見出し画像

リアルとオンラインが助け合う世界へ。オンライン美術館HASARD 宮本洋子さんインタビュー

今回はWebでアートが楽しめるオンライン美術館「HASARD(アザー)」の宮本洋子さんにお話をお伺いしました。

公式サイトを見ていただくとわかるのですが、誰もが知る名画の数々がなんと無料で楽しめます。
宮本さんに、アートを通したこれからのオンラインコミュニケーションのあり方についてお聞きしました。

HASARDがはじまるまで。

ー 宮本さんが「HASARD(アザー)」運営をはじめるまでの経緯をお教えください。

宮本:HASARDのスタートはコロナ前の2019年4月で、「オンライン美術館」という名称を生み出したのが、このサービスです。設立者の方が超多忙になられ、たまたまご縁を頂いた私が2021年に運営を引き継ぐことになりました。

ー サービスとしては、コロナ渦以前からあったんですね。どうして引き継がれたんですか?

宮本:2020年からのコロナのパンデミックによって、それまで積み上げてきた経済のシステムや社会環境が崩れていってしまいましたよね。自分自身の状況も激変し、周囲が苦しんでいることに対して何もできない無力感を抱いていた中で、HASARDに出会いました。元々西洋絵画や芸術が好きだったので、何気なく見ているだけでも救われましたし、癒されました。オンラインでのアート鑑賞が心の支えになったんです。

ー ご自身がオンラインのアート鑑賞で心動かされたんですね。

宮本:はい。私自身はもともと美術の専門家ではないのですが、HASARDを引き継ぐことになり、サイトを訪れる人が、美しい作品を見てリラックスした時間を過ごせる場所にしたいと考えました。新しいコンテンツを作り、世界の有名美術館の代表的作品が見られるコーナーを新設したり、テーマ性のある展示も加え、古典だけでなく取り扱う時代の幅を広げるようにしました。アーティストの個展も継続し、応援者や関わる仲間も少しずつ増えてきました。

ー 有名な作品の数々が、かなり画質にもこだわって観覧できることに驚きました。

宮本:ありがとうございます。おっしゃる通り、画質にはかなりこだわっています。画像が美しいので、PCやタブレットなどの大型画面で見るほうが迫力があってオススメですが、スマホから見られる気軽さも売りです。スマホの場合は画像を拡大できるので、拡大しても画質が落ちないような品質を保つことを重視しています。特に西洋絵画は、背景の細かいものに色々な意味やストーリーが隠されていたりしますので、スマホでもぜひ細部までじっくり見ていただければ嬉しいです。

ー 若年層はスマホで見る方も多そうですよね。

宮本:そうなんです。リアルの美術館に足を運ぶのは、比較的年齢が高い方も多いですが、HASARDのユーザーは、若い世代が圧倒的に多いんです。デジタルに慣れているということもあるでしょうね。美大生や高校生から質問やコメントをいただくこともよくあります。コアなアートファン層以外にも「美術に詳しくはないけれど、絵を見るのは好き」というライトなファン層にも見てもらっていると思います。新しい展示を企画する際は、ライトな層にも楽しんでもらえるように、有名どころを揃えつつ、並列して少しマニアックな展示を出すことで、新しいアートに出会える場所にするよう心がけています。

ー パンデミックの最中で引き継がれたと思いますが、楽しまれるユーザーに変化はありましたか?

宮本:それは多くの方に良く聞かれることなのですが、実はパンデミック以前とそんなに変化はないんですよね。「美術館に行けなくなったので、オンラインで代わりに楽しめるものはないかと探していて見つけた」という新規のユーザーも、一定数いらっしゃいます。でもそれ以上に、パンデミックの前から、美術館になかなか行けなかったり、時間に縛られずいつでも気軽にアートを楽しみたい、という人たちのニーズに応えることが、HASARDが担っていた役割だったのだと、改めて認識しました。

オンラインの制約。リアルの制約。

ー 有名な作品も無料で楽しめるのはなぜなんですか?

宮本:展示する画像はすべて、著作権が切れたパブリックドメイン(公有知的財産)のものを活用しています。現代のアーティストの作品や、著作権が切れていない近代の作品は展示できませんし、また古い作品でも著作権があるものは掲載できません。オンライン展示における作品でも制約は多いです。

ー 細かい制約があるんですね。

宮本:そうですね。でもリアルな美術館にも制約はありますよね。世界中に散在する作品を扱う企画展などは、作品を借りる交渉や、作品を実際に運搬して設置する大がかりな作業が必要ですし、経費がかかるため、展覧会を経済的に成功させるために、集客しやすい有名な作品を集める必要もあります。

ー 確かにそれは、ある種の制約ですね!

宮本:HASARDには、そういった物理的な制約や、経済的な制約はありません。あまり人気を呼ばないかもしれないけれど、ぜひ見てもらいたい、と思う展示も出せるので、マイナーな作品も見ていただける自由があります。

ー HASARDは無料でアートを楽しめるのですが、どのように収益化しているんですか?

宮本:収益化はしていません。現在は、HASARDの理念に共感して頂いた協賛者の方から毎月サブスクで支援を頂く、という形で運営しています。協賛者の皆さまには本当に感謝しかないです。「誰でも・いつでも・無料で」アートを楽しめることを理念に掲げているので、今後もユーザーから鑑賞のための利用料を取る予定はありません。ただ、サイトの改善や新しいサービスの提供には経費がかかるので、今後は企業とのタイアップなどで収益を上げることも考えています。協賛していただける方も募集中ですので、サイトから詳細ご覧いただけると嬉しいです!

デジタルならではの表現について。

ー HASARDは「動く絵画」など、オンラインならではのアートの楽しみ方も提案していますよね。

宮本:動いたら面白いんじゃないかと(笑)。実はこれはサイト設立者の方の作品なんです。オンラインならではの楽しみ方なので、もっと作品数を増やしたいのですが、動きを加えたい作品を選ぶことや制作自体に時間がかかるので、増やせていないのが現状です。ここでしか見られない作品なので、多くの方にご覧頂けると嬉しいですね。

ー 近年では、AIイラストやNFTといったデジタルならではの表現も増えていますが、宮本さんはどのように捉えてらっしゃいますか?

宮本:すごくポジティブに捉えています。リアルの作品ですと、やっぱりデジタル変換した際にオリジナルの作品とは違ったものになりますよね。でも、デジタル作品の場合は、オリジナルのままで見られるという良さがあります。

ー なるほど。

宮本:HASARDでも、時々デジタルアートを制作するアーティストの個展を開催するのですが、すごく好評ですよ。最初は、古典の名作と並列して出すのはユーザーに混乱を招くかとも思いましたが、今は、垣根なく両方を楽しめるのが、オンライン美術館の良さではないかと考えています。

アートは、人生をより良くしてくれる。

ー 理念として「アートをもっと身近に」を掲げられていますが、どのような思いからですか?

宮本:アートを楽しむために美術館に行くには、多くのハードルが存在します。美術館自体に敷居が高いと感じる方もいますし、地方に住んでいると近くに美術館がなかったりします。また、近くに美術館がある場合でも、健康上の理由で出かけて行けなかったり、仕事の都合で開館時間中に都合が合わせられない方もいらっしゃると思うんですよ。

ー なるほど!

宮本:例えば海外にある作品や、壁画のように動かせない作品は、その場所にいかないと見られませんよね。有名作品などは特にそうですが、リアルではアートに触れるまでの制約が多いのです。オンラインでの展示はそうした制約を取り払ってくれます。世界にはリアルでは一生見ることがない作品も多いと思いますが、そうした作品を、オンラインでいつでも見ることができたら大きな価値があると思います。

ー 確かにそうですね。

宮本:例えば、海外にある作品や壁画のような作品は、その場に出向かないと見られないものもありますよね。リアルでは、アートに触れ合うまでのハードルが実はたくさんあると思うんです。デジタルはそう言った制約を取り払ってくれます。もちろん、リアルな作品ではないですが、身近に見て触れ合えるといいなと思って、理念にしています。

ー 障がい者施設の個展を手掛けたりと社会的な意義もあるサービスですね。

宮本:個展コーナーは、アーティストだけでなく、一般の方の作品展示もしています。アートというのは、人が生存するためには、あってもなくてもいいものですよね。けれども、人間が人間として生きていくためには必要不可欠なものだと思います。私たちが何かを考えるきっかけになったり、感情を動かされたり、それが行動に繋がっていくこともあります。アートをきっかけに文化や歴史を知ることもでき、自分の知らない世界のことを理解しやすくなることもあります。一人でも多くの人がアートを通じて人生をより良い方向に変化させ、結果として社会が良くなることを願っていますし、もしHASARDがその一翼を担えることがあるなら、それ以上の喜びはないですね。

リアルとオンラインが相互に助け合う世界。

ー「オンラインよりリアルな方がいい」といった比較についてどう思いますか?

宮本:リアルのアート作品は、オンラインで見るより本物がいいに決まってます(笑)。ただ、オンラインとリアルを比較すること自体にはあまり意味がないのかなと思います。それは、コミュニケーションにおいても同じですよね。リアルとオンラインの両方が上手に絡み合ってこそ、双方がよりよくなるものだと思うんです。

ー あぁ。そもそも比較に意味がないのかも。

宮本:例えばHASARDなら、世界の色々な場所に点在する作品を一堂に集めた展示ができます。リアルでは完全にはできないことを簡単に実現できるのは、デジタルならではの強みです。リアルとオンラインの両方が補完し合えることには、大きな価値があると思うのですが、そうした世界は、まだまだ始まったばかりです。パンデミック以降いろいろな形を模索しはじめて、現状はまだうまく行かないことが多いかもしれません。これからもっと良い方向を模索していくところですよね。

ー 確かに早急に結論づけるのでなく、みんなで話していくといいのかもしれませんね。

宮本:コロナ以降のコミュニケーションにおいても、オンラインでのミーティングやチャットなどの多様な選択肢が増えたことで、仕事でもプライベートでも格段に便利になりましたね。一方で、世代によって新しいツールに慣れない方がいらっしゃるのは配慮すべきことです。

ー そうですね。

宮本:リアルに会って物事を進めたいと思う度合いは、人によって違いますよね。自分は電話やメッセージでいいと思っていても、相手は直接会って話したいと思っている場面もあるし、逆のパターンもあります。対面、映像、音声、文字などのツールを、どんな優先順位で考えているのか、どういう場面で、どのコミュニケーションツールを使うのか、その感覚が近い人でないとオンラインでの共同作業がしづらいと感じることはあります。選択肢が増えたからこそ、もっと丁寧に擦り合わせていく必要があるのかなと思います。

ー あぁ。そういう優先順位とか感覚の擦り合わせって意外と考えていないかもしれません。

宮本:HASARDでの、リアルとオンラインの融合ということでいうと、リアルの美術館で開催される大型展示に合わせて、HASARDで特集展示を組むと、実際に足を運べないユーザーから喜んで頂けます。オンライン個展も、実際にリアルの展示を開催中に、その一部をオンラインで見ていただくことで、相乗効果が生まれることもあります。リアルとオンラインが相互に助け合うという一例かと思います。

ー 助け合うことが重要なんですね。

宮本:そのほかにも、人気の美術展だと、意外と本当に好きな絵としっかりと向き合う時間って取れなかったりしますよね。

ー 混んでいると、人の流れに沿って一瞬しか見られなかったりします(笑)。

宮本:そうそう(笑)。デジタルなら好きな作品を何度も好きな時に見返せますし、時間の制約もありません。

ー リアルを見てから、デジタルを補完的に楽しむのは素敵な体験ですね!

宮本:その逆もありで、デジタルを入口として、いずれリアルの作品を見る機会が得られれば素晴らしいですね。コミュニケーションにおいても、最終的には人間同士でリアルに会ってみないとわからないことも多いと思います。

これからのHASARD。

ー これからのHASARDについておしえてください。

宮本:やりたいことは、たくさんあるんですよ(笑)。例えば、作品に解説をつけたいと思っています。特に西洋絵画は、歴史や、キリスト教やギリシャ神話などの背景を知ると、作品の美しさだけでなく、作者の意図が立体的に理解できたり、解読できることがあります。そういう情報を知っている/知らないで鑑賞の楽しさや奥深さがかなり変わってきますよね。

ー すごくいいですね。

宮本:他にも、ユーザーが集まって、美術の専門家に解説をしてもらう、オンライン鑑賞会ができたらいいなと考えています。いずれ、3Dホログラムのように空間に実物大の絵画が出せるようになったら、それを見ながら鑑賞会をやりたいですね(笑)。あとは、もっとユーザーに作る側に参加してもらえると良いなと思っていて、外部のツールなども活用して、ユーザーのコミュニケーションが取れる場を作りたいなと思っています。

ー 今日はありがとうございました!

編集後記
リアルとオンライン、私たちはついつい比較したり、どちらかを選ぼうとしてしまいます。宮本さんのお話を聞いて、まだまだオンラインコミュニケーションが日常に溶け込むようになって、数年しか経っていないのだなと改めて考えさせられました。

デジタルだからこそ実現できること、リアルではできないことって、なんだろう。
美術館とオンライン美術館のように双方がきちんと助け合える、新しいコミュニケーションの形をこれからも探していけたらいいなと思います。

*****
さあ、一緒に新しい働き方へ。
NeWorkサービスサイトはこちら!

NeWork note 編集チーム:中見麻里奈、原田結衣、梶川詩央

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?