『冬期限定ボンボンショコラ事件』米澤穂信(東京創元社)
BLACK HOLE:NOVEL 2024年5月
小市民を志す小鳩くんはある日轢き逃げに遭い、病院に搬送された。
本作は、この衝撃的なエピソードから始まる。小鳩くんの小市民を目指すうえでの相方である小佐内さんは犯人探しを始め、小鳩くんは自分が轢かれた件について考えるとともに、小鳩くんと小佐内さんの原点となった、そして今回の事件と妙に符号する、過去の事件について思いを馳せることになる。この過去の轢き逃げ事件は小鳩くんにとって初めての失敗経験となって、その結果彼は事件を嗅ぎ回る「狐」の本性を隠して小市民たることを決意する。
もちろん、過去の事件と現在の事件が相互に絡み合い、だんだん真相が明らかになっていくというミステリ的な魅力にも溢れている作品ではあるが、私は本作の青春小説としての魅力について語りたい。
青春とは、変わりゆく世界の、そして自己認識のなかで、もがきながらも自分自身というものを確立する過程のことである。少なくとも私はそう思っている。この定義のなかで改めて〈小市民〉シリーズ四部作の小鳩くんおよび小佐内さんについて語っていこう。
本シリーズでは小鳩くんと小佐内さんは小市民を目指し、そのために互恵関係さえ組んでいる。しかしながら、小鳩くんは巻き込まれるかたちで、小佐内さんは過去の罪に向き合うかたちで、探偵として、そして復讐者として行動してしまい、しかもそのことを楽しんでしまっている。彼らも自分がただの小市民ではいられないことに気がついていたことだろう。にもかかわらず、彼らは自分たちの過去の失敗から目を背け、無理やり自分自身が小市民を目指していると信じてきた。
少なくとも、今回の轢き逃げ事件を経て、そして彼のトラウマであった過去の轢き逃げ事件とも向き合うことによって、小鳩くんは自身の傲慢な「狐」の本性を苦々しく思いながらも受け入れて前に進むことを決めたのだ。そして、小佐内さんも、ただの利害に基づいた互恵関係ではなく、自分自身が選んだ人間関係として小鳩くんとの関係を続けることを示唆している。これが青春の福音でなくて何だというのだ。
最後に、松浦正人氏による解説を引用しよう。
これからの小鳩くんと小佐内さんがどう変わっていくかは分からない。そのまま小市民らしく生きられるかもしれないし、事件に首を突っ込んでまた自己嫌悪に陥るときもあるかもしれない。しかし私は、彼らが自分の本性と折り合いをつけつつ、期間限定の利害関係ではなく、無期限の、信頼による相互関係の力でどのような事件も乗り越えていけるのだと信じている。
(いりや)