ショートショート「理想的なロボット」

「おい、ペルト。飯だ」
「かしこまりました」

ペルトと呼ばれたロボットは、すぐさま調理に取り掛かった。

家庭用ロボットは、今や家庭に一台に普及している。

家事全般はもちろんのこと、何気ない雑談も可能だ。

様々な相談持ち掛けることにより、メンタルヘルスの保持や資金形成までも望める優れものである。

ただし、その思慮深さはグレードに左右されるのだが。



ジャスパーはソファに深くもたれたまま、つまらなそうにスマホを見ている。

その腹は見苦しく前に迫り出しており、おそらくベルトを直視することは叶わない。また、一抹も顧みられずに伸び放題の赤毛や髭がまことに見苦しい。

「ったく。やんなるぜ」
これが、彼の口癖である。
もうかれこれ3時間、この体勢である。

スマホに映る画面では、若者に人気だという動画投稿者が早回しのような口調でゲームの実況をしている。

ジャスパーは実のところ、その面白さがわかっていない。
例えば、テレビ番組を見ていて、どっと笑いが湧く瞬間においても彼は理由がよくわかっていなかった。
だが、動画の自動再生を中断する理由も今のところ彼は持っていなかった。

「おい、ペルト。やっぱり食うのはやめだ。肩を揉め」

「かしこまりました」

ペルトは、フライパンを置くとジャスパーに駆け寄り、肩を丹念に揉み始めた。

「しっかし、おめぇは理想的なロボットだよ」
「ありがたき、お言葉です」

何気なく、窓の外を見ると、白くちらつくものがあった。

「…なんだ、もうそんな季節か」

ペルトは目を細める。

「ジャスパー様。クリスマスのご予定は?一緒に過ごすパートナーの方など…」
「うるせぇぞ」
「これは失礼」

ジャスパーは音高く舌打ちをすると、再びスマホに見入る。

その時だった。

「ジャスパー!」

リビングに響き渡ったのは、彼の母ベラの声である。ジャスパーは反射的に肩をすくめる。

「あぁあ、…うるせぇのが来やがった」

「…聞こえてるわよ」

階下へ降りてきたベラは肩から巻いた手製のストールを胸に手繰り寄せる。
その顔は痛切と怒りがない混ぜとなっている。

「ベラ様、おはようございます!」
ペルトは腰が直角になるほど、深々とお辞儀をした。

「ねえ、いつになったら仕事を探すのよ」

ここ数日、判を押したような苦言に、顔をしかめずにはいられない。
が、次の瞬間、その顔には微笑が浮かんだ。

「ああ、そうだ仕事なら見つかりそうなんだよ」

ベラは白けたように、口を突き出した。

「嘘をおっしゃい」
「嘘じゃねぇさ。ほれ」

ジャスパーが得意げに見せたスマホには、何かSNSのアカウント画面があった。

「これが、なに?」
「察しが悪いな母ちゃん」

それからベラが聞かされたのは、これまで何遍も聞かされたの夢物語であった。

バズリズムがうんぬん、インフルエンサーがうんぬん、ゲーム実況がうんぬん。

「これはこの前の話しとどう違うわけ?」

「わかってねぇな。今回は傾向をちゃんと分析して、市場のニーズを拾ってだな…」

「もう、沢山だわ!」

ベラはテーブルを思いっきり、両拳で叩きながら絶叫した。
御年78歳とは思えぬ打撃に、ジャスパーは面食らったようにのけぞる。

「な、なんだよ!母ちゃん!」
「いつまでそんなバカなこと言ってるの!」
「バカって…」
「クリスマスまでにちゃんとした仕事が見つからないなら、出ていってもらうわ!」

ジャスパーは目をぱちくりさせた。

「嘘だろ…なぁ、母ちゃん。冗談だよな?」
「…」

結局、ジャスパーの説得も虚しく、ベラは猛然と買い物へと出掛けてしまった。

「おい、ペルト」

ジャスパーは呆然と天井を見上げながら言った。

「はい、なんでしょう」

「クリスマスまでに、俺に仕事を見つけろ」

返事がない。
ジャスパーが怪訝な顔でそちらをみやると、ペルトの頭からは薄く煙が出ていた。

どこかがショートしたのだろう。

「そんなに難しいのかよ…」

それから、ジャスパーの日常はあまり変わり映えのないものだった。

ペルトと肩をならべ、インターネットで求人情報を探してみたりもした。

条件に合う仕事もあるにはあったが、すぐと口を出るのは「俺には合ってない」という言葉ばかりだった。

「やってみなければ、分かりません」
「やんなくたってわかるっての」

そんな問答が10分でも続くと、ジャスパーはごろりとベッドに横になってしまうのだった。


クリスマスを明日に控えた朝である。

ジャスパーが起きると、傍に控えているはずのペルトがいなかった。

「どこに行きやがった…」

ジャスパーは敷地を出る。

12月の寒さをものともせず、ジャスパーは角から角へ歩き回った。

「どこに行きやがったんだ…」

一つの角を曲がった時、近所に住むマーガレット婆が道路に座り込んでいるのを発見した。

一瞬、何も見なかったことにしようとしたが、流石に振り返り、マーガレットの元に歩いていった。

「ああ、ジャスパーじゃないかい。悪いねえ。ちょっと足が悪くて…」
「ああ、まあ、いいさ。ほんで、家は?」

ジャスパーは最初は肩をかそうと思ったが、その足腰のあまりの頼りなさに結局、背負うことにした。

「せっかくのクリスマスにごめんね。恋人が待ってるだろう?」
「お、おう」

足を踏み出す度にさくさくと雪がなる道を歩いて5分。ジャスパーは老婆を家に降ろし、辞退しようとした。

「トースターが壊れてるの。見てくれないかい?」
「なんだって?」
「あんた、こういうの得意だったろう?」

ジャスパーは首をふって、老婆の家へと入っていった。


すでに夜の帳が下りていた。ベラは苛立たしげに窓の外を眺めていた。
その傍には家庭用ロボット、ペルト。

「ペルト」
「はい、ベラ様」
「今日、ジャスパーは一緒じゃないの?」
「ええ、別行動です」
「なぜ?」
「ジャスパー様の命令なので」

ベラが首を捻ると、玄関で何か物音がした。
そちらへ行ってみると、頭に雪を散らしたジャスパーが立っていた。

「どうしたの?あんた…」
「悪い。母ちゃん。ちょっと、来てくれ」

ジャスパー、ベラ、ベルトは連れ立って玄関を出る。すぐと、刺すような空気の冷たさが頬に当たった。

すでに路面には足首が埋まるほどには雪が積もっていた。

「もう!一体、何があるっていうの?」

ジャスパーは答えなかった。
その瞳にいつにない真剣な光を感じて、ベラは思わず、目を見張った。


「ここだ」
「…こ、これ」
「素晴らしいですね」

そこには、煌びやかに光るクリスマスツリーがあった。

ホログラムのペガサスがツリーを駆け上がり、星が砕けて、光の粒が屋根に降りそそぐ。

電飾はなぜかサイバーチックなものでギラギラしたピンクや水色のネオンがきらめいていた。

「ジャスパーはやっぱり、こういうのが得意だねえ」

気づけば傍にマーガレットがいた。

「ほら、小さい時に絵のコンクールでも賞を持ってたじゃないか。この子の作品には人を楽しませようっていう気持ちがあるのよ」

ベラは思わず、ストリートをざっと見渡した。各家庭、工夫を凝らしたツリーが路面を照らしている。

目の前のそれは、どうみても若者の趣味だが、それはそのストリートで最も輝いていた。

「これ…どうしたの」
「久しぶりに機械をいじってたら手伝うことになったんだ…いや、最初はトースターを直すためだったんだが、ついでに手伝ううちに、な」

ベラは黙して、ツリーを見ている。

「仕事は?見つかったの?最終日にずいぶんと余裕じゃない」
「…」

ジャスパーが右手を出したので、ベラは思わず左手を出した。

何かを手渡される。

「なにこれ」
「マーガレットばあさんからの、駄賃だ」

手のひらを開くと、数枚のコインがあった。それは、ホットドッグがギリギリ買えないくらいの金額であった。

ベラは腕を組む。
「これが、仕事っていうわけ?」
「まあ、広い意味では…」

乾いた冷たい風が一陣、吹いた。
そして、マーガレット婆がシュッとくしゃみをした。

ベラは競り上がってきた笑いの衝動を抑えきれず、慌てて口を覆ったが、やがて観念したように口を開けて笑い始めた。

ジャスパーもペルトも、呆然とその爆笑を見守った。

「ジャスパー…。あんたのこういうところはいつまで経っても変わらないね」
「そ、そうかな」

笑うのにも飽きたベラは、観念したように深いため息をひとつした。

「帰るわよ」
「え?いいのか?仕事探さなくても…」
「これからも探しなさいよ」

片付けが少しあるというので、マーガレットの家に戻っていくジャスパーの背中を見ながらベラはペルトに話しかけた。

「あなた、今日はわざとジャスパーを1人にしたわね?」
「…」
「あなたは、自分が介入している事で彼が成長できてないと考えたんじゃない?」
「…私は『仕事を見つけろ』と命じられて、それに従ったまでです」

ありがとう、とベラは笑った。
「やっぱり、あなたは理想的な…」
その時だった。

「あ、危ない!」
ジャスパーの叫ぶ声がした。
ベラが振り返ると、自動車のヘッドライトが自分へものすごい速度で突っ込んできた。

ぶつかる、と思う直前。
黒い影が自分の前に割り込んできたのを最後に、彼女の意識は途切れた。



「元通りになりましたが、記憶のストレージが損傷を受けてまして、ここ数日の記憶は曖昧かもしれません」
「ええ」

ベラの右腕には痛々しい包帯が巻かれていた。
目の前には、ロボットを修理するユニットがあり、沈痛な面持ちでそれを眺めていた。

「どうしましょう?もう少し、言葉を柔らかくしたり、知能レベルを上げることもできますが」

「いえ、そのままにしてください。人格のタイプも絶対に変えないで。でも、なぜ私を庇ったのかしら、そのようなプログラムは注文してないわ」

「今回は人命救助セーフティがはたらいたため、こう言った結果となりました。これは法律で変更できません。ご了承下さい」

「わかりました。わかったので、寸分変わりがないように直してください。できるだけ、早く」

ベラの目はどこか遠くを見ているようだった。それはまるで、技術者の言葉をあえて理解しないように努めているようだった。

彼女のは工場を後にした。


その一部始終を見ていた工員たちは、ヒソヒソ話を始める。
「あんなロボット。また買い換えればいいのにな」
「まあ、そういうなよ。見ろよ、あの細かいカスタマイズ。相当なもんだぜ」


工員たちの視線の先には、損壊したロボットを固定させたユニットがあった。

その中心には、ジャスパーがいた。

ジャスパーは今、その目に虚空を映したまま、四肢を固定されていた。そして、その頭部には電極が接続されていた。

「人格まで、亡くなった息子さんとそっくり似せてるらしいぜ。まあ、よく見りゃロボットって分かるが、年寄りでもない限りわかんねぇだろうな」
「人格のパラメータは、『偏屈』『怠惰』『引っ込み思案』。なるほどね。こんなのでも」


彼女にとっては、「理想的なロボット」なんだろう。

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