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とある小学生男子の自粛なう

どたたたた・・・と
畳の部屋の扉が開いた音がする。
「あ、まだ寝てる。」
小さな声が聞こえた。
朝だ。
2段ベッドの上から重い頭を浮かして扉の方を見ると、弟がこちらを見上げていた。私が起きたことを知ると弟はさっと隠れるようにして扉から見えなくなり、階段を降りて行く。
いつもは私と同じ時間に起きるのに、今日は何の日だったか。梯子を軋ませ二段ベッドから降りる。畳の部屋を出ようとすると、足元にあった弟の布団に猫とミッフィーのぬいぐるみが並んで寝かされていた。今日も高校生の妹と小学生の弟が二人して並べたらしい。
階段を下りダイニングへと向かうと、私以外の家族は皆朝ごはんを済ませた後だった。ふと机を見ると普段の朝食では出てこないものが置いてある。
「よりたが作ったんだよ。」
と母がそのスクランブルエッグを指して私に言う。あ、だから早く起こしたかったのか。
よりたはというとその隣で知らん顔をしてマンガを読んでいる。こちらを見てはいないが、私の反応が気になってしかたないようだ。何となくそういうのは雰囲気でわかる。
とりあえず何も言わず席につき、食パンの上にスクランブルエッグを乗せて食べる。弟が作ったと言われてまずいと感じるわけもなく、美味しく頂戴する。
「よりた、美味しい。これ。」
味をみたところで私が弟に言うと、ちらっとこちらを見て「あ、うん。」とだけ言ってまた視線を手元のマンガに戻す。にこりともしなかったがおそらく喜んでいる。

今日は私の小学生の弟の自粛期間中の一日を皆さんにお見せします。自分たちの次の世代はこんな風に小学校時代を過ごしているのか、と読み物程度に楽しんでもらえればなと思います。

9時半になると家での弟の1時間目が始まる。以前母が使っていたスマホを取り出し、時間管理アプリを開き勉強時間を計測し始めた。休校の間、一日の時間の使い方を明確にするために母に勧められダウンロードし、勝手に自分の使いやすいように設定を変え使いこなしている。
今大学生の私もデジタルネイティブと言われる世代だが、弟の使いこなし力というか直観的なアプリやサイトの操作力には敵わない。

ただ、時間管理アプリを使いこなせるからといってしっかり集中しているわけではないのが現状である。
と思ったそばから家族共用のパソコンを立ち上げYouTubeを開いた。曲をかけながら勉強すると集中できると言っているが本当だろうか。聞くのは決まってOfficial髭男dismの「55」。ループ再生にして最低でも1時間はかけ続ける。なぜ飽きないのか不思議でしかたがない。

よりたは片膝を立てて椅子に座り、算数のプリントを見ている。解いているというよりは見ている。15分前から全く進んでいない様子。
自粛期間が始まってすぐは母もしつこく勉強するよう言っていたが、疲れたらしくそれも言わなくなった。母親は2階の部屋で仕事をするため、弟は完全にのびのびしている。そばにいる私も弟に教育する義務はないため特に勉強するよう急かしたりはしない。姉とは気楽なものである。

午前中はあっという間に過ぎ、いつの間にかお昼も食べ終わった。
一息つくとよりたはゲーム実況動画を見始める。弟の周りで流行っているらしい。こんなことを言うとゲーム実況が好きな人に怒られるかもしれないが、ゲーム実況者特有の言葉づかいだったり話し方が私はあまり好きではないため、動画の見過ぎであのような話し方に弟がなってしまうのではないかと不安である。実際たまに実況者風の喋り方をする時がある。
実況動画を好まないのは母も同じで、よく実況動画を見る代わりにEテレの「テキシコー」「考えるカラス」「デザインあ」などの少しはためになりそうな番組を見させる。後ろ二つは有名なので「テキシコー」のみ説明すると、番組名は「プログラミング的思考」の後ろ3文字をとったもので、文字通りプログラミングに必要な考え方を自然に身に着けることのできる番組である。大人も見ていて楽しい番組なので暇な時間に見て見るといいかもしれない。

さて、そうこうしている内に15時になった。おやつになるかと思いきや、今日はバレー部のオンラインミーティングがあるようだ。
父にタブレットを借り、扉を背景にしてzoomを開く。zoomの使い方も慣れたものだ。
「あ、よりた!」
よりたの友達が弟をオンライン上で迎える。
先に入っていたコーチに挨拶をすると、弟で6人全員そろったらしくミーティングがスタートした。

「今日は、この1時間で一番発言した人にパピコを後日あげるので、皆どんどん手を挙げてください。」
と、コーチが全員に対して言う。平和な競争社会が築かれているらしい。
コーチがこの自粛期間用に作った、バレーボールの戦術をまとめたプリントをクイズ形式で進めていく。コーチが問題を出すとすぐにほとんどの子が声を上げ手を挙げだす。
「はいはいはいはい」
「はい!!!」
マイクの音が割れている。パピコがそんなに魅力的なのか、それともいつもこうなのかはわからないが、何にせよ学生が耳に蛸ができる程言われている積極性が小学生にはこんなにも備わっているのかと驚く。成長の過程でこの積極性を忘れないで欲しいものである。

ところが、よりたはもう諦め気味というか、あまり真剣に聞いていない。近くに居た母が「ちゃんと聞かなきゃだめでしょ!」と怒るがZoomを気にして小声なため威力はない。しかもこれに対して普通の声のボリュームでよりたは返事をするものだから、ミーティングに混乱をもたらした。

結局その日のパピコ賞は光太君だったようだ。さぞ試合でも活躍するに違いない。

ミーティングが終わるとおやつタイムになる。富沢商店の抹茶ムースを作って食べた。抹茶ムースの素に牛乳を混ぜるだけでできるため自粛のお供である。

おやつが終わると今度は再びマンガを読み始める。最近、弟は家にあるマンガを片っ端から読んでいる。私が中学の頃に持てる財産のほとんどをつぎ込んで買っていたマンガ達が、この数カ月かなり役に立った。

床に寝そべり「NARUTO」を読みふけっている。
と、突然立ち上がり、「ママ!リクにLINEしたい!」と言った。
弟は自分のスマホは持っていないため母のスマホで友達と連絡をとっている。母からスマホを受け取り、LINEでリクとマイクラを18時から一緒にやる約束をした。18時までは少し時間があるためNARUTOを引き続き読んでいるが、読みながら歩き回ったりそとわそわしているのが目に見えてわかる。

ようやく18時が近づくとマイクラを開きリクを待つ。
「まだかなー。」
恋人が来るのを待っているようだ。
「あ、きた!」
リクがマイクラ上に浮上したらしい。それと同時にLINE電話を繋げる。大学生がZoomをしながら人狼ゲームやボードゲームをオンライン上でやるのと同じことを小学生もやっている。というよりも、外出自粛になったからこのような遊び方をしたのではなく、普段からたまにこうして遊んでいたため大学生の方が多少遅れているのかもしれない。オンラインゲームを昔からやっている人にとっては慣れた遊び方なのかもしれないが。弟がこの遊び方を始めたときはかなり驚いた。直接友達に会わなくてもかなり満足している様子には、遊び方の変化を感じさせるものがあった。
二人でワールドで何かを作っているときは基本無言なため、つい電話が繋がっていることを忘れて妹が歌を歌いだした。途中で電話が繋がっていることに気づき一瞬歌うのを止めたが、リクはとくに何の反応も示さないため再び歌い始める。Zoomをしている時にも感じることだが、家の中に「外」というか「公」が溶け込んでしまっているようだ。

一時間ほど遊んだ後、渋る弟に半ば強制的に通信を終わらせ夜ご飯を食べた。今日の夜ご飯は親子丼だ。

夜ご飯が終わると特に目当てもなくテレビを点け、ひとしきり見てからお風呂に入る。

そして、お風呂からあがると父に急かされ畳の部屋へ行き、よりたの一日が終わった。

「おやすみー」という声が明るかったので、よりたにとって今日はいい日だったのだろう。


起承転結もないので軽いノーツみたいになりましたね。名前は全て仮名です。
妖怪ウォッチ世代の弟たちは、ポケモン世代の私たちとは全く違った小学校時代を過ごしているのでした。

執筆者 よしかわ

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