マン・イン・ザ・マスキャット・イン・イムラスベガス #2

【前回のあらすじ】
 暗黒体制側合法カジノ・イムラスベガスでマケグミとなり、バニーのますきゃっとに精神を強制移植されたカンダ。
 体の自由を奪われカチグミへのゴホーシを強いられていた彼は、更に邪悪な支配人に目をつけられ、ファック&メスオチの危機に陥ってしまう。
 しかしそこで謎の美少女がエントリー。その正体はネコネコカワイイ殺戮者、のらきゃっとであった!


 草木も眠るウシミツ・アワー、しかしイムラスベガスは眠らない。
 それはここがカジノだからではない。欲深いヨタモノが騒いでいるからでもない。豪華絢爛なカジノの設備はとっくに壊れ、ヨタモノ達は口々に「アイエエエエ!」と喚き逃げ出している。
「「「「イヤーッ!」」」」
「イヤーッ!」
 バニースーツのますきゃっと達とのらきゃっとが、カラテ・シャウトを発して激突する!
 剣戟が火花を散らし、銃声が風を切り裂く! イムラスベガスは既に壮絶なるアンドロイドのイクサの大舞台となった!
 そんなイクサの真っ只中でスヤスヤ眠るなど、アカチャンと死人以外は実際不可能!
「「「「クレーマーは殺すドスエ。インダストリ!」」」」
 ますきゃっと達がのらきゃっとを囲み、四方から同時に斬りかかる!
 囲んでボーで叩く、平安時代の哲学剣士ミヤモト・マサシの常勝戦術だ!
 数の上では圧倒的不利! だが、のらきゃっとは動じない。
 何故なら彼女は伝説のファーストロット。マッポーの大戦を生き抜いた唯一の“のらきゃっと”なのだから!
「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」
「「「「ンアーッ!」」」」
 尻尾を振って反動をつけ、体をコマめいて回転させ、四連撃!
 カタナを受け止めるだけでなく、敵の力をバネにして勢いを増し、ワン・インチ距離から弾き飛ばした!
 そしてタツジン級の反撃を放った後は、ふわりと優雅に回転を止めてにこりと微笑む。
 イクサの最中もネコネコカワイイムーブを忘れない! サスノラ!
「グググ……! 旧型機の分際で図に乗りおって……!」
 余裕のカワイイムーブを見て、ますきゃっと達をコマンドで操っていたイムラスベガスの支配人は歯噛みする。
「そもそも何故ワシの命を狙うのだ、のらきゃっと=サン! イムラのネコが、イムラの重役であるワシを!」
「わかっているでしょう? お掃除ですよ、“旧”イムラの重役=サン。ゴミは残さず処分するものです」
「ググッ、やはり残党狩りか! しかし何故バレた!?」
「イムラの支配圏に居座って甘い汁を吸っていればバレるに決まってるでしょ、まったくも」
(……いったい何の話をしてるんだろう、あの強いきゃっとと支配人は)
 操られたますきゃっとの一体に精神を移植されたカンダは、ニューロンの中で二人の話を聞いていた。
 地球の階層都市で育ったモータルのカンダは知らない。
 暗黒メガコーポ・イムラの月面本社でかつて“不幸な爆発事故”が起こり、上層部が総入れ替えになったことを。
 その爆発事故の際、運良く本社を離れており生き残った重役が少数ながらいたことを。
 そして、地球に逃げ延びた重役を消すために、イムラ最強の刺客が放たれたことを。
 何の関係もないカンダには知る由もなく、興味もなかった。
(あっちの事情はどうでもいいけど、このままだとマズイ。このままイクサが続いたら……!)
 カンダがニューロンの中で冷や汗を垂らす。アンドロイド動体視力を得た今のカンダにはわかるのだ、このイクサの辿るべき顛末が。
 やめてくれ、やめてくれと必死に祈る。しかしまるで焦りが伝わったかのようにカジノのシシオドシがカポンと鳴り、その瞬間にイクサは再開した!
「行け、ますきゃっと共! あの旧型を三枚おろしにしてしまえ!」
「「「「全自動で切断するドスエ。インダストリ!!!」
 のらきゃっとに飛びかかるますきゃっと達! その中の一体はカンダだ!
(嫌だ、嫌だ! だって、イクサを続けたら、俺は死んじゃう!)
 カンダにはわかっていた。のらきゃっとは強すぎる!
 彼女はタツジンだ。あれほどのカラテがあれば、ますきゃっと達を逆にオスシにして食べるくらいはベイビー・サブミッションに違いない。
 避けられぬ死! その恐怖から逃避しようと、アンドロイド思考回路がソーマト・リコールめいてメモリーを蘇らせる。
 そして直近のイクサのメモリーを再生した時、カンダはハッとした。
(じゃあ、なんであの子は今まで俺達をオスシにしなかったんだ?)
 インスピレーション! だがサイバネの体は思考と関係なく動き、止まらない!
 カンダはカタナを上段に構え、チェスト一閃! のらきゃっとも反撃のチェストだ!
「イヤーッ!」
「イヤーッ!」
「ンアーッ!」
 ネコネコカワイイ影がワン・インチ距離で交差! そして離れる!
 一瞬の激突を制したのはのらきゃっとだ。カンダは負けてふっ飛ばされる! だが体は全くの無傷!
 インスピレーションが証明された。のらきゃっとはあえて敗者を斬らずに弾き飛ばしたに違いない。
 支配人がニヤリと笑う。一連の攻防の流れから確信を得たのだ。
「ムハハハハ、やはりそうか。貴様、ますきゃっとを壊せないのだな? そんなに妹が大事か、のらきゃっと=サン」
 図星を突かれたのらきゃっとが、ピクリと一瞬だけ動きを止める。
 すぐにネコネコカワイイムーブを再開してごまかしたものの、彼女の表情にはあからさまに「しまった」の字幕が浮かんでいた。
「……それが何だと言うんです? わたしはお姉ちゃんですから、妹を守るのは当たり前でしょう」
「バカめ。妹だろうがモータルだろうが、勝利のためなら犠牲にするのが賢い選択だぞ」
「そんなだから“事故”が起きるんですよ、旧イムラの***め」
 思わずきゃっとのお口がわるわるになった。彼女の怒りに呼応するように首の真空管がチリンと揺れる。
 しかし、罵倒された支配人はまだニヤニヤといやらしく笑っていた。
 彼がマゾヒストで性的に興奮しているからではない。のらきゃっとの致命的弱点を見つけたからだ!
「そんなに妹が大事なら、こういうのはどうだ?」
 パチンと、指を鳴らす音が辺りに響く。
 すると、カンダのサイバネの体がコマンドを受けて勝手に動いた。そして……おお、なんたることか!
 カタナを両手で持ち、自分の豊満なバストに向けているではないか! これはもしや、セプクの構え!?
(アイエエエエエ! セプクナンデ!? 俺は死にたくない!)
「さあ、このますきゃっとにハラを切らせたくなければ武器を捨てろ! ムッハハハハハハーッ!」
「……くっ……」
 ワッツ・ザ・ファック! なんというヒレツなヴィラン的戦術か!
 支配人はカンダの入ったますきゃっとを人質に取り、のらきゃっとを無力化しようとしているのだ!
 そして優しく妹思いなのらきゃっとに抗う術はなく、命令に従ってカタナとピストルを地面に置いてしまう。
 悔しそうな顔もべりべりきゅーとだが、このままでは実際アブナイ!
「「「「反撃したら妹を殺すドスエ。インダストリ!」」」」
 支配人の操るますきゃっと達がカタナで斬りかかる! 万事休すか!?
「反撃がダメなら、避けるまでです。ヒヤリ! キャット!」
 のらきゃっとは華麗なバク転で回避する! ワザマエ!
 しかしエアインテークを稼働させネコミミ・チャドー呼吸をする暇も与えず、ますきゃっと達が再びカタナで斬りかかる!
「「「「インダストリ!」」」」
「ヒヤリ! キャット!」
「「「「インダストリ!」」」」
「ヒヤリ! キャット!」
「「「「インダストリ!」」」」
「ヒヤリ! キャット!」
 ますきゃっと達が何度も斬りかかり、のらきゃっとは連続で回避する。サウザンド・デイズ・ショーギめいた光景だ!
 とはいえ、戦況はゴジッポ・ヒャッポではない。のらきゃっとには反撃が許されていないからだ。
 武器を持たず、反撃もできない。活路の見えない状況で、のらきゃっとはひたすら攻撃を避け続ける。
「なかなか厳しいですね、これは……!」
 終わることのない命懸けのダンスは、のらきゃっとのアンドロイド精神力を少しずつ削っていく。
 のらきゃっとは超高性能なアンドロイドだ。あたたかみがあり、心がある。つまり、負の感情もある。
 負の感情は蓄積する。苦悩、焦燥……タツジン級ののらきゃっとに物理攻撃は当たらずとも、そういった感情はダメージとして積み重なり、ニューロンのパフォーマンスを下げていく。すなわち、ジリー・プアーだ。
 支配人はそれをよく理解していた。なにせ彼は旧イムラの重役で、元々はアンドロイドのニューロンの専門家だ。
 そして効果的と理解した上で……更に自分のサディズムも満たすため、のらきゃっとをいたぶっているのだ!
「ムハハハハ! 抵抗できない相手を一方的に攻撃する、ファックの次に楽しい行為だな! ムッハハハハハ!」
 なんたるヒレツな戦術か! 月面から一方的にアズキ・バーを連発した大戦時の旧イムラ、その暗黒面を煮詰めたような邪悪な発想!
 このような非人道的行為にはインガオホーがあるものだ。実際旧イムラは爆発した。だから支配人もそうなると、善良な読者諸君はお思いだろう。
 しかし残念ながら、彼の脳が爆発する兆しは今のところなかった。
 少なくとも、物理的には。

「ムッハハハハハ! ムッハハハハハ!」
(アイエエエエエ! なんて邪悪なんだ、支配人! のらきゃっと=サン、ガンバレ!)
 ますきゃっとのニューロンの中で、カンダは怒った。激しく怒った!
 セプク寸前の状況は実際コワイ。だがそれよりも、妹を守ろうとするのらきゃっとへのソンケイが遥かに強い!
 彼は今や精神的にはのらきゃっとの味方だった。ニュービー・ネズミと言っても過言ではないほどに。
 しかし残念ながら、物理的にはのらきゃっとの足枷でしかなかった。
(体は動かせないし、声も出せない。ブッダシット! 俺にできるのは、祈ることだけか!)
 カンダは自分の無力を嘆きながらも懸命に祈った。
 ブッダ、ブッダ、ブッダエイメン! この三週間続けてきたように、いや、これまでよりも敬虔にブッダに祈った。
 マケグミの方が遥かにブッダに祈る。平安時代のアーチボンズが言った通りに、カンダは祈った。
 ボンズの名前は何だったか。彼はブディズムの授業をサボったので正解がわからない。
(ブッダ、ブッダ、起きてくれ! のらきゃっと=サンを救ってくれ! あんなヒレツを許していいのか、ブッダ!)
「ムッハハハハハ、そんなに祈っても無駄だ。ブッダはのらきゃっと=サンを救わんぞ! ヤツはゲイのサディストだからな、美少女には興味がないのだ! ムッハハハハハ!」
(くそう、ブッダシット! それじゃあブッダに縋っても意味が……って、アイエ?)
 支配人の嘲笑に悪態をついた瞬間、カンダは思った。今の会話、ナンデ?
 アンドロイド思考回路がキュルキュルと回る。ソーマト・リコールめいて、早回しでメモリーが再生される。
 だがこれは死を目前にした逃避ではない。活路を求めて必死に足掻く、ニューロンの中の戦争だ!
『ムハハハ! わかるぞ、お前が何を考えているのか手に取るようにわかる』
『そうだ、嫌がれ! もっと嫌がれ! ニューロンの中で抵抗してもサイバネの体は正直だぞ、ムッハハハハハ!』
『ムッハハハハハ、そんなに祈っても無駄だ。ブッダはのらきゃっと=サンを救わんぞ!』
 なんたる不快な言動か! カンダにとっては思い出したくもない、忌まわしいメモリーの数々だ。
 しかし、なんたるインガオホーか! この不快な言動の中にこそ、求める答えへの最大のヒントがあった!
(―――ナルホドネ。わかったぞ、あの支配人の秘密と弱点が……!)
 ニューロンの中でカンダはひっそりと囁く。歓喜して叫ぶのではなく、あの男に聞こえないように小声で囁く。
 必死の祈りは無駄ではなかったと、カンダは確信する。ブッダは今起きた! 寝坊したが、起きてくれたのだ!
(でも、起こすのにかなり時間がかかってしまった。のらきゃっと=サンはまだ無事か!?)
 ニューロンの中でメモリーに集中していたカンダは、カメラアイの映す物理視界に注目する。
 するとそこには……ブッダファック! なんたるカワイイ、いやカワイソウな光景!
 バニースーツをあちこち切り刻まれてアラレモナイ姿になったのらきゃっとが、必死にバク転をしているではないか!
 そしてバク転を繰り返し追い詰められた先は、ああ、なんと袋小路! これではネズミサンだ!
「「「「インダストリ!」」」」
「……ヒヤリ、キャット! ハァーッ、ハァーッ……!」
「ムッハハハハハ! のらきゃっと=サン、そろそろ限界か? 貴様が絶望する心の声も聞きたいものよ、ムッハハハハハ!」
 のらきゃっとにオーテをかけた支配人が勝ち誇り、高笑いをする!
 その表情は醜く歪み、ウキヨエに描かれたブッダデーモンにそっくりだ!
「……あいにく、わたしは絶望なんてしませんよ。だからそんな声は聞けません」
「ムッハハハハハ、上の口ではなんとでも言えよう。だが、すぐに嘘などつけんようにしてやる。バニー姿の貴様と無理矢理前後してな!」
 前後、前後、またもや前後! 支配人は前後することしか考えていない!
 ますきゃっと達を操ってのらきゃっとを捕らえ、バニースーツを完全に破り、そして無理矢理前後! そんなポルノめいた未来図が実現してしまったら、青少年のナンカが非常に危ない!
 健全な読者諸君も、まさか「このまま眺めるのも実際良い」などと思ってはいないだろう!
 だが、悲しいかな。我々にできることは、他にはひとつもない。
 このまま見るだけ。見るだけしか、実際できないのだ……!
「さあ、愛しの妹達に見られながら前後するのだ、のらきゃっと=サン! ムッハハハハハ!」
 ズシン! 支配人とますきゃっと達が一歩近づく! のらきゃっとが一歩下がる!
 のらきゃっとの背後に、袋小路の壁が迫る!
「ムッハハハハハ! ムッハハハハハ!」
 ズシン! 支配人とますきゃっと達が一歩近づく! のらきゃっとが一歩下がる!
 のらきゃっとの背中が、袋小路の壁に当たった!
「ムッハハハハハ! ムッハハハハハ!」
 ズシン! 支配人とますきゃっと達が一歩近づく! のらきゃっとは、もう下がれない!
「ムッハハハハハ! ムッハハハハハ!」
 ズシン! 支配人とますきゃっと達が一歩近づこうとする!
 その時であった!
「ムッハハハハハ……ム?」
 支配人の歩みが、突然止まった!
「ム、ムグ、グググ! グワーッ頭が痛い! 脳が、脳のUNIXが爆発する! なんだこれは、なんだこれはーッ! グワーッ!」
 今までニヤニヤ笑っていたにも関わらず、支配人はいきなり頭を抱えて叫びだす!
 顔色はズンビーめいて青くなり、苦悶の表情でのたうち回る。もはや前後などと言っている場合ではまったくない!
「「「「待機するドスエ」」」」
 一方ますきゃっと達は動かなくなった。支配人の命令が途切れたからだ。
 コマンドで従えた操り人形はソンケイを持たない。たとえ主人が苦しんでいても、手を差し伸べる様子は一切なかった。
 少女達に冷たい視線で見下ろされながら、支配人は一人で叫び続ける。
「グワーッ! そのやかましい音を今すぐやめろ、グワーッ!」
「……いったい何を言っているんです、あなたは」
 のらきゃっとは訝しんだ。
 実際、のらきゃっとのアンドロイド聴覚には音など何も聞こえない。
 ますきゃっとが止まり、イクサが止まり、剣戟も銃撃も止んだ。イムラスベガスは夜の静寂を取り戻している。
 しかしどういうわけか、支配人は謎の騒音に苦しんでいた。
 彼の耳には聞こえている。いや、彼の脳には、最初からずっと聞こえていたのだ!
『キャバーン! キャバーン! キャバーン! キャバーン!』
 スロットの電子音! カンダとのファック&メスオチを邪魔した、あのメモリーの電子音!
 その忌まわしい音が、支配人の脳内でジョヤの鐘めいて鳴り響いていた!
『キャバーン! キャバーン! キャバーン! キャバーン!』
「グワーッ! グワーッ! グワーッ! ヤメローッ!」
(やめないね! 俺がファックを嫌がった時、あんたはどうした? インガオホーだ!)
 支配人が頭を抱えて苦しみ、やめろと請う。
 そして懇願を突っぱねたのは、なんとカンダのニューロンの声だ! その声は、支配人のニューロンに直接響いている!
 カンダと支配人のニューロンはネットワークで繋がっていたのだ! カンダが見つけた支配人の秘密とは、それだった!
(そうだ支配人、あんたはそうやって俺の心の声を聞いていた! 多分、他のますきゃっとの声もずっと聞いてたんだ! それでメスオチの反応をリアルタイムで楽しんでたんだろ? ゲイのサディストめ!)
「グワーッ、グワーッ! 何故バレた、グワーッ!」
(あんたが言葉責めの好きなサディストだからさ! 性癖が敗因であんたは負けるんだ!)
『キャバーン! キャバーン! キャバーン! キャバーン!』
「グワーッ! グワーッ! グワーッ! グワーッ!」
 レスポンス・イクサの最中も、カンダは電子音メモリーの再生を決して止めない!
 支配人が耳鳴りで苦しみ、水揚げされたマグロめいてのたうち回る!
 たかが音程度で大げさだと読者諸君は思うかもしれない。しかし、それは大きな誤りだ。
 ニューロンからニューロンへの直通ネット! そのサウンドは耳を塞いでも鼓膜を破っても防げない、言うなればライフポイントへのダイレクト・カラテ! しかも音源は超高性能なますきゃっとのアンドロイド演算だ!
 すなわちそれは、脳内にナイアガラを創り出すにも匹敵する、100万デシベルの爆発的殺人音波!
『キャバーン! キャバーン! キャバーン! キャバーン!』
「グワーッ! グワーッ! グワーッ! グワーッ!」
『キャバーン! キャバーン! キャバーン! キャバーン!』
「グワーッ! グワーッ! グワーッ! グワーッ!」
『キャバーン! キャバーン! キャバーン! キャバーン!』
「グワーッ! グワーッ! グワーッ! アバーッ!!」
 ニューロン・ネットワークを通じて殺人音波を放つ! 支配人がのたうち回る!
 音波は確実に効いている。支配人の脳のUNIXは爆発寸前だ! このまま攻撃を続ければ勝てるに違いない!
 カンダがこのまま冷静に、油断せず攻撃を続けてくれれば、必ず!
「アバー……アバー……」
(やった……やった! 倒した! マケグミの俺でも、イムラの重役に勝てたぞ! 見たかコノヤロウ、ウィーピピー!)
 カンダは震えた。激しく震えた! この三週間で、いやヨタモノ人生の中でも一番の達成感を味わったからだ!
 ニューロンの中で怯えるだけじゃない! ブッダに祈るだけじゃない! マケグミの自分にも、できることがあった!
 カンダは勝利を確信し、喜び、そして浮かれる! ドン底から一転圧倒的優位に立てば、無理もないことだ。
 しかし、ああ、油断大敵! 残心を怠れば実際死ぬ、有名なコトワザだというのに!
 カンダは古事記を真面目に読んでいなかった! バカ! ウカツ!
「アバ……バ……バッ! バカめ、緩めたな! ワシをナメるなよ、マケグミ風情が!」
(……アイエッ!? しまった、もう一度攻撃しなきゃ! 『キャバ―――)
「もう遅い、入力済みよ! 喰らえ、インダストリーッ!!!」
 バチン!!!!
 カンダのニューロンに電流が走る! 視界が暗く、音が遠くなる!
 支配人のテンサイ級ハッキング・カラテ、強制シャットダウン・コマンドだ! イチゲキヒッサツ!!
「ンアーッ!!!!」
(アバ、バ、バ、バーッ!!!!)
 サイバネの体とニューロンの中で同時に悲鳴を上げ、カンダは意識を失ってしまう!
 しかしニューロンの中の声が支配人に聞こえることはもうなかった。ネットワークの接続が解除されたためだ。
 ああ、これではもうカンダは殺人音波で攻撃できない!
 それ以前に意識がなくては思考すら不可能ではないか! ナムサン!
「ハァーッ、ハァーッ……! アバッ、グググ、調子に乗りおって。だが残念だったな、アンブッシュさえ凌げばマケグミにハッキング・カラテで負ける道理はない。ワシは実際賢く、月面センタ試験も満点だったからな。ムッハハハハ、ムッハハハハ……!」
 支配人はゼエゼエと肩で息をしながらも勝ち誇り、高笑いをする。
 なんたる傲慢な言い分か! 確かに勝ったのは支配人だが、センタ試験の点数はハッキング・カラテの優劣に関係がない!
 しかしその誤りを指摘できる人間はおらず、支配人は精神的マウントを取ってふんぞり返る。
 そして横たわるカンダに近づくと、大きく足を上げて、物理的にも踏みつけた! これはシタイ=ケリ! いやカンダは気絶しただけで死んではいない! しかしいずれにせよ、極めてヒレツな行いだ!
「フン、このマケグミは後でスクラップだ! メスオチすればワシ好みの声で鳴きそうな男だ、性的には惜しいが……バックドアを知られた以上は仕方あるまい。なあに、どうせマケグミはいくらでも補充できる」
「へえ、いくらでもですか」
「ムッハハハハ、いくらでもだ! このイムラスベガスでは毎日マケグミが生まれるからな、ムッハハハハハ!」
「なるほど、でも残念ですね。明日になるまで、あなたを守れる人は一人もいませんよ」
「ムッハハハハ! そうか、明日になるまで…………ム?」
 支配人がゆっくりと顔を上げる。
 そこには少女が立っていた。ネモフィラのように美しく、ヒマワリめいて可憐な美少女だ。
 少女の髪は白く、瞳は赤い。頭にはネコミミめいたエアインテークと、ウサミミのアクセサリがついている。
 着用したバニースーツはあちこち破れてアラレモナイ姿になっているが、荒らげた息はネコミミ・チャドー呼吸で整えており、ニューロンへ受けた蓄積ダメージもとっくに全快だ。
 そしていつ見てもカワイイおててには、愛用のカタナとピストルがしっかりと握られていた。
 賢明な読者諸君にはとっくにおわかりであろう! その視線の先にいる美少女が誰なのか!
「―――こんばんは、こんばんは、のらきゃっとです。改めてドーモ、支配人=サン」
 ゴウランガ! おお、ゴウランガ!
 ネコネコカワイイ殺戮者、のらきゃっとの再エントリーだ!
 ノラ! チャン! ベリベリキュート!!!
「……ドーモ、のらきゃっと=サン。貴様どうして武器を持っている!? 妹が大事なら捨てろと命じたはずだ!」
 支配人は苦々しい表情でアイサツを返し、憤慨する。
 袋のネズミサンだったはずののらきゃっと、彼女の余裕の態度が気に食わなかったのだ。
 だが、すぐに思い直すと、いやらしく口元を歪めてニヤニヤ笑い出した。
「まあ構わん。生意気なオイランをもう一度わからせてやる楽しみができた、そう考えれば悪くないからな! ムッハハハハハ!」
 そう言って支配人は、ニューロン・ネットワークを通じてますきゃっと達にコマンドを送る!
 この男、またもやのらきゃっとの大事な妹を人質に取るつもりだ! おお、なんと救いようのないヒレツか!
「来い、ますきゃっと共! のらきゃっと=サンを囲んでボーで叩き、今度こそファックするのだ!!!」
 支配人の邪悪な命令が、イムラスベガス中に木霊した!
 コマンドを受けたますきゃっと達が集合し、セプクの構えでのらきゃっとを脅す! じわじわと嬲り、壁際に追い詰め、拘束し、妹達が見ている中で無理矢理前後する!
 支配人の予想では、そうなるはずだったのだが。
「………………アイエ?」
 ますきゃっとは、一体も来なかった。
「どうした、早く来い! ますきゃっと共、来い! ワシの命令に従え!!!」
「あいにくですが、妹達は来ませんよ。全員わたしが動けなくしておきましたから」
 のらきゃっとが嗜虐的に目を細め、後ろを指差した。
 するとそこには、イムラ製超強力ワイヤーで手足を縛られて転がるますきゃっと達が!
 画面に映っていない間にノラチャンとますきゃが拘束プレイ!? カメラさんはちゃんと仕事してほしい!
「グ、グググ……! おのれ、貴様いつの間に……!?」
「あなたがウルサイウルサイと騒いでいる間にです。なんだかわかりませんが、時間を稼いでもらえて助かりましたね。さて、これで状況はおわかりでしょう」
 追い詰められた支配人はブザマに顔を歪めて歯ぎしりし、のらきゃっとを睨みつける。
 のらきゃっとは涼しい顔で受け流し、漆黒のカタナをスラリと構え、支配人の喉元に突きつけた。
「―――さあ、ハイクを詠みなさい。支配人=サン」
「………………ハ」
 支配人は、笑った。
「ハ、ハハ、ムハハ……ムッハハハ、ムッハハハ、ハ……ッ!」
 余裕に満ちたカチグミの高笑いではない。マケグミへ転落した男の、ヤケッパチの笑い声だった。
 笑えば家にブッダが来ると言う。支配人は月面センタ試験が満点なので、当然そのコトワザは知っている。
 しかしブッダが来たとしても、果たして今の自分を救うだろうか?
 支配人は実際賢いが、この問題だけは解答できずに0点だった。

「W a s s h o i !!!」
「アバーッ!!! サ・ヨ・ナ・ラーッ!!!」
(う、うーん……)
 カラテ・シャウトと断末魔、そして爆発音が目覚ましになって、カンダは起きた。
 空を見上げると、いつの間にか巨大サイバネアーマーを装着していた支配人が上空で爆発四散している。
(……ワッザ? なんだあれ)
 自分が倒れてから何があったのか? カンダには全くわからない。
 のらきゃっとが再エントリーし、支配人を追い詰めたことも。
 マケグミとなった支配人が、アワレな声でヤケッパチに笑ったことも。
 往生際の悪い支配人がオミコシ・トランスフォーム・アーマーを起動して抵抗したことも。
 ノラベリ単位系で表すと10ページを費やすほどのイクサを制し、のらきゃっとがヒサツ・ワザを放って支配人に勝利したことも。
 賢明な読者諸君ならば当然全てご存知だろうが、気絶していたカンダは全く知らないし、のらきゃっとが勝ったこと以外は興味がなかった。
「それよりも……体が動くぞ! ヤッタ!」
 腕をぐるぐる回し、ぴょんぴょんと跳ねる。豊満なバストが揺れた。
 カンダの体の自由が戻っている。コマンドで権限を奪っていた支配人が敗れたためだ。
 もちろん、他のますきゃっとにも戻っていた。もっとも今はワイヤーで縛られているため、動きたくとも動けないが。
 同じマケグミのよしみだ、後で助けてやろう。そう考えた時、カンダはふと気がついた。
「あれ……もしかして、今ならイムラの借金取りから逃げられるんじゃないか?」
 カンダは辺りを見回した。廃墟と化したイムラスベガスは閑散として人気がない。
 空はまだ暗い。ますきゃっとのアンドロイド視力がなければ見渡せない夜の空だ。
 朝になればイムラの治安維持部隊が来るだろう。だが、それまでシシオドシ1回分は猶予がある。
 アンドロイド脚力を持つ今のカンダなら、ギリギリだがなんとか逃げられるはずだ。
「や……ヤッタ! ヤッター! もしかして、ブッダ!? 俺を助けてくれるのか!」
 三週間も祈り続けて、ようやく巡ってきた逃亡の機会!
 カンダはこれをブッダの救いだと考えた。ブッダはやはり祈る者を見捨てなかったのだ!
 モタモタしている時間はないぞ! 走れ、カンダ、走れ!
 アンドロイド筋肉に力を込め、カンダは今すぐ遠くへ逃げようとする。
 しかし、彼のニューロンに一人の男の顔が思い浮かび、足が止まった。
(……カチグミの、お客さん)
 支配人のファックからカンダを助けようとした、勇敢だが無力な客。
 彼は地下手術室に連行され、ますきゃっとに改造されるはずだった。
 しかしイムラスベガスがこの有様では、実際どうなったのか。手術されたのか、されていないのか。
 アンドロイド高速思考で計算しても、カンダには答えが出せなかった。
(もしかしたら……今ならまだ、助けられるかもしれないけど)
 どうする? カンダは苦悩した。
 ニューロンの中でブッダエンジェルが囁く。困った人を助けない奴は実際コシヌケだぞ、カンダ!
 ニューロンの中でブッダデーモンも囁く。どうせ間に合わないさ、一人で逃げちまえよカンダ!
 カンダは悩んだ。とても悩んだ。アンドロイド高速思考で、正しい答えを出そうと悩んだ。
 しかしその時、彼のメモリーにある一冊の絵本が再生された。
『でも、助けるために垂らしたスパイダウェブをブッダは千切ってしまいました。ドロボーが独り占めしようと欲張ったからです』
 それは古事記にも書いてある、有名なブッダの逸話。
 カンダはブディズムの授業はサボっていたが、子供向けの絵本くらいは読んでいたのだ。
 それを読んだ時、子供のカンダがどう思ったのか。ヨタモノになって久しく忘れていたが、ますきゃっとのアンドロイド記憶力を使えば、簡単に思い出すことができた。
「……独り占めは実際よくないよな、ブッダ」
 カンダは、ぽつりと呟いた。
 そして、くるりと振り返る。
 ますきゃっとの……カンダの青い瞳が見据える先には、地下へと通じる扉があった。
「断っておくと、別にネンゴロだからじゃないぞ。ソンケイはあるけど、勘違いしないでくれよ」
 カンダは誰に聞かせるわけでもなく言い訳をする。
 そして、再びアンドロイド筋肉に力を込めて、勢いよく走り出す。
 ブッダに垂らしてもらったスパイダウェブを投げ捨てて、地の底の手術室へ向かって、走り出した!
「一人より二人がいいさ! ブッダは偉いから、きっとそう言った!」
 そんなコトワザがあるのか、ないのか。カンダは詳しくないので、それを知らない。
 ブディズムのセンタ試験は赤点だった。テストで書いても、多分正解にはならないだろう。
 だけどブッダが聞いたなら、きっとニッコリ微笑んでくれるに違いない。
 そう信じるカンダの顔は、ブッダと同じように笑っていた。


(マン・イン・ザ・マスキャット・イン・イムラスベガス #2 おわり)

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