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シンセサイザー入門日誌 その2: 半帖音楽概論

 一時期とてもお世話になっていた「音楽のあんちゃん」がいたのだが、彼は「機材を買ったらとにかくマニュアルを頭から全部読め」と言っていた。マニュアルとは辞書の仲間であり引くものであって読むものではないと思っていた私は「そんな強者の意見やん…」などと思っていたが、シンセ初学者が最初にすべきことこそマニュアルの通読である、と今なら断言できる。

Subesequent 37の公式マニュアルはこちらのリンクから。

 そもそも、母国語で書かれた公式の完全マニュアルがあるということ自体が幸せなのである。冨田勲らパイオニアの時代には、どんな巨額のシンセにも日本語の取説などなかったのだから。正体不明の機械の山をいじくりまわし、音が出るまで一年かかったなどという話も聞いたことがある。翻訳されたマニュアルがある今は「シンセの使い方なんてわかりません」とは言えない時代だ。

 ということで、一念発起して「辞書」を読んでみると、実はカタログ的な情報以外にもシンセサイザーの簡単な概論が書いてある。これが結構ためになる。「ガチャガチャいじって覚えるタイプ」の方は次の記事に飛んだ方がよかろうが、私の場合は徒手空拳でいくよりも少しは理念的なイメージを与えてくれる説明がありがたい。

 例えば、音そのものの特徴についてこんなことが書いてある。

 音は何か物体が振動し、その振動が物体の周囲の空気に伝わることで発生します。その物体はギターの弦やスピーカー以外にも、素早く動く特性がある物体全般が当てはまります。個々の振動は「波」や「サイクル」とも呼ばれ、その振動の周期は「周波数」と言います。
 周波数は一般的にヘルツ(Hz)という単位で表現され、その数値は1秒間における振動数を示します。

SUBSEQUENT 37 ユーザーズ・マニュアル p7

 吹奏楽部や軽音楽部経験者であれば、チューナーというものを使ったことがあるだろう。すみっこに"440Hz"とか"442Hz"とかかれていたのは、このヘルツ(Hz)(振動数/秒)のことだった。なので下の図ではA(ラ)の音を440Hzとしてチューニングする調整します、という意味だったらしい。

 楽音の波形を1サイクル(周期)だけ切り取りそれを分析すると、周波数や振幅が異なる様々なサイン波が複雑に組み合わさっていることが分かります。 この時、各サイン波の周波数が互いに整数比の関係にある場合(楽音ではこの状態が一般的です)、これらのサイン波を総称して整数次倍音と呼びま す。音色は一般的に、この整数次倍音の内容によって変化します。

同書 p8

 我々が何かの音を「これはヴァイオリンだな」「あのエレキギターうるさいな」などと感じることができるのは、それぞれの音の倍音が異なっているから。しかもその音色はサイン波というものが組み合わさっているらしい。
 サイン波が何かはさっぱりわからないけれど、シンセの本を読むとよく出てくる。医療系ドラマでよく見る心臓のモニタリングが「ピッ…ピッ…」となっているあの機械らしさ満点の音色のことらしい。

 ということは、あの無機質な音を素材にしていくつかの音(倍音)を組み合わせながらトランペットやピアノのような音に少しずつ近づけていくのだろう。そう思いながら先に進むと、すごいことが書いてあった。

 ハモンド・オルガンなどのように、各倍音を1つずつミックスして音色(波形)を組み立てていく方法とは異なり、Subsequent 37のようなアナログ・シンセサイザーでは、倍音を豊富に含んだ波形をフィルターに通すことにより、不要な倍音をカットして必要な部分を取り出したり、特定の倍音を強調させたりして音色を作り出します。このような方法をサブトラクティブ・シンセシス(減算合成)と呼んでいます。

同書 p8(太字は著者)

 へ??不要な倍音をカット?????
 これはどういうことだろうか。直感に反している。心臓のモニタリングの音なんて、あんなにのっぺりピコピコしていて「倍音を豊富に含んでいる」とは正直思えない。一方、楽曲の中で使われる音色として完成されたシンセの音は、時間経過とともにうねうねしたり、歪みが効いてざらざら感があったりと、複雑性が増している。だとすると、倍音が増しているのでは?なんで「減算」合成なの???
 正解はわからないのだが、とにかく先に進んでみる。

 オシレーター、フィルター、モジュレーター、その他のセクションは、それぞれが最も音作りをしやすいように接続されています。モジュラー・シンセサイザーとは異なり、Subsequent 37に内蔵の各セクションの多くの接続は固定化されていますので、必ずしも各セクション間を自由に接続できるという わけではありません(しかしSubsequent 37のモジュレーション・バスを活用することで非常に自由度の高い接続ができます)。

同書 p8(太字は著者)

 初学者向けのシンセの本を読んでいると、必ず出てくるのが「どのシンセも構造はほとんど同じである」という記述だ。「音を出す機能」「音を加工する機能」「音を出力する機能」がこの順番で並んでいるという特徴はどのシンセも変わらないらしい。しかし、モジュラー・シンセはパッチ(ケーブル)を自由につなぐことで、この順番を自在に入れ替えることができるらしい。だからこそ思いがけない音色が飛び出してくる面白さがあるが、電気回路として不適切なつなぎ方をするとぶっ壊れることもあるそうだ。
 Subsequent37はモジュラーシンセではないから基本的なモジュールのつなぎ方は固定されているのだが、上の引用部では「モジュレーション・パス」というものを使うと「自由度の高い接続」ができるらしい。え、モジュラー・シンセみたいなこともできるの???初学者がそんなことやったら壊しそうだけど…。

1973年に発売されたmoog のモジュラー・シンセ System 55
配線(パッチ)が縦横に張り巡らされている

 シンセサイザーの内部を流れる電子信号には、信号経路によってオーディオ信号とコントロール信号の2種類があります。一般的には、オーディオ信号はオシレーターからスタートしてフィルターに流れ、アンプを通りオーディオ出力へ進みます。コントロール信号にはその間の各セクション(モジュール)を制御してオーディオ信号のピッチや音色、波形や音量などに変化を付ける役割があります。 信号が何かをコントロールしている場合、それがオーディオ信号をコントロールしているのか、あるいはその他のコントロール信号をコントロールしているのかに関わらず、そのような状態をモジュレーション(変調)と呼びます。

同書 p9

 初学者には無限個にも見えるあのつまみたちは、全て「オーディオ信号」か「コントロール信号」のどちらかを調整するためのものらしい。そう考えると少しは整理ができそうだ。
 オーディオ信号とコントロール信号とは、ITでいうところのデータとメソッドの関係と言えそうだ。もっと日常生活に近いメタファーで考えるなら、料理でいうところの素材と調理の関係だろう。素材が高級であれば、ちょっと塩をつけるくらいですぐ美味しい料理ができてしまう。ストラディヴァリウスのレコーディングなどはこれに該当するのだろう。一方、名前も知らない雑魚や通常なら捨ててしまう野菜の切れ端などをさまざまな技を駆使して漬けたりする発酵食品などは、調理の妙が試される。コレはゴリゴリに操作をかけた作り込みのシンセの音色に相当するだろうか。
 すなわち、今自分がいじっているつまみが、素材の部分か調理の部分かを意識することで、宇宙に見えるつまみの集合が少しは整理されて見えてきそうだ。

 10ページ以降は具体的なSubsequent37の使い方説明になっていくが、その中にも例えば「シンセの音色プログラムを指す「パッチ」という言葉は、モジュラー・シンセで音作りをする際に数々のモジュールをパッチ・コードで接続していたことに由来しています」など、時折シンセ初学者をくすぐる記述があったりする。「辞書」も通読すると意外な発見があるものだ。

 こうして、マニュアルに気付きや疑問を書き込みながら読むことで、将来その疑問が解決するかもしれない。その方がシンセの学習が着実に進んでいくような気がする。

 次回から、いよいよ本格的に楽器として鳴らしていく。


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