夜の静寂に10kmラン ご近所にて
ゴールデンウィークという事で、世の中はすっかりお休み行楽ムード。
旅行需要が復活したことにより、巷では壮絶な宿泊先の争奪戦が起こっているようで、すっかりその大戦に出遅れた我々は、日帰りプチ旅行を繰り返す「毎日が日曜日作戦」をとることにしていた。
そんなわけで僕の旅行のひそやかな楽しみである、旅先ランはしばらくお預け…。
というか、毎日が日曜日状態なので、朝から晩まで子供達の相手に奔走しなければならず、普通に走る時間を捻出するのも難しい状況が続いている。
早朝に走ればいいじゃないか…と思うも、何故か最近は早朝ランに気が乗らないというか、うまくタイミングをつかめない自分がいる。
早起きしてもアマプラとか…観ちゃう感じ。
そんなわけで、夜ランすることにしたわけで…。
夜ランには色々とリスクがある。
街灯のないところでは足元不如意になりやすく、転倒の危険性が増す。
また車からの視認性も低下するため、道路の横断には細心の注意が必要になる。
そんなわけで、装備は大切。
両腕には反射板を巻き付け、ヘッドライトを装着。
ワークマンで買ったベストにスマホと家の鍵を収納し、腰に巻いたポーチにデオシートを忍ばせる…。
視認性と視界を担保し、様々な状態を想定し対応するための装備だが、なんというか、その、結構恥ずかしい感じの外観になる。
深夜、こんなのに出くわしたら本能的に職質したくなるのでは、警察の方は?
職質に遭うリスクよりも身の安全を…。
この格好でコンビニにも躊躇わずに入れるようになった。
…幸いまだ通報されたことはない。
ミネラルウォーターを購入し、ポーチに収納。
ランニングアプリNIKE RUN CLUBを起動し、夜ラン開始!
坂道を登り、夜の住宅街を走り抜け、街灯の少ない田園地帯へ差し掛かる。
ほとんど無人の歩道…絶好のランニングコースだが油断は禁物。
昨年の冬、ここら辺で転倒して、ひどい擦過傷を負ったことを思い出す。
沼にかかる橋を渡る。
水面は月明かりでヌラヌラしている。
「よそ見してたら月を見た…」
いつか聴いた歌のフレーズがふと浮かんだ。
呼吸を整えながら歩幅を広げる。
わりと調子がいい。
低い堤防沿いの道から公園を抜け、駅前へと続く坂道を登る。
中高生くらいの男女と保護者と思われる集団が信号待ちをしていた。
彼らと少し距離を置いて信号を待つ。
警戒されないように…。
再び走り始める。
この辺は国道に出るための路地が何本も出ているため、飛び出す車に注意が必要なポイントだ。
飛び出し坊やとか置いてもらいたい…いやこの場合は飛び出しぶうぶか。
そんなアイテムあるのかなぁ…などと考えていたら、案の定、車が飛び出してきて歩道をふさいだ。
助手席の男と目が合う。
不服そうな顔をしている…。
ヘッドライトが眩しいのだろうか…。
やはり必要だな飛び出しぶうぶ。
飛び出しぶうぶの意匠を考えながらふたたび走り出す。
擬人化した車が飛び出すデザイン…とか?
車の擬人化ならトランスフォーマーか。
ごてごてしてるな。
出来ればシンプルなデザインの方がいいな、デストロンのエンブレムみたいな。
いや、通じないな…抽象的すぎる。
デスレース2000年のジャケットデザインを看板化して、等間隔で配置するとかどうだろう?
などと愚想を巡らせながら、駅を大きく迂回するルートを進む。
6kmほど走っただろうか…。
駅の裏口に続く坂道に差し掛かる。
怪しい看板が目に入る…。
「珍獣イマス」
飲食店のようだが…まだ一度も入ったことがないので実態は把握できていない。
コロナ禍を生き延びて営業を続けているところを見ると、しっかり地元に受け入れているのだろうが…。
などと看板の前でぼんやり考えていると、お客と思われる集団が僕の目の前を通り過ぎ、お店に吸い込まれていった。
中高生の男女とその保護者と思われる…って、さっき交差点で見かけた人たちでは?
彼らの辿った最短距離と僕の迂回ルートとでは距離に差があるものの、同じタイミングで同地点で鉢合わせたことに、軽く衝撃を受ける。
駅に続く急な登り坂を一気に走り切る。
ペースを守りながら古い住宅街へと続くだらだら坂を登ると、こんどは住宅街を突っ切る急なくだり坂…。
坂を下り、次いで現れた平たんな道を1kmほど走ると再び坂道が現れる。
この時点でおよそ9kmを走破。
坂道を登り切り、国道の沿道へと足を向ける。
坂道を下り…再び登坂。
息が切れてきた。
大きな国道の歩道を走る…道はあまり良くない。
視点は前方2メートル付近に固定し、残りの体力を駆使してペースを死守。
排ガスにまみれながら、最後の信号を曲がり、目的地の神社までのくだり坂を疾駆…したいができない。
足がついていかない…呼吸も乱れている。
きっとひどい顔してるに違いない。
アプリが10kmの到達を告げる。
足は止めない。
月明かりにぼんやり照らされた白い石鳥居が、うっすらとおぼろげに姿を表した。
汗も苦痛も疲労も雑念も…一切合切が夜風に溶けていくのを感じた。