内容はすべて個人の感想であり、現在または過去の所属組織の意見を代表するものではありません。
ステーキングとは
ステーキングの技術的な詳細については各種コインのホワイトペーパーにあたってもらうことにして、ここでは概念的な理解を整理します。
用語としての「ステーキング」の分類
「ステーキング 報酬」で検索すると、「暗号資産取引所に暗号資産を預けて利息を受け取ろう!」という大意の記事がたくさん出てきますが、これはテクニカルな意味ではなく、暗号資産交換事業者などが提供する「ステーキングサービス」にあたります。
ブロックチェーンにおける技術的な意味でのステーキングは、ざっくりとした説明ではありますが、Proof of Work(PoW)のチェーンにおけるマイニングに相当する処理に係るものであり、Proof of Stake(PoS)のチェーンにおいてトランザクションを検証し、承認する行為を指します。
これを混同して「ステーキングの会計処理」とひとくくりにして議論しようとすると話がまとまらなくなってしまうので注意が必要です。実務上は、暗号資産事業者に暗号資産を預けて報酬を受け取っている側(以下、暗号資産ユーザ企業)のことを考えるのであれば「ステーキングサービス」について、ブロックチェーンに参加(ノードを保有)してトランザクションの検証に参加している(以下、ノード運用者)のであれば技術的な意味での「ステーキング」について検討することになるかと思います。
ステーキングとレンディング
ステーキングとよく似たサービスとして、暗号資産のレンディングサービスがあります。暗号資産取引所のユーザの目線からすると、どちらも暗号資産を預けると利回りが乗って帰ってくるサービスですが、その違いはどこにあるのでしょうか。
これまた大まかな理解ですが、ステーキングは銀行定期預金、レンディングは投資信託という理解が良いんじゃないかと思っています。(投資信託の投資先に定期預金が含まれるじゃないかというツッコミはなしで…)
Cointelegraphのこちらの記事もわかりやすいかと思いますので、参考としてリンクを紹介します。
詳細な理解は次章で触れますので、現時点では「暗号資産取引所に暗号資産を預ける」ことがそれすなわちステーキングであるわけではない点を抑えておければ大丈夫です。
なぜステーキングするのか
暗号資産ユーザ企業の場合
こちらは大変シンプルで、安定して利息収入が見込めるからでしょう。企業と書いていますが個人ユーザも同様です。
タンス預金では利息が付きませんが、定期預金に入れておけば(スズメの涙ほどであろうと)利息を受け取ることができます。一定期間引き出しができないなどの制限は発生しますが、頻繁な取引を想定していない場合はさしたるデメリットにはならないでしょう。
前章で触れたレンディングサービスとの違いですが、ステーキングにおいてはPoSネットワークの仕組みによって安定少額のリターンが見込まれる一方、レンディングの利回りは預け先の成績や市況に大きく影響されることが想定されます。
これは、ステーキング用に供託された暗号資産は、トランザクションの検証・承認用にシステム上でロックアップ(アドレスから動かせない状態)され、システムから自動で付与される報酬を受け取る仕組みになっている一方で、レンディングにおいては、暗号資産を預託された取引所の担当者が預かり資産を元手にトレーディングをし、その利益(または損失)を還元する仕組みになっているためです。
※ステーキングにおいても、100%元金が保証されるわけでは必ずしもありません。システム上のエラーにより、ステーキングのために供託した(ロックアップした)トークンが失われることがあります。これは、Slashingと呼ばれる事象で、Slashingが発生した場合の損失を誰が負担するかはステーキングサービスの契約に依存するため、個別の確認が必要です。
このため、投機的な目的で暗号資産を保有することを好まず、長期的に保有したいユーザにとっては、ステーキングは安定運用として魅力的な選択肢になりえます。
ノード運用者の場合
ノード運用者は、ステーキングを行うことでネットワークを存続させるとともに、トランザクション検証・承認の成功報酬を受け取ることができます。
(PoSのインセンティブ設計そのものですね)
暗号資産発行事業者においても、そのビジネススキーム上、発行した暗号資産を自社で保有するインセンティブがあるのであれば、同様の理由で自社でステーキングをすることになるでしょう。
また、ステーキングにおいては、そのチェーンのネイティブトークンの保有量が多くと保有期間が長いほどValidatorとして選出されやすくなる、すなわちシステムから支払われるステーキング報酬を受け取ることができる可能性が高くなるため、不特定多数のユーザが保有している暗号資産を手元に集約するインセンティブが働きます。これこそが、暗号資産取引所などがステーキングサービスを提供する理由であり、「暗号資産ユーザ企業の場合」で述べたユーザ側のメリットとしての利息は、システムからのステーキング報酬を一部還元したものであるということができます。
需給バランスによる価格調整の効果
後続の章(ステーキングが価格に与える影響)にて詳述しますが、大きな影響はないと考えます。
(おまけ)仕訳の考察
ここまでの整理に基づいて考えると、大体こんな感じになるんではないでしょうか。
▼ ステーキングサービスを利用するユーザ企業
ユーザ企業が取引所のステーキングサービスを利用し始めたとき
仕訳なし (供託した暗号資産の所有権は移転していないため)ステーキング期間が終了したとき
(Dr.)暗号資産 (Cr.)ステーキング収益
▼ ステーキングサービスを提供する企業
ユーザ企業が取引所のステーキングサービスを利用し始めたとき
(Dr.)預かり暗号資産(一般) (Cr.)預かり暗号資産(Staking)
※取引所の残高として顧客が暗号資産を保有している時点で預かり資産として計上されているため、負債額は変わらず負債カテゴリが変わる想定。ステーキング期間次第では流動性区分が変わる可能性ありステーキング報酬を受け取ったとき
(Dr.)暗号資産 (Cr.)ステーキング収益
預かり暗号資産(一般)
※ステーキング報酬は追加発行分(Inflationary fee)とガス代(Transaction fee)を含む
※ステーキング報酬のうち、供託された資産の持ち分は預かり資産として負債に計上するステーキングサービスの供託期間が終了したとき
(Dr.)預かり暗号資産(Staking) (Cr.)預かり暗号資産(一般)
もちろん、システムの仕様やビジネススキームに応じて大いに変わってくる部分ですので、個々の企業での慎重な検討が必要であることは言うまでもありません。
ステーキング報酬の原資
今回のテーマのもととなったポストでは、「ステーキングという行為に対する報酬として運営サイドがリザーブしているトークンから支払われる。」とあります。私はこのケースを過分にして存じ上げないのですが、少なくともパブリックチェーンに載っている特定の運営主体が存在しないトークンについては、トランザクション承認時の追加発行分(Inflationary fee)とトランザクション作成者から支払われるガス代(Transaction fee)からなるかと思います。
前述の通り、暗号資産発行主体がステーキングを行う場合、そのインセンティブはステーキング報酬にあるはずなので、運営サイドがリザーブしているトークンからの支払いがある、すなわち、ステーキング報酬による利益を超過してステーキングサービスのユーザに報酬を支払っている場合、そこに何かしらのインセンティブが存在すると考えられます。
例えば、トークンコミュニティを広げるために赤字覚悟で支払っているんだということであれば、ブロックチェーンの設計により支払われるステーキング報酬(のうち供託者の持ち分)を超過する支払いについては、下記のように暗号資産建ての宣伝広告費として処理するのが妥当なのではないかという気がします。
(Dr.)暗号資産 (Cr.)ステーキング収益
宣伝広告費(暗号資産建て) 預かり暗号資産(一般)
株式会社制度との比較(原題:株式にステーキングってある?)
ここまでPayment TokenやUtility Tokenを念頭に記載してきましたが、株式会社制度との比較においては、Security TokenやGovernance Token、すなわち、特定の資産・権利に対する持ち分を表象する記録としてのトークンについての検討が必要になります。
ステーキングと持ち分
トークンの価値が特定の資産・権利に紐づいているとき、資産・権利の価値やガス代が一定であると仮定すると、長期的な目線で確率論的に言えば、ステーキングによる収益は実質的に消滅すると考えられます。
(この仮定は、ステーキング報酬によるトークン量の増減を検討するためのものです。マクロ経済学が得意な方は、偏微分してるんだなと考えるとわかりやすいと思います)
トークンの保有量に連動してステーキング報酬(定額)を受け取る仕組みにおいては、ステーキング報酬による保有トークン量の増加率の期待値はすべての参加者について等しくなる、すなわち持ち分比率は変化しないと考えられます。すなわち、このようなトークンにおいては、ステーキング報酬は超長期的に見れば株式分割と同様に、トークンの単位当たりの価値を減価させるものの、持ち分比率には影響を与えないものであると考えられます。
とはいえ、現実には必ずしも期待値通りの変化率とはならず、ステーキング報酬により保有トークン量および保有率が増加し、持ち分を増やすこともあると思われます。そうした状況を株式会社制度と比較するのであれば、優先株式に対する株式配当が近しいのではないでしょうか。
すなわち、ノードの運営ないしステーキングサービスを通じたノード運営者への預託を通じてステーキングに参加するという行為は、株式配当を受け取る権利を得る行為であり、ステーキングに参加しなければ株式配当を受け取ることはできず、持ち分比率が低下することになります。
トークンのロックアップの妥当性
元のポストでは「株主は自己が保有する株式を自由に処分できる権利を有しているが(上場株の場合)、発行会社がその権利を拘束するような取り決めはそもそも投下資本の回収の観点から認められないようにも思われる」と考察されています。
この点については、ステーキングサービス利用中であってもトークン(すなわち持ち分)の売買は可能であるというのが私の考えです。技術的な制約により、ロックアップされたトークンを別のアドレスに送金することはできませんが、A社が交換所XでステーキングしているトークンをB社に売却する場合、同一銀行の口座間での振り込み処理と同様に、交換所X の帳簿上で権利者を変更できるようにすれば売却は可能に思われます。
また、ノード運用者間においても、別途権利譲渡の契約を交わせばよいのであって、アドレスの移動は売却の必要条件ではないのではないでしょうか。カストディアンに該当するのではないかという議論を避けるために、ロックアップ解除後に直ちに権利譲渡先のアドレスに転送されるような仕組みをスマートコントラクトなどで構築できるのが理想的ですが、いずれにせよ、ロックアップ中のトークンを売買する何らかのスキームは構築できるように思われます。
ステーキングが価格に与える影響(原題:トークン価格の相場操縦に該当しない?)
個人的には、少なくともステーキングの文脈において、価格操作的な要素はあまりないんじゃないかと思います。理由は次の通りです。
市場が活発で流通量が多い場合、ステーキング報酬のためのロックアップで価格が変動するほどの動きが生じるとは思われない
市場が活発でなく流通量が少ない場合、ステーキングしようとしまいと、トークンの需要が多くないわけなので、ロックアップしたから価格が高騰するとは思われない
そもそも、市場原理による価格調整は需給双方が市場原理の中で自動的に運動することで生まれるものであるところ、トークンの発行においては、需要があろうとなかろうと一定量の供給が生じるため、需給バランスで議論するのに適さない
なお、ステーキングの観点に限らなければ、本校執筆時点において、特にアルトコインの市場に関しては、価格操作に対する規制が存在しないに等しい状況であり、投資家保護のための規制整備は道半ばである印象です。
おわりに
元のポストでは「ステーキングの本質」という最後の項目が残っていますが、すでに言及した内容と重複するので割愛します。
この記事の記載に当たっては、特に書籍や基準・ガイドラインを参照していないため、理解の誤りや古い情報に基づいて記載が含まれている可能性があります。お気づきの方や、本校とは異なる見解をお持ちの方はぜひX(旧Twitter)で教えてください。感想も大歓迎です。(アカウント:@NF_SQ_08)
web3(ブロックチェーン関係)の会計・監査・内部統制はまだまだこれから多くの事項を検討する必要があると思っています。大したお話はできないかもしれませんが、多くの方と意見交換ができるとうれしいです。
また、本記事を通じて関心を持っていただけた方は、ぜひこちらの記事もご一読ください。
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