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医療ツーリズムと航空政策 ─ Singapore 4

 私は、2011年1月から3月までシンガポールに滞在して、アジア、とくに東南アジアの社会と行政について観察し情報収集を行った。その作業はまだ途上であったが、3月11日の東日本大震災のために、その後の観察は断念せざるを得なかった。今、当時書き綴ったコラムを読み返して、今でも、多くの方に伝える価値があると思い、このNOTEに掲載することにした。その第4弾。

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 現在日本でも医療ツーリズムの促進が話題となっている。医療を産業ととらえ、医療ツーリズムの推進をその一つにを位置づけているシンガポールの実情については、これから調べてみたいと思っているが、その片鱗に触れた限りでも、私は、日本でいま提案されている医療ツーリズムが成功する可能性は低いと思う。

 その理由の詳細はいずれ述べるつもりだが、一言でいえば、医療ツーリズムを成功させるためには、ビザの取得を容易にしたり、受け入れる医療機関の施設やサービスの質を上げるだけでは到底不十分なのである。治療の場合でも、人間ドックの場合でも、治療も検査もその医療機関内で完結するわけではない。

 高額で高度の治療を受けるため、その医療機関に滞在する期間は限られている。しかし、治療という行為は当然のことながら、治療を受けに行く前の事前の処置や準備等が必要であり、それまでの病歴、検査・治療行為の記録等へのアクセスも不可欠である。さらに、治療後、今度は本国に戻って療養することになるが、その場合も本国の医師や病院と、手術等を行った医療機関との緊密な連携が必要である。

 これは、治療地と本国の医療機関との間で、その患者の病状についての情報を常に共有し、共同して治療に当たる強固なネットワークが形成できなければ成り立たないことである。言語の問題もさることながら、こうしたネットワークを外国の医療機関との間で形成できる日本の医療機関はどれくらいあるのだろうか。重粒子線治療のための施設の誘致が各地で行われているようであるが、医療ツーリズムはハードだけの問題ではないのである。

 さらにいえば、手術を受けに来る患者、あるいは術後の患者が本国との間を行き来する手段はどうするのか。たとえファーストクラスの座席を利用するにしても、病人を空港までどのようにして連れてくるのか。また、空港から医療機関までどのようにして連れて行くのか。自分で歩ける元気な患者ばかりではないのである。

 医療ツーリズムに力を入れるシンガポールでは、チャンギ空港に、病人用のベッドを備えたラウンジがあるそうだし、シンガポール航空は、患者が安心して快適に本国の間を行き来できるようなベッドタイプの座席をもった飛行機を用意しているという。

 成長戦略でライフ・イノベーションを唱えるのもよいが、真にイノベーションをもたらす戦略ないし政策とは、医療機関というスポットだけみて物事を考えるのではなく、患者の視点に立って治療という行為全体を総合的に考え、関連事項を広く取り込んだ政策体系を、関係者が知恵を出し合って作ってはじめて成功する可能性が生まれるものではないだろうか。  (2011年1月27日)

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これは、10年前の話である。その後、わが国でも医療ツーリズムを進め、海外からの治療や検診のための受入を大規模に行う医療機関も増えたと聞く。しかし、周辺のサービスも含め、システマティックにサービスが提供されているケースはどれくらいあるのだろうか。

他方、シンガポールでは、さらにどのようなサービスが開発されたのか。コロナ禍への対応を含め、同国の医療制度についても機会を作って調査したいと思っている。(2021年8月6日)