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『怪異猟奇ミステリー全史』風間賢二 著(新潮選書)

毎月更新 / BLACK HOLE:新作コンテンツレビュー 2022年02月

 ミステリーの文学史というのは大概良くも悪くもマニアックなもので、大概「本格中心史観」とでも呼べそうな、ある種定式化されたストーリーに落ち着いてしまいがちだ。平凡な人々の動機や人間関係の謎を追及する「社会派」のブームが退潮し、「リアリズム」にこだわらず不可解な謎と論理的解決を重視する「新本格」が覇権を得た(とされる)以降、現代のミステリー文学史は、そうした趨勢を反映するあまり、その「起源」を忘却してしまうことがある。すなわち、「ゴシック」であり、「怪異猟奇」の精神である。

 スティーヴン・キング研究や幻想文学の評論で知られる風間賢二による本書『怪異猟奇ミステリー全史』は、従来「傍流」に押しやられがちだった「怪異猟奇」の文学の流れを、当時の思想や(擬似)科学といった文化史的背景のもとに描き出す。本書の前半では、18世紀イギリスでゴシック小説が流行し、恐怖を審美的対象とする眼差しが生まれた経緯や、ヴィクトリア朝における殺人への関心の高まりが生んだ物語群が、アメリカでエドガー・アラン・ポーに影響を与え、アーサー・コナン・ドイルらの探偵小説につながっていく流れが概説される。スピリチュアリズムや退化論といった擬似科学が文学に与えた影響も強調されている。関連する数々の小説や映画の紹介が織り交ぜられ、いずれも読書欲をそそられてしまう。

 後半では日本の事情が解説される。明治維新を経て欧米文学が日本に輸入されるようになると、随一の人気を得たのが黒岩涙香による探偵小説の翻案だった。ジュール・ヴェルヌなどの影響下で押川春浪らのSFなどの「娯楽小説」が台頭する一方で、「純文学」の作家である谷崎潤一郎や佐藤春夫も探偵小説を執筆した。江戸川乱歩の登場以降、大正から昭和にかけて、エロ・グロやナンセンスといった流行と時を同じくして、日本探偵小説は第一の黄金期を迎える。ジャンルの混淆のなかで徐々に「探偵小説」が自立し、「本格」と「変格」の分岐に至る流れがわかりやすく語られる。

 大戦を経て探偵小説は「推理小説」へ衣替えし、さらに広義の「ミステリー」へと拡大してゆく。90年代の「新本格」ムーブメントは戦前の「本格」を再興する試みであったと同時に、「変格」の精神をも蘇らせたのだという指摘が興味深い。清涼院流水や舞城王太郎のようにアンチ・ミステリーという枠組みにも収まらない作風を「パラ・ミステリー」と呼称することも提唱される。

「ミステリーって『13日の金曜日』とかじゃないの?」なんて言ってしまうような人から、「本格」原理主義のマニアまで、「ミステリー」に惹かれるすべての人におすすめできる一冊だ。

(赤い鰊)

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