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アニメ『ID:INVADED イド:インヴェイデッド』

毎月更新/BLACK HOLE:新作映像作品レビュー 2020年3月

 ミステリーの映像表現には特有の難しさがある。でもだからこそスパッと鮮やかに決まる作品の良さが際立つ。鬼才・舞城王太郎が脚本を務めるアニメ『ID:INVADED』は見事なアイデアで映像表現史に新たな可能性を切り開いた。

 第一話は、体がバラバラになった男が眼を醒ます場面から始まる。そこは明らかに現実とは異なる物理法則が敷かれた異空間であり、男は「世界」そのものの意味を推理し、自分が何をすべきかを思考する。話が進むと、その空間が「イド」=人間の無意識空間であり、主人公は「ミヅハノメ」という機械によって連続殺人犯の「イド」を探索し、事件を解決する「名探偵」なる役職であることが明らかとなる。

 一見突飛な設定を導入しているようでありながら、その実、本作のテイストは堅実な警察ドラマに近い。事件が起こり、チームで捜査し、ピンチを乗り越えつつ大立ち回りの末に犯人を逮捕する。シリアルキラーの描写やツイストの手法も非常にクラシカルだ。

 注目すべきは「イド」の設定により犯罪心理を大胆に可視化し、捜査役が殺人犯の心理を追求する過程をアニメ的表現の中に落とし込んだという点である。犯罪心理も刑事側の思考過程も、本来は眼に見えない。だが本作では、その両者を異空間「イド」によってわかりやすく可視化している。

 推理過程の映像化という試みとしては、過去にカンバーバッチ版『SHERLOCK』での「手がかりを文字として浮かび上がらせる」表現がある。この斬新な手法は後の映像作品でも多用されるようになったが、『ID』における実験的推理表現も、これに匹敵する妙手といえる。

 推理過程を映像として面白く描くのは本当に難しい。近年のミステリーアニメとしては『歌舞伎町シャーロック』『虚構推理』などの作品がこの問題に果敢に挑んでいるが、これらと比しても『ID』の成果は群を抜く。『ID』における探偵たちは既存の「推理」の枠にとらわれず、異空間を自由に闊歩し、全身を使って世界を探査する。それはおよそ優雅でホワイトカラーな頭脳派名探偵のイメージとは乖離しているが、思考し推理するという一点において古典的謎解きの枠組みを維持している。そして視聴者にとっても、映像を通して探偵と一緒に推理するという一体感を得やすい構成になっているのもポイントだ。地に足のついた現実パートとユニークなイドパート。両者をバランス良く配置することで、ミステリーとして秩序ある世界観になっている。

 舞城は推理過程を思い切り無視したようなミステリを数多く書いてきた。氏の愛する探偵・九十九十九や奈津川兄弟は圧倒的想像力・飛躍力で事件を解決していき、その思考の過程は極度に直感的であり論理的に説明できるものではない。そんな舞城が、こうして推理過程の可視化に力点をおいた作品を作り出したということは一ファンとして感慨深い。警察アニメとして新たな地平を開いた『PSYCHO-PASS 3』とともに、ミステリーアニメの新時代を担う作品だ。

文責:夜来風音

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