見出し画像

EdTech と教育改革(5) 〜 スタディ・ログとアウトカム評価 〜

私たちがめざしている教育分野でのデジタル化とは、子供たちへのSTEMあるいはSTEAM教育の拡充、そしてデジタルを使いこなすために必要なプログラミング教育に加えて、子供たち各自の特性に応じた最適の教育の提供をめざす「個別最適化」を実現することです。

これまでは、子供たち一人ひとりの特性の把握は、専門職である教員の経験と努力に委ねられていましたが、多様な特性を持つ子供たち全員についてきめ細かくそれを把握することは、過重な職務に追われている多くの教員にとっては限界があります。

そこで、教員の経験知の可視化も含めて、デジタル技術を使って、子供たちの特性を科学的に把握し、それぞれの子供たちに最も適した教育プログラムを見出し、それを提供しようというのが、ここでいう「個別最適化」の意味するところです。

なお、念のために述べておきますが、デジタル技術を使った個別最適化を推進すべきといっても、教員による教育をやめて全面的にデジタルに委ねるべきといっているわけではありません。

これから述べるように、デジタル技術はまだ未発達であって、その技術をどのように発展させていくか、またそれを社会がどのように使いこなすかは、今後の課題です。

しかし、こうした技術を実際の教育課程で利用することによって、教員だけでは手が届かなかった部分にもきめ細かい目配りをすることが可能になります。その意味で、教員による教育を支援するツールとして位置付けるべきでしょう。

〇スタディ・ログによる個別最適化
ここで考えられている個別最適化の方法は、まずパソコンやタブレットを使って子供たちが学習するとき、ある問題に対して子供たちがどのように反応したか、どこで間違えたか、またどのようなメッセージに対して好奇心を示したか等を、データとして記録します。これをスタディ・ログと呼びます。

そして、スタディ・ログを多数集めて、子供たちのタイプと反応の関係を解析し、一定の問題や働きかけに対する効果を把握します。そして、その解析結果に基づいて、それぞれの特性を持った子供たちに最も効果的な教育プログラムを開発するのです。それを実際に応用しその結果を分析し、そうした過程を繰り返すことによって、教育方法の改善を図っていきます。

そのイメージは、今日、医療分野で、患者ないし国民一人ひとりの健康状態を把握し、個々の患者に最も適した治療や処方を行うというデータヘルスのあり方を想起すれば、容易に理解できるでしょう。

医療においても、多数の患者の症状や治療に関わるデータから、病気の原因の究明や、新たな治療方法の開発、創薬を行い、最先端の治療法や薬をそれが最も適した患者に適用することで、個々の患者のみならず、社会全体としての治療効果の最大化を図ろうとしています。

医療も、教育も、さまざまな特性の異なる人間に対して提供されるサービスであり、これまで高度の専門能力をもった専門家がそれを提供してきた点で共通しています。

ただし、教育分野におけるスタディ・ログに関しては、医療分野以上に、まだまだ開発途上であり、今後明確にし、解決しなければならない論点が多々あります。

〇何を記録するのか?
その第1は、そもそもスタディ・ログといっても、子供たちの学習におけるどのような要素を記録すべきかということです。

すぐに思い浮かぶのは、テストの点数やその他の成績の記録です。しかし、それらは子供たちの学習特性の重要な一面ではありますが、一部に過ぎず、それらがカバーしている範囲は限られています。

学校や家庭における日常的な行動なども重要ですが、それらはどのようにデータとして取り込んだらよいのでしょうか。また、子供たちの教育に関わる要素は、学校での生活に関わるものだけではありません。

学習効果に影響を与える要素には、当然に家庭環境や家族構成、親の職業、収入や資産、そして学校外で過ごす社会の環境等もあります。こうした要素との関係も分析し、子供たちへの教育効果を高めるためには、どの要素をどのように制御すればよいのか、それを明らかにすることが重要なのです。

そして、たとえば家庭環境や親の収入が重要な要素であることが明らかになったならば、学校における学習環境の改善を図ることも必要ですが、それとともに、場合によってはそれ以上に、家庭に対する支援を政策として実施することが、その子に対する教育効果を向上させるためには有効な策といえる場合もあります。

それは、最早、狭義の教育政策の域を超えた福祉政策に相当するものかもしれませんが、子供たちへの教育の質を高めるためには、既存の政策分野やお役所のナワバリにこだわらず、実施すべきことです。

現在のところ、どのような要素についての情報を収集すべきなのか、まだ研究は緒に就いた段階です。それゆえ、さまざまな情報を広く集め、どの要素が教育効果と最も結びついているか、その相関を調べる研究を推進すべきです。

ところで、このような子供たちの成績だけではなく、家庭の状態までもデータとして収集することになると、それらの情報は、個人情報に該当しますので、それらが漏洩したり、悪用されてプライバシーの権利が侵害されないようにしなければなりません。

個人情報の保護については、重要な論点ですので、後で改めて述べることにしたいと思います。

〇どのような教育がよい教育なのか
第2の論点は、スタディ・ログの解析から、教育の効果が明らかになってきたとして、果たしてどのような効果を達成した方法が、よい教育なのか、換言すればどのような状態が教育の効果として望ましい状態なのか、という評価基準の問題です。

医療の場合ですと、病気が治った、あるいは体調が快復した状態をある程度客観的に把握することができます。より客観的な基準としては、生存年数であるとか、最近はそれに生活の質(QOL)を加えたものなどが、治療の効果の評価基準および治療の目標として用いられています。

しかし、教育の場合はそのような共有された基準は存在しません。偏差値の高い特定の学校への入学者数や学力テストの成績は、教育によって達成された一定の状態を反映していますが、教育本来の効果を反映した指標といえるか疑問です。

医療もそうですが、教育政策の効果を一つの客観的な指標で測ることは難しく、そのため、これまではどのような場を設営したか、そこにどのような資源を投入したかという「構造」(structure)および「過程」(process)を測定することによって、評価を行ってきました。

つまり、どれくらい優れた教育環境を整備しているか、そして優秀な教員が何時間授業を提供したか等が、教育の質の指標とされてきたといえるでしょう。

しかし、必要なのは、そうした構造や過程ではなく、それらによって実質的にどの程度子供たちの能力が向上し、より豊かで幸せな社会生活を営むことができるようになったか、それを示す指標です。それは、「アウトカム」(outcome)といわれる教育によって達成された状態です。

それを一つの指標で表すことは非常に難しいと思いますが、いくつかの指標を組み合わせることによって、多くの者が納得できるような指標を開発すべきでしょう。

ちなみに、北欧のある国では、たとえば30歳のときの平均収入も一つの指標としているようです。もちろん収入だけが人間の社会における幸せの指標ではありませんが、生活の豊かさを示す一つの指標にはなりうると思います。

最終的な教育の評価指標は、以上のように難しい問題をはらんでいますが、一定分野の理解度や習得度については、相対的な比較指標や時間的変化を追跡することによって、評価は充分に可能です。

また、このようなアウトカムによって教育方法の効果を評価できるということは、一定水準以上の効果が得られるかぎり、構造や過程に関して多様な方法を選択することができるということです。

いずれにせよ、このような観点から、多様な可能性を検証することによって、その中から、よりよいものを見出し、それを改善していくことが必要です。

〇どのように活用するのか?
第3の論点は、スタディ・ログとして収集されたビッグデータの管理や活用のあり方に関するものです。

大量に集積されたスタディ・ログは、貴重な国の情報資産です。それを活用することによって、将来の教育の姿が変えることができます。

この情報資産を活用するためには、データのフォーマットを標準化するとともに、データはできるだけ分析に便利な形で保存、管理されなければなりません。それとともに、データを匿名加工情報、あるいは仮名加工情報とすることによって、民間も含め広く教育の研究のために活用されるべきであると考えます。

そして、研究の結果、新たな知見を獲得できたときには、効果が期待できる子供たちにそれを適用して、さらにその効果を検証すべきです。

なお、こうしたスタディ・ログは、前述のように、多くの場合、個人情報に該当します。プライバシー保護の観点から、その扱いは慎重に行われなくてはならないことはもちろんですが、その場合に、現在情報の取得に際して行われているように、常に「同意」を必要とするかというと、私はそうは考えません。

個人情報は秘匿すべきであり、提供するときは「同意」を要する、という考え方に過度にこだわると、社会がもつ情報資産としての価値を活かすことができません。下の漫画のようなケースは、決してよりよい教育に結びつくとはいえないと思います。子供たちは、お互いにより多くを知り合うことによって、しかしその過程で相手のプライバシーというものを学び、理解することによって、豊かな人間性を育むことができるはずです。

したがって、スタディ・ログは確実に可能なかぎりすべての子供たちについて収集できるようにするとともに、他方で、子供たちのプライバシーを守るために、その情報へのアクセスや利活用のあり方については、明確な基準に従って規制を行うことが重要です。そのために、情報の収集、蓄積、管理を行うしっかりとした機関を設置すべきでしょう。

最後に、スタディ・ログをとり、アウトカムを評価するという方法によって、さまざまな教育方法の実験が可能になることを指摘しておきたいと思います。これまでは、上述のように、アウトカムの評価が困難であったことから、実験を試みず、またその結果を改善に反映させることができなかったのです。

また、教育における平等性を重視することによって、個別最適化、換言すれば個々の子供に異なる対応を行うことを回避する傾向がみられたことも否定できません。この論点については、次回論じたいと思います。

しかし、ここで述べてきた方法を活用して、多様な可能性についてチャレンジし、その結果の客観的評価によって、より優れた教育方法や教材、アプリの開発を進めるべきだと思います。