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難病創薬化学者が入院して思うコト

私は現在、一次性ネフローゼ症候群(指定難病222)のため、長期入院しています(検査、治療を含めて約2ヵ月の入院)。
今回、入院生活を通して、創薬化学者の視点から難病治療、医療現場の現状、研究者としてのマインド等々、いろいろ思ったコトについて書いていきたいと思います。

1.腎関連難病治療の難しさ

私が今回入院するに至った一次性ネフローゼ症候群指定難病222)は、発症原因不明、突然発症し、低タンパク血及び高タンパク尿を呈し、その結果として全身浮腫をきたす疾患です。詳細は下記参照。

この病は原因がわからない疾患ではありますが、基本的には高用量のステロイドを用いて治療を行います(細かな病態の違いに応じて免疫抑制剤も使用。近年ではリツキサンを使用する場合もある)。
内科的治療がメインであるのに入院(初発はほぼ長期入院)が必要な主な理由は以下の通りです。

①確定診断を行うために『腎生検』を行う必要があるため
 通常行われる各種検査のみでは、確定診断を行うことができません。ネフローゼ症候群の中には、微小変化型ネフローゼ症候群(MCNS)膜性腎症状(MN)巣状分節性糸球体硬化症(FSGS)等、細かな分類が存在し、病態によって治療方針が異なります。
 そのため、適切な治療を行うためにも実施する必要があります。『腎生検』のみだと1週間程度の入院になり、確定診断には約1~1.5ヵ月かかります(光学顕微鏡蛍光抗体法電子顕微鏡にて観察を実施)。

②高用量ステロイドにて治療を行うため
 治療には高用量ステロイド(初期用量 40~60 mg/day)を用いるのですが、高用量ステロイドは様々な副作用発現が懸念されるため、入院による経過観察が必要となります。
 特にステロイドを減薬しないと免疫低下による感染症リスクが高いこと、離脱症状を回避するために長期的な減薬が必要であることから、長期入院が必要となります。

幸いこの疾患は、薬が効いて寛解、寛解維持すれば通常の日常生活を送ることが可能です。
しかし、再発のリスク(個人差が大きい)もあるため、これまでの日常生活を見直す必要が少なからずあります。
特に『今後どのように仕事と向き合うか』、『もしも職を失った場合、どうすればいいのか』、『自分の身体との向き合い方』等々、様々な不安が常に付きまとってきます。

難病治療の難しいところは、『寛解』になっても『完治』はしないため、一生病気と向き合い続けることだと実感しました。
将来的には『完治』する治療法が確立されるといいのですが。
そのためには、多くの患者データ(遺伝子、タンパク等の網羅的解析)が必要ですね。

今回、私の場合はステロイドがしっかり反応してくれたため、無事に治療効果判定期間である1ヵ月以内で『寛解』までいったので一安心でしたが、もしも寛解に至らない場合は免疫抑制剤等についても検討が必要であり、不安な日々が継続していたと思います。

腎特異的かつ効果的に作用する薬剤があれば、ステロイド由来の副作用回避社会復帰までの期間短縮社会復帰後の不安の解消といった『QOL』の向上に大きく貢献できるのではと強く感じました。

労働人口の減少は日本が抱える課題の1つでもあるため、難病患者が働きやすい就労環境の構築長期療養を回避可能な薬剤の開発等、日本政府には力を入れてもらいたいと個人的には思います。

2.透析患者の治療

人生で初めての入院生活(初めてで長期入院)を経験する中で、これまでは学会や文献等でしか得ることができなかった医療現場の声(主に患者の声)を知ることができたのは非常に貴重な経験でした。
特に私の病室は、毎週毎週、透析患者が入院してきます。
私自身、たまたま前職で腎疾患関連の創薬研究をやっていたこともあり、それなり治療法や医療ニーズについて学んではきましたが、実際の患者を見ることはなかなかありませんでしたし、実際の医療現場についてもほとんど知る機会はありませんでした。
今回、私が入院中に透析関連で入院してくる患者は主に以下のパターンでした(腹膜透析(PD)は自宅、血液透析(HD)は専門クリニックで実施可能なため、入院するにはそれなりの理由があります)。入院期間はだいたい2~7日くらいのようでした。

①腹膜透析、血液透析導入のため(腹膜カテーテル挿入、シャント作製)
②腹膜カテーテル、シャントの不調
③入院にて管理が必要な程度まで状態が悪化している場合
④定期健診

入院してくる患者の透析に至る原疾患は糖尿病のようでした(あくまで推測ですが基本的に血糖値高め、糖尿病治療薬を服用)。
この点は、近年、透析移行患者の多くが糖尿病性腎症であるというデータと整合性がとれている部分だと実感しました。
ちなみに私の入院期間中に入院してきた透析患者の多くは40歳代以上、独り身の方がほとんどのようでした。

入院中、定期的に看護師が患者に薬を持ってくるのですが、透析患者に処方されている薬は、すごいたくさんの種類の薬剤が出ており、これを自宅でも適切に飲めるのかなと思うくらいでした。
ざっくり述べるだけでも高カリウム血症治療薬、高リン血症治療薬、血圧降下薬、利尿剤、下剤、糖尿病治療薬(透析患者はα-GI、GLP-1アナログ製剤)、その他疾患に応じてといった感じでしたね。
こう考えると自宅での服薬管理もなかなかハードなように感じます。

【透析患者の食事制限】
食事制限については、しっかり守れている患者がいる一方で、管理能力に乏しい(浮腫が出てるのに水分制限できていない)方もいらっしゃるようで、看護師さんにすごく怒られていました。
また、食事を守っている方に関しても、自炊を全くしないがゆえに栄養のトータルバランスが摂れてはいないようで、塩分等を気にするあまり菓子パンでエネルギーを摂取したりしているようでした(血糖値が高いのに菓子パンを食べる発想は、私としてはよくわかりませんが、血糖値下げる薬を飲んでるため、むしろカロリー摂取を怠る方が良くないという考えなのかもしれません。この部分は個人的見解です)。
透析患者の食事制限の詳細は下記を参照いただければと思います。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsdt/50/2/50_133/_pdf

3.腎疾患領域の医療ニーズ(創薬)

現在、日本が抱えている問題の1つとして、『超高齢化社会』に突入することによる『医療財政の圧迫』があります。中でも『透析医療』は高額であり、透析医療費は推計年1.6兆円、総医療費の約4%を占めていると言われています。
同じような現象はアメリカでも起きており、アメリカでは医療費高騰抑制のため、『腎移植』が推奨されているようです。
このような背景から、旭化成はアメリカのベロキシス社(腎移植後の免疫抑制剤を販売している会社)を買収し、医薬事業の拡大を目指しているようです。本内容の詳細、Veloxis Pharmaceuticalsについては下記のリンクをご参照下さい。

一方、日本では腎移植や腹膜透析を行う方が、血液透析を実施するより医療経済性に優れるものの、多くが血液透析を実施しているのが現状です。
この状況を踏まえると今後日本の医療経済の破綻を防ぐためには、腎移植、腹膜透析の実施率を上げるのと同時に、いかにして腎機能を低下させないかが非常に重要です。
特に私が働いている医薬品業界は『腎機能低下抑制』に注力している企業が多いですね。
実際の開発パイプラインを見ると、糖尿病性腎症を適応症とした新薬開発が盛んに行われており、順調にいけば近いうちに複数品目が承認されると思います。

糖尿病性腎症は、透析施行患者の原疾患として非常に多く、薬によって透析導入を遅らせることができれば医療費抑制に大きく貢献できます。
しかし、糖尿病性腎症以外の患者で透析に移行する患者も存在するわけで、そのような患者の背景には腎領域の指定難病が存在しています。
これらの指定難病は未だに発症原因が解明されていないものも多く、また、原因がわかっていても有効な治療法がないものが多く存在します。

今後、私たち創薬化学者が『腎疾患領域』の創薬に取り組んでいく場合、その中心は腎希少疾患であると思います。
希少疾患ですとモダリティの中心は抗体や核酸医薬あたりが中心になってくると思いますが、製造コストにおいて低分子医薬が優れている点を考慮した場合、あらゆるモダリティを駆使して研究に取り組み、効果及び経済性に優れたものを選択するのがベストだと思います。
現在の技術革新をもってすれば十分可能であると思います。

私が最近注目している薬剤は、ノバルティスが腎関連希少疾患の治療薬として開発している低分子Factor B 阻害剤「LNP023」です。
IgA腎症や膜性腎症等の治療に関してはステロイドや免疫抑制剤を用いますが、薬効や副作用の面で十分とは言えない状況です。
そのため、既存薬と異なるパスウェイを制御する薬剤は新たな選択肢を付与できる可能性があるため、新規作用機序の薬剤には大変期待を寄せております。
以下に基礎研究に関してですが「LNP023」に関する文献のリンク貼りました。興味がある方は一読下さい。

4.最後に

今回、難病を患って初めて患者の気持ちを身に染みて理解することができました。
特にこれまで不自由なく、バイタリティに富んだ生活をしていた私の身からすると、これから自分の生活はどう変わってしまうのかという不安は非常に大きかったです。
仕事柄、何となく病気の実態は知っていたので受け入れるのにさほど時間はかかりませんでしたが、最も良い場合、最悪の場合、いろんなことを考えました。
一方、まだまだ創薬化学者としてやらなきゃいけないこと、病気を経験した自分だからできること、自分がそこに積極的に介入できることを考えると、今は非常にワクワクしています。
病気の不安を吹き飛ばすくらいの勢いで、復職後は研究を頑張りたいと思います。
そして、いつの日か自分と同じ病気で苦しむ人を救える薬剤を生み出したいと思います。

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