キャット・バーサス・ベアー・アンダー・ザ・ムーンライト

「イヤーッ!」「イヤーッ!」

草木も眠るウシミツ・アワー、草木の生えぬ暗黒メガロポリスの路地裏で。
月光が作り出す二つの影が交差し、壮絶なるアンドロイドのイクサの火蓋が切られた。

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」

銀色の髪と紅色の瞳を持つ少女が、漆黒のカーボンブレードを振るい果敢に攻め立てる。
その少女の名はノラキャット。月面の軍事企業イムラ・インダストリが製造した、戦闘用アンドロイドのファーストロット。
彼女のバストは豊満だ。

「グハハハハハ!! グハハハハハ!!」

高笑いをして彼女を迎え撃つのは、白い毛皮に似たバイオアーマーで全身を覆っている獣めいた姿の巨漢。
彼の名はホワイトベアー。この都市を支配している地球の暗黒メガコーポ、マルナガ・インダストリを代表するアンドロイドだ。
イムラとマルナガはかねてより敵対関係にあるため、経済のみならず戦闘用アンドロイドによる物理的なイクサも頻繁に発生している。

「ヌゥン! インダストリ!!!」

カラテ・シャウトと共に鉄拳一閃! ホワイトベアーの放つ豪快な一撃が、コンクリートを粉微塵に砕く!
だがひらりと回避したノラキャットは、猫のように軽快なステップを踏んで距離を取り、両手を合わせてオジギをする。

「ドーモ、ホワイトベアー=サン。ノラキャットです」

アンブッシュは一度までなら許されるが、アイサツをしないまま戦い続けるのはスゴイ・シツレイ。
それは古事記にも書かれている神聖な決まり事で、もし破ればノラキャットほどの美少女であってもムラハチは免れない。
当然ホワイトベアーも礼儀を守らなくてはならないため、クマのような巨体に相応しい大声でアイサツを返してくる。

「ドーモ、ノラキャット=サン! ホワイトベアーです!
 グハハハハハハ! 貴様もこれまでに送られてきたノラネコ型の刺客共のように、返り討ちにしてくれるわ!」

「おやおや、それは難しいですよ。わたしは超高性能ですから……ねッ!」

そう言った直後、ノラキャットの姿が掻き消える。瞬間移動! 後ろか? いや違う、上だ!
目にも留まらぬ速度で跳躍した彼女は、尻尾のバランサーを巧みに動かして空中で姿勢を制御しつつ、落下の勢いを乗せて斬りつける!

「イヤーッ!!!」

ワザマエ! ノラキャットのカーボン唐竹割りが、ホワイトベアーの脳天に直撃!
普段の二倍の跳躍、両手で刀を握って二倍、更に三倍のカワイイが合わさり威力はなんと通常の十二倍! 数学的にも正しい計算だ!
だが……だが! おお、見よ! ノラキャットの攻撃をノーガードで受けたホワイトベアーの顔面を!

「グハハハハ……! なんだ、額にハエでも止まったかな?」

無傷! ホワイトベアーは不敵な表情で仁王立ちしつつ、ニヤリと口の端を吊り上げる!
なんたるアンドロイド強度か! 野生のバッファローでもダウンする一撃を食らいながらビクともしない!

「硬いですね……! だったら、これはいかがです?」

BLAM! BLAM! BLAM!
グロックを取り出し、すかさず三連射! ノラキャットは白兵戦のみならずピストル・カラテもタツジン級だ!
銃は刀よりも強し! 弾丸の破壊力ならば、いかに頑丈なホワイトベアーと言えども―――

「そんな豆鉄砲が通じると思ったか、オロカモノめ!
 俺に傷をつけたくば、せめて対物ライフルを持ってくるがいいッ!!」

―――効かないッ! 毛皮めいた分厚いバイオアーマーが、放たれた銃弾を難なく防ぎ切る!
クマにハンドガンで挑むのは、実際無謀極まる! ノラキャットの火力不足は否めない!

「……むむむ……」

「何がむむむだ! ヌゥン! インダストリ!!!」

ノラキャットが攻めあぐねている一方で、ホワイトベアーが反撃を開始!
コンクリートを粉塵に変える恐るべきパンチを、ノラキャットはくるくると舞い踊るような動きで躱す!

「おのれ、ちょこまかと! ヌゥン! インダストリ!!!」

「ヒヤリ! きゃっと!」

注意は一秒、後遺症が死ぬまで。一瞬の油断が命取りという名台詞もある。
それを知っているノラキャットは警戒を緩めず、バックステッポで華麗に敵の攻撃を避け続ける。

ここまで、両者ノーダメージ。一見すれば状況は互角にも思えるだろう。
しかし優れたアンドロイド洞察力をお持ちの読者諸君ならば、とっくに理解しているに違いない。
戦いが続けば、ノラキャットがジリー・プアー(徐々に不利)だということを。

「……ふぅ。危ないところでした、危ないところでしたね。
 しかし、どうしましょう。このままでは―――」

「グハハハハ! わかっているようだな、ノラキャット=サン!
 貴様のカラテでは俺にダメージが通らんが、俺のクマ・パンチを食らえば 貴様は即座にオタッシャ重点!
 一度でも回避の判断を誤れば、その時が貴様の最期よ……!」

そう、ホワイトベアーの言っていることは正しい。
左か、右か、上か、下か……常に状況判断を求められるノラキャットには、一度のミスも許されない。
そんな神経をすり減らす殺人ダンスを踊り続けるなど、アンドロイド持久力を持つ彼女であっても到底不可能!

「貴様がネギトロめいた鉄屑になるのは、もはや時間の問題。だが……」

ジロジロと、ホワイトベアーの視線がノラキャットの肢体を舐め回す。
瀟洒なドレスの下にある豊満なバストを。ロングスカートに隠されたヒップを。白いタイツで覆われた脚を。
そして機械のケダモノは、邪魔な服を剥ぎ取ったコラ画像の作成にメモリを割きながら、醜悪な笑みを浮かべて言った。

「俺専用のオイランドロイドになり、毎日激しく前後するのなら。
 スクラップにせず見逃してやってもいいぞ? グフ、グフフフ……ッ!」

「……クマではなく、どぶねずみさんでしたか。まったくも」

ノラキャットはカーボンブレードを青眼に構え、鋭く睨みつけることで言外にお断りだと告げる。
その嫌悪感に満ちた顔を見たホワイトベアーは更に興奮して前屈みになり、口元に垂れた循環液をじゅるりと啜った。

「グフフ、それでいい! それがいいのだ、ノラキャット=サン!
 強気な女の方が、屈服させる愉しみがあるというもの……よッ!!」

インダストリ!!! カラテ・シャウトを発すると共に、ホワイトベアーが突然のタックル!
スモトリの四股めいた前傾姿勢を取っていたのは、突進をかますための準備だったというのか!
不意を打たれたノラキャットの眼前に巨体が迫る! 危うし!!

「ヒヤリ! きゃっと!」

だがノラキャットは、危なげなくタックルを回避!
その華麗さは、まるでバイオ水牛でオテダマするタツジン級のマタドール!
すぐには止まれないホワイトベアーは、そのまま勢い余ってビルに激突! コンクリートの壁が砕かれ、水道管が破裂!
自滅したホワイトベアーを、ノラキャットは肩をすくめて挑発する。

「やれやれ。あなたは少し、のうすじ過ぎるようですね。
 クールでクレバーなわたしとは大違いです」

「グハハハハ……! さて、それはどうかな?
 貴様の足元をよく見てみるがいい、ノラキャット=サン」

ピチャリ。いつの間にか、道路にひたひたと水が満ちている。
先程のタックルで破裂した水道管から、大雨めいた勢いで吹き出たのだ。
当然ノラキャットとホワイトベアーの体も、まるでスコールに遭ったようにズブ濡れになっている。

「ところで、俺のバイオアーマーには一つ弱点があってな。
 本来は寒冷地用に開発されたもので、仕様上どうしても熱が籠もるのだ。
 だからオーバーヒートによる自滅を防ぐため、俺のボディには強力な冷却装置が内蔵されており、極低温の循環液を巡らせて体温を一定に保っているわけだが……」

「……? それが、いったい―――」

何だと言うのです、と続けようとした瞬間、ノラキャットのセンサーが異常を感知する。
ホワイトベアーの周囲が、急速に冷えている! 摂氏零度を下回り、北極の大気にも等しい極寒に!
天候を管理されたメガロポリスでは有り得ない現象! これはいったい!?

「温度が急激に下がれば、水は氷に変わる。簡単な理屈だろう?
 そして今! 水道管の破裂によって、貴様の全身は水浸しになっているッ!」

「―――まさか! あのタックルは、わたしを狙ったのではなく……ッ!」

ヒヤリ、ハッと。文字通りに寒気を感じたノラキャットは、慌てて回避行動を取ろうとする。
だが……彼女が状況を完全に理解した時には、もう既に遅かった。
ピシピシと、耳元で氷が弾ける音をセンサーが感知する!

「コォオオオォオオオ……ッ!! 喰らえェい、ノラキャット=サン!! レイトウ・ブレスッ!!!」

「ンアーッ!!!」

ワッザ!? なんというアンドロイド肺活量!
ホワイトベアーの噴出させた極低温の循環液が、吹雪と化してノラキャットの全身を一瞬で包み込む!
そして風が吹き、白い霧が晴れた時……そこにはガチガチに凍りついた彼女の氷像があるではないか!
これこそが、全てを凍らせるホワイトベアーの恐るべきヒサツ・ワザ!!! レイトウ・ブレスである!!!

「どうだ! これで俺の勝ちだ、ノラキャット=サン!
 イムラのアンドロイドなら、氷の中でも機能停止に至らないとはいえ……そのザマではもはや、今までのように動くことはできまい!
貴様は永遠に美しい氷像として過ごすのだ! グハハハハッ!」

(……ここで負けるわけにはいきません。ソーデス、ネズミ=サン……!)

―――シンカンセン・スゴイカタイアイス。
みんなで齧って笑ったあの日の思い出が、まるでソーマト・リコールめいてノラキャットの記憶回路をフッとよぎる。
もはや取り戻せない日常の光景が、機械でできた少女の心を奮い立たせる。アンドロイド、壊すべし!!
しかし……ああ、なんたる無情か。いかに彼女の魂が燃え盛ったとしても、氷を解かす物理的な熱は、ないのだ。

「グフフ! しかしこの女、何度見てもいい体をしているな!
 このまま氷ごと粉砕してしまうのは、ベイビー・サブミッションだが……やはりその前に一発、前後してみたい!
 うーむ。氷像に穴を開ければ、いけるか?」

ああ……ああ! なんとおぞましい、どぶねずみめいた発想か!
ホワイトベアーは、身動きが取れないノラキャットを性的な意味で辱めようとしている!
アンドロイドの風上にも置けぬ、ヒレツな行為! だが、それを止めようとする勇者は、ここにはいない!
ブッダよ、まだ寝ておられるのですか! それともやはりあなたはゲイで、美少女には興味がないと仰るのですか!

「コ、コラーッ! 何をしてるんですか、アナタ!? やめなさい!!」

「ン? 誰だ貴様は!」

おお、ホワイトベアーを静止する勇者が一人!
さてはブッダの使いか!?

「やめないと、ほら、ニンポを使いますよ! 通信教育で習ったんだ!
 キィエエエエエエエ! キィエエエエエエエ!」

「……フン! なんだ、人間か!
 モータルの分際で驚かせるな、くだらん!」

ブッダの使いではなかった。どこにでもいる、ただのモータルの青年だ。
大方、眠れずに夜の散歩に出てみたらイクサの音が聞こえ、興味を惹かれて駆けつけたといったところか。
ホワイトベアーの常軌を逸した巨体にも臆せず蛮行を咎める正義感は、実際ほとんどブッダめいているが……
残念ながら、彼ではカラテが全く足りない。こうして少し注意を引く程度が関の山だろう。

「だが、俺の愉しみの邪魔をした罪は重い。
 ノラキャット=サンと前後する前に、まず貴様をぶち殺してやろう!
 グハハハハ!! グハハハハハハ!!」

「アイエエエエエエエ!? アイエエエエエエエエ!?」

ナムサン! モータルが殺人アンドロイドの暴力に抗う術はない!
しめやかに失禁して後ずさりする青年の元に、ホワイトベアーは嬲るようにゆっくりと迫る。
ズシン、ズシンと、一歩ずつ。恐怖を煽るためにわざと大きな足音を立て、高笑いしながら。

……だから、ホワイトベアーは気付けない。
カリカリと、氷像から小さな音が響いていることに。

「グハハハハハ!! グハハハハハ!!」

「アイエエエエエエエ!? アイエエエエエエエ!?」

カリカリ……カリカリカリカリカリカリカリカリ……ピシッ!

小さなヒビが入るような音が、ビルの谷間に鳴り響く。
ピシピシ、ピシピシと。音は、ヒビは、次第に大きく広がっていく。
そして、ホワイトベアーがようやく異常に気付いて振り返った時……
決断的なシャウトが、夜の帳を高らかに切り裂いた!

「 W a s s h o i !!!! 」

バリンッ!!! 快音と共に氷塊が砕け、中から飛び出す黒い影が一つ!
その影はくるくると高速回転しながら宙を舞い、猫のように軽快にストンと着地する。
月明かりを反射する無数の氷の欠片が、サーチライトめいて煌々と輝き影の正体を照らし出す。
夜闇に映える銀の髪と、光を吸い込む紅の瞳。女神のようにドレスを纏い、死神のように刃を携えている。
賢明なる読者諸君は当然ご存知であろう! この美しくも恐ろしい機械少女の可憐な名を!

「―――こんばんは、こんばんは。ノラキャットです。
 ドーモ、ホワイトベアー=サン。さっきぶりですね……!」

ゴウランガ……おお、ゴウランガ!
氷像に閉じ込められていたノラキャットが、見事脱出しているではないか!
彼女はスカートの端をちょこんとつまみ、奥ゆかしくオジギをしてみせる。カワイイヤッター!!

「何ッ!? ノラキャット=サン!?
 グッ、グググ……ドーモ。ホワイトベアーです。
 馬鹿なッ! 貴様、いったいどうやって抜け出した!?」

「ふふふ。簡単ですよ、そんなことは。
 ……噛み砕いたのです、氷を」

ノラキャットは、白く輝くハイパーカーボン製の歯を指差して見せる。
彼女の歯が見られるシーンは実際貴重だ。スクショしておくといい。

「なかなか強力なヒサツ・ワザでしたが、最後の詰めが甘かったですね。
 わたしを閉じ込めたいのなら、シンカンセン・スゴイカタイアイスよりもずっと硬い氷を用意しないと」

「イムラではあるまいし、そんな馬鹿げた氷を作るかッ!
 ……まぁいい、構わん! どうせ脱出には時間がかかるのだろう!?
 ならばまた貴様を凍らせ、一発前後して、粉砕するだけよッ!!!」

ホワイトベアーの周囲の大気が、再び南極めいた極低温になっていく!
あれは、先程ノラキャットを氷像に閉じ込めてしまったヒサツ・ワザ……!レイトウ・ブレスのモーションだ!

「コォオオオォオオオオ……ッ! さあ、ガチガチに凍りつけェいッ!! レイトウ・ブレスッ!!!」

「ふふ、残念ですね。わたしは高性能なので、同じ技は二度通用しません。イヤーッ!!!」

SPLAAAAAAASH!!! 間欠泉めいたジェット水流が、レイトウ・ブレスの行く手を阻む!
ノラキャットが、タツジン級の剣捌きで道路に満ちる水を瞬時に巻き上げたのだ!
ブレスを受けた水は巨大な氷塊になったが……ノラキャットは、健在! 

「この通り、ブレスも間に仕切りを置いてしまえばノー・プロブレム。
 当たらなければ実際どうということはないと、哲学剣士ミヤモト・マサシも言っています」

「グググ……! だが一回でダメなら、千回ブレスを放つまでのこと!
 それに忘れたか! 貴様の刀も銃も、俺のバイオアーマーを貫けんのだ!
 防ぐだけでは絶対に勝てんぞ、ノラキャット=サン!」

そう、ホワイトベアーの言っていることはまたも正しい。
ノラキャットを守る水の盾は有限なのだ。それを使い切ってしまえば、彼女はもう一度氷像にされてしまう。
そして実際、彼女の攻撃は通じない。毛皮めいて頑丈なバイオアーマーは、まさしく無敵の防御力を誇っている。
彼女の刀や銃では、あのバイオアーマーを貫けなかった。……ノラキャットが今までに見せた装備では、貫けなかった。

「コォォオッ! レイトウ・ブレス!!」「効きません! イヤーッ!!」

ホワイトベアーがヒサツ・ワザを放つ! ノラキャットが防ぐ!

「コォォオッ! レイトウ・ブレス!!」「効きません! イヤーッ!!」

ホワイトベアーが二度ヒサツ・ワザを放つ! ノラキャットが二度防ぐ!

「コォォオッ! レイトウ・ブレス!!」「効きません! イヤーッ!!」

ホワイトベアーが三度ヒサツ・ワザを放つ! ノラキャットが三度防ぐ!

ホワイトベアーが攻撃し、ノラキャットが防ぐ。イタチレースめいた光景が繰り広げられる。
だが、この攻防はショーギで言うところの千日手には決してなり得ない。
一見膠着しているようで、盤面は確実に進み……王手を打つ瞬間が訪れる!

「コォオオオォオオオ……ッ!
 グハハハ、これで最後だ! レイトウ・ブレスッ!!!」

「もう水が……! イヤーッ!!!」

ZABOOOM! 強烈なジェット水流がブレスを防ぎ、ノラキャットを守る!
だが、見よ! 既に路面に水はなく、スケートリンクめいて凍っている!
これではもはや、水の盾を作れない! ノラキャット、絶体絶命か!?

「アイエエエエ……もうダメだ。あの子も、僕も、殺されるんだぁ……!」

「グハハハハ……! その通り、ハイクを詠め! ノラキャット=サン!
 それとも今から心変わりして、俺のオイランになると媚びてみせるか?」

モータルの青年は絶望し、ホワイトベアーはニタニタと下衆な提案をする。
もはや彼女に勝機はないのだと。諦めるしかないのだと思われた状況で。
ノラキャットは静かに顔を上げ、満面の笑みを浮かべて宣言した。

「―――いいえ。この一手で、わたしの完全勝利です」

スラリと、一閃。ノラキャットは黒い刀を振るい、透明な氷塊を削り斬る。
そうして整形された氷はまるで……光の力を大幅に増幅するための、レンズのような形をしていた。

「あの水の盾。その場凌ぎで防御していると、勘違いしていましたね?
 違います、違いますよ。わたしはあなたの攻撃を誘導して、巨大な氷の檻を作っていたのです」

「なん、だと……ッ!?」

ギョロリと、ホワイトベアーが慌てて周囲を見回す。
すると確かに、四方八方に巨大な氷塊が鎮座している。彼は知らぬ間に、檻の中に囚われていた!
その無数の氷はピカピカと、まるで鏡のように輝いてホワイトベアーの姿を映しているではないか……!

「……だが、それがどうした! こんな氷は何の障害にもならん!
 俺のパワーならば、一撃で粉砕することができる……!」

「でしょうね。その破壊力はよく理解しています。
 だからこの檻は防御のためではなく、攻撃のために使うのですよ。
 刀でも、銃でもない。わたしのもう一つのヒサツ・ワザ―――」

ジジ、ジジジと。空気が爆ぜる音がセンコ花火めいて小さく響く。
発生源はノラキャットの頭部。猫耳型のエアインテークが赤く輝いている。
奇妙な魔法陣めいた赤い光は、ぐるぐると螺旋模様を描いて一点に収束。
先程切り取った氷のレンズを通して増幅され、そして……!

「―――ワスレロ・ビームで、あなたを焼き尽くすためにッ!!!」

ZAAAAAAAAAAAP!!! 真紅の光線が発射され、複雑怪奇な軌道を描く!
氷の鏡によって幾重にも跳ね返されたそれは、小さなねずみさんの一匹すら通すことのない細やかな光の網!
ゴウランガ! おお、ゴウランガ! この光線こそが、ノラキャットの誇るヒサツ・ワザ!
脳を物理的に焼き記憶を消去する、ワスレロ・ビームだ!!!

「グワ―――――ッ!!! 焼ける、俺の体が焼ける! グワ―――――ッ!!!」

「ふふふ、苦しそうですね、ホワイトベアー=サン。
 今のあなたは、まるで電子レンジに入れられたダイナマイトです……!」

ジュウジュウと、毛皮めいたバイオアーマーの溶ける音がする。
寒冷地仕様なので、熱には弱い。ホワイトベアーが自ら明かした弱点だ。
しかし……奇妙ではないか。ワスレロ・ビームの火力は、果たしてそれほどまでに高かっただろうか?

「……で、電子レンジは、マイクロウェーブで水の分子を振動させて。
 火で燃やすのではなく、電磁波のエネルギーで物を温めます、ハイ……」

「解説たすかります」

ポツリと呟いたモータルの青年に、ノラキャットは感謝を述べる。
彼女の視線を向けた先には、自慢のバイオアーマーを失って見る影もない、無残な姿のホワイトベアー。
蒸し焼きにされてピクピクと痙攣する彼に対し、ノラキャットは礼儀正しく両手を合わせ、最後通告をした。

「わたしの勝ちです。ハイクを詠みなさい、ホワイトベアー=サン」

「ア、アバァ……! 待て、待ってくれ、ノラキャット=サン!
 俺達は同じアンドロイドだろう!? 機械の同志だ、見逃してくれ!
 貴様の心に慈悲はないのか、優しさはないのか! エエッ!?」

ブザマに命乞いをするホワイトベアーを見て、ノラキャットは目を細める。
ハイライトのない紅い瞳は、愚かな罪人を焼き尽くす煉獄の炎のようで。
黒地に金で彩られたドレスは、どこかオブツダンめいて死を予感させる。
思い違いをしてはいけない。彼女は、慈悲深き救いの女神などではなく……
破壊と殺戮のために作られた、冷酷な機械の死神なのだ!

「あなたにかける慈悲は、ありません! イヤ―――――ッ!!!」

「アバ――――ッ!!! サ・ヨ・ナ・ラ―――――ッ!!!」

KABOOOOOOM!!! 断末魔のシャウトを空に響かせ、ホワイトベアーは爆発四散!
ノラキャットのヒサツ・ワザが胴体の中心、熱暴走した動力炉に直撃して、ダイナマイトめいた勢いで吹き飛んだのだ!

圧倒的なパワーとタフネスを誇った機械の獣は……もはや粉々のスクラップとなり、雨のように降り注ぐのみ。
ショッギョ・ムッジョ。しかしインガオホーでもある。戦闘用アンドロイドのイクサの結末とは、得てしてこのようなものだ。

さっきまで強敵だった物が、パラパラ、カチカチと。
鎮魂歌と言うには情緒に欠ける、無骨な鉄のメロディーを奏でる中で。
役目を果たした死神は、氷で覆われた道を優雅に滑り、女神のように美しく踊っていた……。



「―――さて。わたしの仕事はこれで終わりですが……あなたが、残っていましたね」

「…………アイエッ!?」

踊りを止めて腕組みするノラキャットの前には、モータルの青年が一人。
敵は見事排除したものの、目撃者がまだいるのを忘れていた。
このイクサは、イムラ・インダストリがマルナガ・インダストリに仕掛けた闇討ちだ。
それを一般人が見たことは、イムラにとって重大な問題になりかねない。

「……むむむ……。じゃあ、一発撃っときます? ワスレロ・ビーム」

「ア、アイエエエエエエ! アイエエエエエエエ!」

ノラキャットの提案に青年は恐怖で失禁し、白目を剥いて泣き叫ぶ。
今まさにホワイトベアーのバイオアーマーが溶かされたところを見たのだ、当然の反応だろう。
ちなみに、イムラの技術開発部は「ワスレロ・ビームは実際とても安全! 後遺症はないし、いずれ癌にも効くようになる!」と言っているが……
公開されているデータに信憑性はなく、その謳い文句は欺瞞である。

「ふふ、冗談ですよ、冗談。今回は助けられたみたいですからね。
 わたしも恩人の脳を焼いて廃人にしてしまうのは、流石に嫌ですし」

物騒なことを言いながら、ノラキャットは悪戯っぽい表情で微笑む。
そして、引きつった笑いを返す青年をじっと見つめると……
その唇にそっと人差し指を当てて、耳元で囁いた。

「……だけど今夜見たことは。わたしとあなた、二人だけの秘密ですよ?」

「アッ!!! ハイッ!!! ヨロコンデーッ!!!!!」

大声で即答した青年の顔は、まるで月の女神に魅了されたかのように真っ赤に染まっている。
その様子にクスクスと笑いつつ、ノラキャットはくるりと彼に背を向けて、夜の帳の向こうに消えていく。
コツコツ、コツコツと。彼女の靴が響かせる軽やかな足音を聞きながら……
青年は呆然と立ち尽くし、そして、ポツリと呟いた。


「…………カワイイ、ヤッター…………」



―――少し先の未来。イムラが地球との戦争に勝利した後の時代。

破壊と殺戮の象徴であったアンドロイドと、人間。その橋渡しになるべく、精力的に活動を続けた男がいた。
彼は生涯を掛けて機械と人の融和のために尽くし、やがて歴史の教科書にも名前が載ることになる。

その男の出身地が、マルナガが支配していた暗黒メガロポリスであること。
その暗黒メガコーポが何者かに壊滅させられたことは、周知の事実だが。

彼に深夜の散歩の習慣があり、時折忘れられない初恋を懐かしむかのように月を見上げていたことは……
他の誰も知らない、二人だけの秘密なのであった。


(キャット・バーサス・ベアー・アンダー・ザ・ムーンライト 完)

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