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【小さな御話】インコの学校


こんにちは、ここはインコの学校です。


普段、人間に飼われて生活しているインコたちが、時々、飼い主の目を盗んでは、この学校に通い、みんなで集まって、色々なことを勉強します。


先生はインコに限らず、色々な、各科目に秀でた鳥たちです。

たとえば、

食べて良いエサ、悪いエサの見分け方や、栄養バランス、のどを詰まらせた際の応急処置法などを、現代の食物事情に詳しい、カラスの先生が教えてくれます。

それから、

羽根や爪を汚さないようにウンチをする方法とか、

飼い主により可愛がってもらうための、「人間受け」する仕草なんかも学びます。

あとは、

うっかり、狭い隙間にはさまってしまった時の対処法、

猫などの外敵に襲われた際の護身術、

そして、

カゴの中で運動不足気味の鳥たちが、本来の生態や能力を忘れてしまわないように、飛び方や虫捕りのコツなどを、サバイバル生活に長けた、渡り鳥の先生を招いて教えてもらったりもします。


ちょうど、今は「人語」の時間。人間が喋る日本語の、授業中のようです。

ちょっと覗いてみましょう。


~~~~~~~~~


「はい、それでは先生の後について、発音してみましょう」

教壇に立つのは、九官鳥の九朗先生。「きゅうかんちょうきょうかん」と呼ばれる、ちょっとお堅い先生です。


「ハッシュタグ」

「はっしゅたぐ(あすたぐ)」

「ユーチューバー」

「うーちうばぁ(ぢゅ、ちば)」

「ソーシャル・ディスタンス」

「そ~ちゃるでぃったんつ(ぢゅっちるぢゅくち)」


なんといっても九官鳥は、声帯模写のエキスパート。

わたしたち人間の耳にでも、人間の声としか聞こえない、実に明りょうな発音が、その、真っ黄色のくちばしから発せられているだなんて、信じられません。

・・・が、生徒たちのほうは、そういうわけでもないようで、

かなり上手な声もあれば、ちょっと惜しいのも聞こえます。


「次は、早口言葉の練習です」

「夏マスク、夏失くす」

「神対応読む、噛むたびバズる」


これは、なかなか難しかったようです。

インコたちはみんな苦戦しながら、教室のあちこちで、

ちぃちくちゃくちゅ、きゅるちゅくち、

と騒ぎあっています。


ですがそんな中に、1羽だけ、ぽつんと、練習するでもなく、居眠りするでもなく、どことなく、哀しいような困ったような表情で、黙ったままの生徒がいます。

青いセキセイインコの「ちっちゃん(♀)」です。


ちっちゃんは、とくに日本語の授業では、たいへん優秀な生徒でしたから、九朗先生が心配して、鳥語に戻って尋ねました。

「どうしましたか、ちっちゃん。体調が悪いのなら、保健室に行ってもいいですよ」

「先生、」

ちっちゃんは、ぴょこんと席を立つと、

「私は、前からちょっと疑問に思っていたのですが、」


と、言い淀み、右へ、左へ、首を捻りながら考えておりましたが、やがて意を決したように、

「このような言葉を覚えることが、私たちにとって、本当に将来のためになるのでしょうか?」


先生はきょと、と黒い大きな目をみはり、先を促します。そこでちっちゃんは言いました。

「日本語には、もっと美しい言葉や、おもしろい言葉が、沢山あると思うのですが」


ちっちゃんは、

和歌や俳句、回文、駄洒落にいたるまで、昔ながらの、日本語の言葉遊びが大好きです。

百人一首も全部覚えていますし、

「永き世の 遠の眠りの 皆目覚め 波乗り船の 音の良きかな」

なんて、日本人でも若い人たちはあまり知らないような、難しい唄もうたえます。


時代に合わせて、新しい言葉が出来、古い言葉がすたれていくことは、

仕方のないこと、なのかもしれません。

ですが、

あまりにも目まぐるしく入れ替わる、新語や流行語は、いつも、せっかく覚えても、すぐまた時代の波に呑まれ、消えてしまいます。

それならば、ちっちゃんは、時代のことなんて気にせずに、

ゆっくり、時間をかけて、自分が「いいな」と思える言葉を、

探して、勉強したいのです。


「ちっちゃんは、古ーいよぉ~」

「ばばくさぁい!」

教室の鳥たちは賑やかに笑い、さざめきました。

ちっちゃんはこんなふうだから、いつも「変わり者」と、みんなにからかわれます。

インコの世界には、人間社会みたいな暴力や、陰湿ないじめはありませんが、それでもやっぱり、こんなふうに、真剣に考えたことを笑われるのは、ちょっとだけ傷つきます。


そうかしら。

と、ちっちゃんは考えました。

きれいな響き、おもしろい音、やさしい、思いやりに満ちた言葉。

考えているだけで楽しくて、自然と気分もほんわか、解れていくような、

素朴で、素敵な日本語が、いっぱいあると思うのに、

こういう日本語は古いだけで、みんなにはつまらないのかな。


でも、ちっちゃんは控えめで大人しい性格ですから、

大声で主張を通そうと、必死になることはありませんでした。


九官鳥教官は、ちょっと決まり悪そうに苦笑しました。

この先生も、本当は、学校にこれを教えるように、と言われた内容を教えているので、先生自身が、きれいな言葉だとか、本心から「教えたい」とか、思って教えているわけではないのです。

「最近の人間がよく使う(=数値的に需要が高い)言葉を覚える」

「話題性重視」

それが学校の方針で、従わないわけにはいきません。だって勝手に違う内容を教えたら、あちこちから矢のように文句が飛んでくるし、最悪の場合、「くび」にされてしまうかもしれません。


「個人的に、好きな言葉があるのは、良いことでしょう」

こんなふうに、当たりさわりのない言葉でごまかしました。

そうして、ひとつ咳払い、のどを広げて、本来の美しい、九官鳥的鳥語でさえずりました。

「わたしたちの『鳥語』では、みなさん、いつも美しい言葉づかいを心掛けましょうね」

「はぁい!!」

元気よく、教室じゅうが声をそろえて返事をしました。


学校帰り。

ちっちゃんは、けれど、そんなことがあった日も、決して落ち込んだりはしません。

みんながわかってくれなくても、それは(少し淋しくはありますが)、悲しむほどのことじゃない、と知っているからです。


家に帰った、ちっちゃん。

誰にも見つからず、うまく自分の鳥カゴに戻り、

止まり木の上で、しばらく、うとうとしていたら、

飼い主の「まぁくん」が、学校から帰って来ました。


「ただいま、ちっちゃん」

「ちっちゃん、まぁくん待ってた、まぁくんおかえり」

「今日もおはなし、読みたい?」

「読みたいよ、よみたい、ちちっ、ふみよむ月日、寝つきいいきつね」


まぁくんが笑って、本棚からお気に入りの1冊を抜き出すと、

ちっちゃんは急いで、いつもの定位置の、机の上に陣取ります。

まぁくんも机に向かって座り、昨日しおりを挟んでおいた、本のページを開きました。


その物語の内容は、

鳥には難しすぎてわかりませんでしたが、

こうして、まぁくんのそばで、まぁくんが楽しそうに読む話を聴いているのが、

ちっちゃんの、一番幸せな時間です。




おわり。


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