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「情報的健康」提唱者にYahoo!ニュースはどう映っているのか

健康のためにバランス良く栄養素を摂取する必要があることは広く知られています。ニュースや情報の摂取においてもその考えを取り入れ、「情報的健康(インフォメーション・ヘルス)」を提唱している方がいます。「信頼される情報空間」についてメディアに携わる方々とともに考え、発信するシリーズ。今回お話をうかがったのは、提唱者の一人であり、大規模な社会データ分析などの研究に取り組んでいる東京大学・鳥海不二夫(とりうみ・ふじお)教授です。なぜ「情報的健康」を提唱するに至ったのか、Yahoo!ニュースはどのように映るのか、インタビューしました。(取材・文: Yahoo!ニュース)

「情報的健康」(インフォメーション・ヘルス)とは
鳥海教授と慶応大の山本龍彦教授らが共同提言「健全な言論プラットフォームに向けて」で提唱。22年1月にver.1.0、23年5月にver.2.0を発表。

「情報に関する情報」が信頼への第一歩

――インターネット上の情報空間が信頼されるためには何が必要だと考えますか。

ソーシャルメディアなどでは真偽不明のものを含め、大量の情報が流れています。一方、メディアやプラットフォームなど社会的責任を持つ運営母体は、その情報がいつのものなのか、どのような根拠で出されているのか、出どころがどこなのか、フェイクではないのか、などをきちんと提示することが必要だと考えています。

現状はユーザー側の自己判断に頼っているところが強いと感じます。例えば報道色の濃い「硬派なメディア」と、芸能や文化系の記事を多数扱う「軟派なメディア」があった場合に、「軟派なメディア」だと分かった上で読むことと「硬派なものかもしれない」と思って読むことは大きく異なります。ユーザーに対し、「情報に関する情報」をしっかりと提示することが信頼への第一歩だと思います。

「アテンション至上主義」の課題

――「情報的健康」を提唱した背景を教えてください。

インターネット上の情報空間を考えるうえで「フィルターバブル」と「エコーチェンバー」と呼ばれる現象があります。

フィルターバブルは、ユーザーが好きな情報、なじみのある情報に囲まれる情報環境を指します。例えば、2020年の米大統領選で、トランプ前大統領の支持者に対してはアルゴリズムによってトランプ氏を応援する記事ばかりが表示され、逆にバイデン氏の実績を称えるような記事は「どうせ読まれないだろう」と判断され表示されない、ということが起こり得るということです。

一方のエコーチェンバーは、ソーシャルメディアで(1)自分と趣味・趣向が類似した人たちばかりと友達になる(2)自分の意見に周りが同意してくれる――ことを通じて自分自身の考え・信念をより強固にする方向に動く、というメカニズムのことを言います。

インターネット上では近年、ユーザーのアテンション(関心)を集めることが経済的メリットにつながる「アテンションエコノミー」(関心を競う経済)の性格が色濃く出ていると感じます。本当か嘘かは二の次。アテンションを取りに行くことが至上命題になり、質の悪い情報やフェイクニュースがはびこりやすくなっているという課題があります。

ただし、フィルターバブルとエコーチェンバーはともに、アテンションエコノミーの経済圏ではPV(ページビュー)を稼ぎたいプラットフォーマーと、見たい情報を見られるユーザーのどちらにとってもウィンウィンの関係にあり、この関係をどう崩せるのかを考えました。

「情報的健康」で訴えたいこと

――どのように「情報的健康」につながるのでしょうか。

私たちは「飽食」の時代に生きています。一方、その欲望を抑えて、健康的な食事を摂ろうとする考え方もあります。情報摂取に置き換えると、好みの情報ばかりが表示される空間は心地良く感じるかもしれませんが、それでいいのかと考えた時に健康的な「食生活」を送ることにヒントを得て、「情報的健康」という発想に至りました。

日本社会では小学生の頃から食育を行っており、それを通してビタミン、たんぱく質、炭水化物というものがあり、これらをバランスよく摂らないといけないということを多くの人が理解しています。ラーメンなど高カロリーな食事の摂り過ぎはよくないということも学びます。同じように情報に関しても、メリット、デメリットを分かって読んでいるのか、知らずして読んでいるのかでは大きな差があると思います。

――「情報的健康」の考え方はどのように社会に根付くと思いますか。

飲食業界においても健康食をアピールする企業が存在しますし、ファミレスでもメニューにカロリーや栄養素が表記されています。同じようなことが情報摂取においてもできるのではないかと考えています。

ユーザーに対しバランス良く情報を見せることは、短期的にPVが下がるかもしれません。ただし長期的に見れば、情報の多様性を高めることでユーザーの利用期間が延びるということが、研究結果で分かっています。

ユーザーの心得

――ユーザーはどのようなことに気を付ける必要があるのでしょうか。

インターネットユーザーに対するアンケートによると、フィルターバブル、エコーチェンバー、アテンションエコノミーという言葉の認知率は20%以下であるということが分かっています。情報が自分自身に向けてパーソナライズされていることは感じているものの、どの程度されているのかを知らないのが現状です。

今、自分が見ている情報は、どういう工程を経て出てきているのか。この情報が自分の目の前に置かれている理由を知っているということは、ユーザーにとって重要なことだと考えています。

Yahoo!ニュースはどう映るのか

――Yahoo!ニュースの取り組みをどうご覧になっていますか。

Yahoo!ニュース トピックスがヤフーのトップページで目立つ場所にパーソナライズされずに表示されることは、ユーザーがこれまで興味がなかった話題に触れる機会を提供していることであり、重要なポイントです。Yahoo!ニュースの記事は、どの媒体から配信されたものかを大きく表示していて、クリックすることで記事を配信した媒体のサイトへ飛べます(編集部注:記事右上に情報提供元の媒体ロゴが表示されています)。これも重要な情報源といえます。

また、Yahoo!ニュース コメントの「コメント多様化モデル」は非常に良い取り組みだと思っています。コメントは最初に上部の2、3個を読んだところで、似たコメントばかりが並んでいると、どうしても「みんながそう思っているのか」と感じ、流されてしまうところがあります。そういう意味では多様なコメントを見ることができるということはとても重要だと考えます。

Yahoo!ニュース健診」も非常に良い試みで、情報的健康のver.2.0 で必要性を訴えたリテラシー教育の考え方に近しいものだと思いました。

――Yahoo!ニュースに今後期待すること、改善の余地があると感じるところを教えてください。

人間は反射的に軟派な情報に流れる傾向があります。理性で「こういうのばかり読んではいけない」と思っていたとしてもです。まるで、食堂のメニューにバランスの取れた定食があってもついラーメンを頼んでしまう、みたいな感じです。なので、プラットフォーマーとしては硬派な情報を含む多様な情報を提示することは難しい面もあることは理解しています。それでもなお、多様な記事を読みたいユーザーのための機能を用意しておくことは重要なのだと考えます。

また、ユーザー自身が、出合える記事を「コントロール」できるようにした方がいいのではないかと思います。一度読んだ記事に似た記事が推薦されてきますが、「もう嫌だな」と思っても、それを変える術がありません。そのようにならないよう、ユーザー自身でコントロール可能になれば良いと思います。

そして、「コメント多様化モデル」の導入や「Yahoo!ニュース健診」などの施策は良いものの、導入後にユーザーにどのような変化があったのかを分析する必要があると感じます。どのような効果があったのか、またその結果を踏まえた上で今後どのような施策を講じていくのか、などフィードバックを出していただきたいと思います。

■鳥海不二夫(とりうみ・ふじお)さん

2004年東京工業大学大学院理工学研究科機械制御システム工学専攻博士課程修了(博士(工学))。2012年より東京大学大学院工学系研究科准教授、2021年より現職。計算社会科学、人工知能技術の社会応用などの研究に従事。計算社会科学会副会長、情報法制研究所理事、工知能学会編集委員長。人工知能学会、電子情報通信学会、情報処理学会、日本社会情報学会、AAAI各会員。「科学技術への顕著な貢献2018(ナイスステップな研究者)」。


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