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ミステリ小説「大学生がバズり動画を撮りに都市伝説の現場に行ってみた。」第2話

第1話 https://note.com/newyamazaki85/n/nb21096600c88



奈津子なつこさんは俺と香西こうさいの無言のやり取りをどう捉えたのか、嬉しそうに、
「来てくれてどうもありがとうね! 今夜はうちに泊まって。母さんがごちそう作るって張り切ってるのよ。小中こなかくんはお酒飲む人?」
と尋ねながら俺たちを乗ってきた軽ワゴン車に誘導した。
「飲めなくはないですけど、あまり飲んだことないです。あの……」
「そう。父さんが浮かれていいお酒買っちゃったのよ。礼一くんは飲まないし、夕ご飯でひとり酔っぱらっちゃわないといいけど」
どうしてこんなに歓迎してくれるんですか、とはとても訊けない雰囲気である。
しかも家族ぐるみ。というか、『うちに泊まる』?
「香西も奈津子さんの家に泊まるんですか」
「ああ。親いないから、奈津子姉さんの家が俺の家」
不意に投げられた香西の言葉にドキリとした。
香西、両親を亡くしてるのか。それでこんなに性格が暗く……。
「礼一くん、その言い方じゃ叔父さんと叔母さんが亡くなってるみたいでしょ。違うのよ、海外で仕事してるだけだから」
生きてるんかい!
俺は思わず、香西をまたにらみつけた。
「ごめんなさいね、この子、小さい頃から言葉が足りなくって。誤解されてもそのまま放置しちゃうし、集団の中にひとりでいても全然気にしないし、友達とか地元に全然いないのよ。東京の大学行って一人暮らしするって聞いた時は、この子、どういう生活するんだろう……ってうちの家族みんな心配で心配で。友達が出来たら絶対うちに連れてきなさいって何度も言って送り出したのに、一年生の時は誰も来なくて。だから小中くんが来てくれて本当に嬉しい! 安心した! 変わった子だけど、礼一くんと仲良くしてね。悪い子じゃないから」
一気呵成に言葉を続けて、奈津子さんは俺に微笑みかけた。
俺たちは軽ワゴンのトランクに荷物を載せてから、奈津子さんが運転席、香西は助手席、俺は後部座席の運転席側に乗り込んだ。車窓から入り込む日差しがじりじりと肌をく。
しかし運転席に座る彼女の白い横顔は、とても涼し気だ。
奈津子さん、若くて女優並みの美人なのに、言動が完璧に香西の母親だな。
俺はようやく歓迎の理由と、香西が俺を帰省につき合わせた理由を察した。
おそらく香西はこれまでもさんざん『友達を連れて来い』と彼女から言われ続けて来たのだろう。しかし彼にそんな存在はいない。今夏帰省したらまた同じことを言われるのか、とうんざりしていたところに、俺が声をかけた。そして香西はこれ幸いとばかりに俺を即席の『友達』に仕立て上げたのだ。
まんまと俺は利用されたわけだ。しかし俺もバズり動画を撮りたいがために香西に声をかけたから、フィフティフィフティだろう。
「このまま久冨ひさとみさんの家に行っていいのよね。今日はちょうど奥さんから買い物同行の依頼があったから」
車を発進させ、駅前ロータリーを出てから、奈津子さんが香西に尋ねた。
久冨とは、香西が話を訊こうと提案してきた久鼻ひさはな集落出身の方の苗字だ。
「お願いします。……買い物同行の依頼、ですか」
香西が頷きもせず無言のままなので、仕方なく俺が話を受ける。
奈津子さんは苦笑しながら、
「ええ。久冨さんの家は市街地からだいぶ離れているから、買い物や通院には車が必要なの。旦那さんが免許を返納されてからは同居の息子さんが運転を担っていたそうだけど、仕事の都合で実家を出なければいけなくなって。それからは車が必要な時はうちに依頼が来るの」
久冨家は奈津子さんの勤める便利屋の顧客の常連ということだったが、そういうことか。
地方の高齢者が自動車免許を返納してから、公共交通機関に頼らざるを得ないにもかかわらず、公共交通機関の利用が困難である交通弱者の状態に陥ってしまう問題は、社会学の講義でも扱った。都市部に暮らしているとイマイチ実感できないが、父冨では身近な問題なのだろう。
「それじゃあ、買い物のたびにいちいち奈津子さんが迎えに行っているんですか?」
俺の質問に奈津子さんは笑って、
「すごく頻繁に依頼があるように聞こえたかもしれないけど、久冨さんちは生協に入っているから、食料品や生活雑貨の大部分はそれを利用して自宅に届けてもらっているの。でもお店に行かないと買えないものもあるし、なにより買い物はいい気分転換になるでしょう。通院も月イチの定期だから、そんなに頻繁というわけでもないの」
「なるほど」
俺が真剣に相槌を打つと、奈津子さんはクスクスと笑い声をもらした。
「小中くんは勉強熱心ね。わざわざ父冨までフィールドワークに来るほどだものね」
「えっ」
俺は恥ずかしくなった。
今の相槌は素直に感心したから出ただけで、勉強のつもりで奈津子さんの話を聞いていたわけでは全くなかったからだ。
久冨家に話を聞きに行くのも、本当はフィールドワークのためじゃない。
「奈津子姉さん、久冨さんには久鼻集落の話を聞きに行くんだ」
香西がようやっと発言する。
奈津子さんは「そうだったわね」と頷いて、
「礼一くんに聞くまで、私、久鼻集落って知らなかったわ。ネットで呪いとか言われていることも、全然。父冨の怪談や都市伝説で有名なのは、姿見池すがたみいけのお地蔵様が人を池の中に呼んで溺れさせるとか、萬丸まんまる峠のトンネルに落ち武者の幽霊が出るとか、どこかの竹林に焼け死んだペンギンの幽霊が出るとかだもの」
「……最後の話、ツッコミどころしかないですね」
俺は言いながら、これはスマホにメモしておきたいな、とジーンズのポケットを探った。
「お祖母ちゃんやうちの所長に訊いてみても、お祖母ちゃんは久鼻っていう地名は聞き覚えがある、程度だったし。所長は『無人集落になった後、何回か集落の家の所有者から庭の草刈りを頼まれたり、集落出身の方の送迎をしたことがある』って言ってたけど。最近も久鼻から市内にお嫁に来たおばあさんを集落まで連れて行って、お地蔵さまや祠の世話をしてきたんだって。そういえば丸一日、依頼者の遠出に付き合って事務所にいなかった日があったのよね」
「へぇ。その人は、久冨さんとは別の人?」
香西が奈津子さんに尋ねた。
「そうよ。市内の旅館の女将をやっていた人で、鮎居あゆいさん……だったかな」
「その人にも話を聞きたいんだけれど、姉さん、頼める?」
身を乗り出した香西に、奈津子さんは弟のわがままを仕方なく聞いてあげる姉のように肩をすくませた。
「そうね、所長に連絡先を訊いてみるわ」


久冨家は父冨市街地を抜けてから山間部のいくつかの集落を抜け、さらに十数分山道を登った、少し開けた土地に建っていた。広大な庭に木が何本も植わっており、盛夏の雑草がその根元にもりもりと勢いよく伸びている。
家屋は平屋だが豪勢な日本家屋で、玄関の戸は両開き、三和土は土間と称したほうがふさわしい広さであった。廊下の奥に見える襖の数も多く、屋内も外観同様豪華なことが窺える。
「奈津子ちゃん、いらっしゃい。今日もよろしくね」
玄関先から奈津子さんが声をかけると(玄関を施錠する習慣がないという田舎あるあるを俺は初めて見た)、奥からちょこちょこと出てきたのは、和やかな雰囲気の小柄で痩せた老婦人だった。身長は一四〇cmあるかどうか、糸のように細い目は笑うことでさらに細くなり、シワだらけの顔のシワと目の区別がつかないほどだ。まっすぐに短く切りそろえられた髪は真っ白だが、肌は色黒で、水色の花柄の半袖シャツに白いズボン、黒地に指の部分だけがオレンジ色の五本指ソックス。半袖シャツから伸びた腕は細く日焼けしているが、足取りはしっかりしている。
「セツさん、こんにちは。こちらが私の従弟いとこの礼一と」
奈津子さんが頭を軽く下げ、香西を手で指し示した。次に俺の紹介をする前に、
「こちらが東京の学生さんかぃ。まさか男前だねぇ」
セツさんは感心したように右手を上げ、香西の肩を叩こうとして、届かずに胸をばんばんとはたいた。
香西は短く「どうも」と口にしたが、違う、お前が口にすべき言葉はそうじゃない。
「セツさん、その子が私の従弟の礼一で……こちらが小中さんです。まぁふたりとも東京の学生で間違いないんですけれど」
奈津子さんが赤面しながらすまなそうに訂正する。
俺は内心苦虫をかみしめながら、愛想笑いをするしかなかった。
都会的な美貌の持ち主である香西と、平々凡々な顔立ちの俺とが並んで、どちらかが東京から来た大学生だと聞かされたら、そりゃあ一〇人中一〇人が、香西が東京の大学生だと判断するだろう。大丈夫だ、俺は傷ついていない。
「あっらー、ごめんねぇ。まぁまぁ、でもええ若衆わけえしがふたりも来てくれて嬉しいわ。うちの人の話を聞くんでしょ。もう部屋で用意してるから、どうぞ上がって頂戴」
方言交じりに歓迎されて、俺たちは久冨家のあがり框を上がった。老夫婦が住んでいるにしては、結構な高さがあり、俺はふとバリアフリーという言葉に思いをはせた。

第3話
https://note.com/newyamazaki85/n/ndc86e89bf116


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