『ブルーキャバルリィ』2話

『こないだのブルキバ見た⁉ マジでもう……めちゃめちゃに、すごい!』
『いきなし乱入して優勝かっさらっていくとか、マジ最高だったな……』
『っぱ暴力ってワケよ』
『てか、あの子たちって結局誰だったの?』
『知らねーのかよ! ポラリスってアイドルだよ!』
『あ~……思い出した、完璧に、完全に。たまに地下でやってた子たちでしょ?』
『あの子たちは今回が初出だボケ』
『乳がマジでデカすぎる』
『ポラリスって自分のチャンネルは持ってないのかな? 投げ銭してえ〜自動車税は滞納してる俺だけど、投げ銭してもいいっすか?』
『税金は払え』

「ふへ……ふへへ……」
 あれから数日経った日曜日の昼下がり、アタシはベッドの上でごろんと寝転がりながらエゴサーチに勤しんでいた。

 エゴサーチ用のアカウント(『上質な睡眠』という名前の鍵付きアカウント)を開いて検索ワードを打ち込むと少しではあるが反応があり、何度も何度も繰り返しそれを見ては表情筋を緩めてしまう。

(だって仕方ないじゃない……!)

 なにせ念願だったステージに立ったのだ。幼い頃に見た『スプートニク』のステージとは比べ物にならないほど小さなステージではあったが、それでも確かにステージに立ったのだ。その事実が嬉しくてたまらない。

 瞼を閉じれば、あの日見たサイリウムの輝きが未だ目に灼き付いている。
 熱気と興奮と歓喜が入り混じった大歓声。キラキラ水面のように揺れるサイリウムの光。それらを一身に浴びた感覚が未だに忘れられない。思い出すだけで胸の鼓動が早くなり、身体が火照ってくる。

「あー、やばかったなぁ……へへ……」

 両手でペンギンのぬいぐるみ(あんりこがUFOキャッチャーで取ってきた、あんまりかわいくない)を抱きしめながら顔を埋めると、自然と口から声が漏れ出た。そのまま足をバタバタさせながらまたエゴサを再開すると今度は別のユーザーからの反応があったようで確認する。

『あの地雷系の子、胸はデカかったけど顔はイマイチだったな』
(コイツはブロック、いやスパムとして報告しておきましょう……次は……お、アタシのダンスを褒めてる。コイツ分かってるじゃない、リストに入れときましょ)


 ああ、本当に最高だった。またやりたいなあ……今度はもっと大きなステージで! そしていつかはドームへ!

 でも、あんな風にブルキバに無理やり乱入した訳だし次はないわよね……まあでも、今回上がった知名度を利用して配信を始めてみるのもいいわね、ふへ……へへ……

 そんな風に考えているうちにだんだんと瞼が重くなってきてしまい、意識が遠のいていく──そんな時。

「センパイセンパイセンパーイ! もう本当に! めちゃ大変なんすよ!」

 ドタドタという足音と共に勢いよく部屋の扉が開かれ、あんりこが飛び込んでくる。あまりにも突然のことに持っていたスマホを顔面に落としてしまい、「ふぎゃ!」と変な声が出た。痛む鼻を押さえて責めるような目線を送るが、そんなことはお構いなしと言わんばかりに彼女はまくしたてる。

「聞いてくださいっす! もう本っ当にヤバイんすよ!」
「あによ、アンタのせいで今それどころじゃ」
「センパイの鼻がトライピオみたいな形になってる事なんてどうでもいいんすよ! とにかく逃げるっす!」
「えっちょっ待って引っ張らないでってば……!」

 逃げるって一体何からよ? そんな疑問を口にする間もなく、無理やりベッドから引きずり降ろされて玄関まで引っ張られ、勢いよく扉が開かれる。そこにはなぜかタクシーが止まっており、後部座席に見覚えのある少女が座っていた。

 理解した。なぜあんりこが焦っているのか、その理由を。

 その少女は──病的なまでに白く、紅玉ルビーの様な目を持つ少女は──『ブルーキャバルリィ』の主催である渡良瀬歩は車から降り、にっこりと笑うとこう告げたのだった。

「やぁ、先日は本当に世話になったねぇ」



「「逮捕だけは勘弁してください……!」」
 平身低頭。
 額を地面にこすりつけながら懇願すること数秒、頭上から呆れた様な声が降ってきた。

「いや別に君たちを捕まえたり怒りに来た訳じゃないから安心してほしいんだけども……」

 絶対ウソに決まっていた。

 彼女の後ろに控えている黒服サングラスの男たちから香る暴力の匂いがそれを物語っている。いきなりブルキバに乱入したアタシたちをナントカ罪で逮捕するかコンクリートに詰めて海に沈めるかくらいは平気でやりそうな顔をしている。

 ここは誠意を見せねば命がないと思い、恥を捨てて誠心誠意お願いをする事にし──

「「コイツが全部悪いんです!」」
 あらん限りの力を込めて隣の相棒を指さすと、相棒も同じようにこちらに向かって指をさし、ふたつの指がお互いの頬にめり込む様に突き刺さる。

 コイツ裏切りやがった!

 お互いを指差し合ったまま睨み合っているとため息交じりの声がし、
「……君らさ、仲良いんだよね?」
「「仲はいいけどコイツの性格は最悪だと思ってます(るっす)!」」

 ハモった声に再び視線が交差する。またしても喧嘩が始まりそうになったところで、当の主催者は笑いながら手のひらをひらひらと振ってみせ、

「あははっ! 君たち面白いね! 乱入の件は確かにめちゃくちゃだったけどさ! むしろこっちはお礼を言いたいくらいなんだよ!」
「お礼って……」
「どういうことっすか……?」

 首を傾げるアタシたちに、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべながらぱちんと指を鳴らす。すると黒服の男たちが一斉に敬礼をした。まるで軍隊のような統率された動きに思わず圧倒されていると、おもむろに鞄から何かを取り出し、渡良瀬さんはアタシたちに見せつけるようにそれ掲げる。
 それは一枚の紙切れであり、それはそれは立派な契約書であった。

「覚えておくといい」

 それは悪魔の囁きか、それとも天使からの啓示なのか。
 とても楽しそうな声色で、目の前の少女は告げる。

「視聴者も、運営も……ボクも。ブルキバが好きな人はみんな揃って強いヤツが好きなんだ」

 3本の指で摘むように持ったその紙をひらりと揺らしながら、彼女はにやりと笑う。

 その契約書に書かれていたのは──
「ウチは万年人手不足でね──これからよろしく頼むよ、『ポラリス』さん」

『ブルーキャバルリィ選手正式契約書』と書かれた書面には──はっきりとアタシたちの名前と──この話を受けなければ前回乱入した時の損害賠償を請求する旨が記されていたのだった。

「また流されてしまった……」
「嫌な予感しかしねえっす……」

 死んだような目で天井を見つめる2人組──『ポラリス』の泣き言が、行きつけのスーパー銭湯に虚しくこだまする。
 今日も今日とて客はほとんどおらず、経営の心配をしてしまうが──半分貸し切り状態に近い状態はありがたいと言えばありがたかった。

 あの後あれよあれよと言う間に話が進んでしまい、気が付いた時にはもう手遅れだった。逃げ出そうとしても出入り口を塞がれていたし……正直に言って駆け出しアイドルでお金もコネもないのアタシたち『ポラリス』にとって『ブルーキャバルリィ』で勝てばライブを行えるというのはかなり魅力的だった。それに、ブルキバ自体はそれなりに楽しかった。

 でもしかし、黒服サングラスを連れてくるようなヤツが脅迫混じりに語る話である。そんなものがうまい話な訳がない。

 あの黒服たちは絶対にその筋のプロだし、全員明らかに何人か殺してきた目をしてる。怖い。怖すぎる。断りたくて仕方がなかったが、あんな賠償金払える訳がない。

「ろーたすセンパイ、もうこうなったら仕方ないっすよ……腹括ってやるしかないっす」
「そうね……今更じたばたしても仕方がないわ」

 諦めにも似た覚悟を決めてはぁ~っと大きくため息をつき、湯船に浸かりながらぼんやりと天井を見上げる。ああ、疲れたなぁ。お風呂って気持ちいいなぁ。あったかいなぁ。アタシの人生あと何回お風呂に入れるんだろうなぁ。海に沈められるのは嫌だなぁ。そんなことを思っていると、隣で同じようにくつろいでいたあんりこが不意にぽつりと呟いた。

「……そういえば、渡良瀬さんが最後に言ってた言葉ってなんだったんすかね」
「『覚悟したまえ、それと気をつけたまえ。アイドルなんてものは人から好かれるために頑張る職業ではあるが……好かれすぎるのも考えものなのさ』ってヤツ?」
「そうっすそれっす。どういう意味なんすかね?」
「さぁ? 一回勝ったくらいで大袈裟よね」

「なんか引っかかるんすよねー。なんかこう、喉に魚の骨が引っかかってるというかなんというか」
「そんなに気になるなら直接聞いてみたらいいんじゃない?」
「いやぁ流石に無理っすよぉー! だってあの人めっちゃ怖かったじゃないっすかぁ~!」
「まあそうだけど……」

 考えても分からないことを考えていてもしょうがないし、とりあえず今はゆっくりと休もう。そんなことを考えながら湯の中でぐぐっと伸びをしていると突然、ガラリと音を立てて扉が開く音がした。

 アタシたちの他にお客さんなんて珍しいなと思いそちらに視線を向けようとした瞬間──先に振り向いていたあんりこが素っ頓狂な声を上げた。

「うぇ⁉」
 その声に驚いて振り向くと、あんりこの視線の先にいた人物を見てアタシも驚きのあまり叫んでしまう。そこにいたのは──

「あら、私のことを知ってくれているのね。それは好都合だわ」

 幼い頃に二人で行ったライブ。そのステージに立っていた伝説のアイドル。
 アタシとあんりこ、ふたりの憧れであり、夢の終着点。

 かつて一世を風靡した伝説のアイドルユニット『スプートニク』。
 その絶対的ナンバー2。

 あの頃と変わらない美しい黒髪をなびかせながら悠然と微笑むその姿はまさしく──

「初めまして。私は枢木くくる──突然だけど、私と八百長する気はない?」


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