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僕のレンズで見た世界 #6

『この美しき手のために』というモーツァルトの作曲したバスアリアをご存知だろうか。ウィーンの興行師シカネーダーの主宰する一座に所属していたバス歌手、フランツ・グザヴィエ・ゲールとウィーンの劇場所属のコントラバス奏者、フリードリッヒ・ピシュルベルガーのために書かれたとされている。一説によるとこのピシュルベルガーがコントラバスを演奏している手の動きがとても美しく、モーツァルトがメロメロになってしまったという作曲の動機もあったようだ。


ということで、音楽家の手はかようにも美しく、そしてその美しき手から紡ぎ出される音は聴衆の心を捉えているのであります。そんな音楽家の手に注目して今回の「僕のレンズで見た世界」を進めていきましょう。

それでは新日本フィルハーモニー交響楽団(以下、新日本フィル)のコンサートに登場する楽団員、ソリスト、指揮者の手をご覧ください。



音を出す手と出さない手

ひとくちに音楽家の手といっても音を出す手と出さない手があります。音を出さない手の代表格と言えばこちらではないでしょうか。



誰の手でしょうか


こちらの手の持ち主は新日本フィル第5代音楽監督の佐渡裕。

演奏会後にも関わらずにこやかな音楽監督

手自体も大きく、肉厚な手のひらやその手に持っている指揮棒をダイナミックに動かしてオーケストラ全体を動かしています。

指揮棒を持つ指揮者と持たない指揮者と2タイプに分けられますが、演奏者側からするとどちらの方が演奏しやすいということは特になく、それぞれのタイプの指揮者が表現するにあたり得意な方を選んでいます。

また演奏者は演奏中に指揮者のどのあたりを見ているのかというと、筆者は主に指揮者が手でかき回している空間をおおよそで捉えています。指先や、指揮棒の先端を目で追うのではなく、手や指揮棒が描いている動きを見て音楽の流れを把握しています。

次は音を出している手


続いては音を出している手をご覧ください。

スリムながらも筋肉のついた手ですね。


白と黒の88鍵盤の上を自在に駆け回り最大で10個の音を同時に出すことができる手です。

こちらの手の持ち主は4月の「すみだクラシックへの扉」でソリストを務めてくださった角野隼斗さんのものです。


角野隼斗さん©︎Ryuya Amao

軽やかに、リズミックに、そして力強く鍵盤を叩くその手は実演でもyoutubeでも大人気。

オーケストラのコンサートにおいてコントラバス奏者の演奏位置からピアニストの手が直接見えることは少ないのですが、ソリストの方はリハーサルの休憩中などオーケストラが休んでいる時間帯にステージで練習をしていることが多いため、私はその様子をちらりと見学させてもらい自分にはできない手の動きにうっとりと魅せられることも多々あります。

角野さんは新日本フィルと5月の全国ツアーでもご一緒していただけます。


ここからはオーケストラプレイヤーの手

オーケストラの中にはまだまだ「美しき手」をもった演奏者がいます。

こちらは先ほどの角野さん同様に直接音を出している手の代表格ではないでしょうか。



バチを持っています


2台から4台の大きな太鼓を左右の手に持ったバチを使い叩きます。

こちらの手は新日本フィルの首席ティンパニ奏者、川瀬達也のものでした。



何やら真剣な眼差し


ティンパニは打楽器の中では珍しく音の高さをコントロールすることができます。

その存在感の大きさから影の指揮者などと呼ばれることもあります。コントラバス奏者目線からだと、我々と同時に音を出す機会の多い楽器なので同じようなタイミング、音色、音が示すジェスチャーで一発の音を出せた時には達成感のある仲間の楽器の1つです。

上に掲載している写真は楽器全体の革の張り具合を調整しているところです。さらに手にズームインしてみましょう。



左手に持つものは!?

ティンパニは音の高さを変えられると書きましたが、そこで重要になってくるのが奏者の調整技術。左手に持つキーによって楽器に張られている牛の革の張力を一様になるように調整します。


続きましては音を出すわけではないが、音作りに重要な役割を持つ手です。


ホルンは金管楽器に属しますので音は唇のバズィングで作ります。各楽器それぞれのヴァルブシステムで音高を変えていくのですが、ホルンは右手を楽器(ベル)の中に差し込む唯一の楽器です。奥に差し込みすぎて手がどのようになっているのか外から見ることはできません。
ベルの中に手を入れて何をしているのかというと、手の形を操作することで音の微妙な高さを調整したり、ゲシュトップと呼ばれるくぐもった音色を出すのに使用しています。

ベルの中すぎて手の形は見えないので出していただいた写真がこちら


こんな形になっているんですね


さてこの手を披露してくれたのは新日本フィル・ホルン奏者の藤田麻理絵でした。
お顔よりキラキラに輝く楽器の写真を載せて欲しいとのリクエストによりこちらの写真でご紹介です。


藤田麻理絵とその愛機

藤田麻理絵プロデュースの新日本フィル室内楽シリーズのコンサートが2024年4月22日にあり、そちらに向けて気合十分とのことでした。

さて次の美しき手は弦楽器奏者のこちら。


モーツァルトの愛した手もこんな感じだった?


弦楽器の中では低音に属しながらも、歌うような音色がどの作曲家にも好まれ重要なところでソロを担当することも多いチェロです。

おなじチェロという楽器でもそれぞれに個体差があり、また手の形の基本形はありながらも、それぞれの楽器の個体差や、体格の個人差により手の形は変わってきます。こちらの左手を披露してくれたのは新日本フィル・チェロ奏者の飯島哲蔵です。


弦楽器における手の役割は左手が音の高さを決めるポジショニング、そして右手が音を出す弓を操作するボウイングとなっています。ボウイングはいかに音を出すかという音色の部分も担っているため、左手以上に個人差があり各プレイヤーの個性の源となっています。

そんな右手のボウイングの仕草も写真で見てみましょう。




次にお見せするのは音の高さを作るというところでは弦楽器と同じですが、先進的なキーシステムがついている楽器を操るこちらの手です。

オーケストラのコンサートの1番初めのAの音を出す楽器と言えば


先進的なキーシステムとは言えその基本構造を開発されたのは1800年台なかば。半音階を出すことさえ特殊奏法と呼ばれた時代を経て、さまざまな音の並びを実現するために多くのキイが追加され現代に至っていますこのオーボエを演奏する手の持ち主は新日本フィル・首席オーボエ奏者の岡北斗。


単純な音の伸ばしの中にもドラマと心情を込めることができる新日本フィルの大事なオーボエ奏者です。


オーケストラの中にはさまざまな楽器があり、その楽器の数だけ操る手があります。

みなさんのお好きな楽器も演奏している手に注目してみるとまた違った聞こえ方がするかもしれませんね。

城 満太郎 (じょう まんたろう)

千葉県出身。東京藝術大学音楽学部を卒業後渡独。ベルリン・ハンスアイスラー音楽大学卒業、ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団より奨学金を受け同オーケストラアカデミーにて研鑽を積む。吉田秀、永島義男、エスコ・ライネ、マティアス・ウェーバー、スラヴォミル・グレンダの各氏に師事。
2011年入団。現在新日本フィル コントラバス・フォアシュピーラー。

Twitter:@JMantaro
Instagram:@MANTAROJO

ヘッダー写真:木下 雄介

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