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チュニジア 店を放り出したまま戻ってこないオヤジ

 フランスにとって、地中海を越えるだけで行けてしまう(アルジェリアと同様に)最も身近なアフリカがチュニジア。旧植民地だけあって道行く人の半数はフランス語を話し、フランス人の旅行者も圧倒的に多い。

 国土は日本の半分にも満たないコンパクトさで、そんな国に航空券の関係で2週間も居たものだから、かなりのんびりとした旅程に。よほど暇そうに見えたのだろうか、行く先々でいろんな人に声を掛けられた。

 ケルアンという古い町で、見どころをひと通り回ってホテルに戻る途中、市場に寄ったら野菜を売る屋台のオヤジに、現地の言葉で話しかけられた。何を言っているのか分からなかったが、取り敢えず日本人であることは伝えた。そのうち「お前はここで待っていろ」という仕草をする。どうせ暇なのだ。言われたとおりに店番をすることに。

 ところがこのオヤジ、なかなか帰ってこない。道行くおばさんの何人かが野菜の品定めで足を止め、何やら値段を聞いてくる。「いえ、売っているのは僕でなくて……」と答えると、みんな苦笑いしながら去っていく。若者が、「じゃあ、誰が売っているんだ」とフランス語で笑いながら通り過ぎていった。

 みんな地元の人だろう。毎日というほど市場に来ていて、本来の売り子をよく知っているはず。今日に限って座っている東洋人に、金を渡して買いものができるとでも思ったのだろうか。何とも不思議だった。

 1時間待っても帰ってこない。何かハメられたと思ってもう帰ろうと立ち上がろうとしたら、オヤジがフラフラと戻ってきた。さすがに頭にきて文句を言うと、オヤジも怒り出す。今でいう逆ギレ。「とにかく来い」。そんな素振りでオヤジは来た道を引き返す。店はそのまま……。

 着いた先はオヤジの家らしかった。オヤジの仲間が3人いて、みんなフランス語を話せた。「クスクスを作ってあるから食ってけ」。チュニジアやアルジェリアの郷土料理というか主食というか。パリでも北アフリカ料理を出す店に行けば、普通に食べられる。店を放り出したままと伝えると、「どうせ儲からない、いいんだ」。

 見るからに乱暴そうなオヤジは、通りがかっただけの見知らぬ日本人をもてなすために、日々の食い扶持を稼ぐための店を平気で放り出して、クスクスを作っていたらしい(写真左端)。日本人には合わせることのできない時間感覚。ほかの日本人だったら1時間も待っていただろうか、そういう自分も1人でなかったらそれだけ待っていただろうか、待っていて良かったとほっとした。

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