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『希望』を与えてくれるもの。

政治家・大西つねきさんが、2013年、震災後に書いた一冊目の本、『希望〜日本から世界を変えよう』を読み終えた。

全く新しい金融政策(改革?)の話もあり、経済学をこれまで一度も学んだことのない私は読み終えるのに時間がかかってしまったし、きっとまだまだ理解が足りていない部分もある。だが、それでも、この本に流れる、彼の「思想・哲学」のエネルギーに圧倒された、という感覚は本物である。

まず本文に入るよりも先に、著者である大西つねきさんの情報にアクセスしたい!という方のために公式サイトのリンクを貼っておく。彼の思想や基本政策などが、ホームページには見やすくまとめてあるので、是非そちらも覗いてみてください。

大西つねきさんの公式サイト:

フェア党の公式ページ:

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この本には、米国の大手銀行で働いた経験のある、お金のプロ(つまり、つねきさん自身)が本気で考えた、全ての人が自由な選択肢をもつ社会、フェアに生きることができる世の中をつくるためのアイディアが詰め込まれている。

現在のお金について説明した箇所がとても分かりやすかったため、少し長いが紹介したい。「第五章 お金の仕組みを変える」より。

"そもそも、お金とはどうあるべきなのだろう?よくお金には裏付けが必要だと言われる。でなければ、それはただの紙切れに過ぎず、誰もそれを価値あるモノと交換しようとは思わないからだ。...(中略)...私は、現代のお金の裏付けは「人間の労働」であると考えている。...(中略)...全ての価値を生み出すのが人間の労働であり、それといつでも交換できる、すなわち労働力を買えるということに、お金のパワーの源がある。...(中略)...労働がお金の裏付けだとする根拠はもう一つある。それは、今のお金は本来、労働の対価として使われることを前提に発行されているということだ。民間銀行の融資として発行されるお金は、その時点では銀行が無から作り出しているため、なんの裏付けも持たない。だが、借り手がそれを使い、新たな価値を生産すれば、それが発行されたお金の裏付けとなる。新たな価値を生産するには、そのお金で人やモノを動かさなければならない。それはすなわち労働を直接買うか、労働の結果生まれたモノを買うか、いずれにしても誰かの労働の対価として使われるということだ。したがってこのシステムは、人の労働を「仮の裏付け」としてお金を発行し、実際にそれと交換されることによって新しい価値を生み、その価値が真の裏付けとして置き換わる仕組みなのである。"___大西つねき『希望〜日本から世界を変えよう』、フェア党、2013年、124〜126頁

彼の理論を取り入れると、FX(為替証拠金取引、というらしい。)など投機取引(通貨などの短期的な売買を行い、価格差から利益を得る取引)は、全く価値を生み出さないもので抑制すべきものというわけだ。その考えは、「第八章 税金は国の形を作る」の「投機取引を抑制する」でも述べられている。

"日本でも、儲かるからと言って、主婦を含め、多くの人がFX、すなわち為替証拠金取引などをやっている。いつの間にかそれが大きな資金を動かし、海外のトレーダーからはミセス・ワタナベなどと言われる一大勢力となっているが、何とも浅ましい限りだ。それで儲けたお金は、誰かから奪ったお金だ。...(中略)...お金を儲けることは否定しないが、それなら労働し、自ら価値を生み出して儲けるべきだ。"___大西つねき『希望〜日本から世界を変えよう』、フェア党、2013年、230頁

この意見に、強い同意を示したい。

金儲けだけが、人生なのだろうか。いや、そうではないと私は信じている。自分の道を貫き、他を助け、隣人と共に、そして未来の世代のために美しい地球を守って生きていくことこそが、人生なのだと思う。とまあ、少し大袈裟には書いたが、もっと喜びの生まれる仕事をしたくはないのかなあ、と、FXをするような人々に対しては思うのである。

つねきさんは、世の中のアンフェアについて、とても誠実に、真剣に、怒っている。人々が現在のお金のシステムによって、自由な選択をできなくなっていることを問題視している。その着眼点は正確で、現状の問題把握についてとても丁寧に説明している。それに加えこの本の中では、こうすれば良いのではないか、と彼のアイディアも豊富に提供している。

次は、これを受け取った私たちがどう動くかだ。結局は、全てそうである。政治家が社会を変え、社会を作るのではない。私たちがどう生きたいか、どう世界をつくっていきたいか、その思想でもって、どう行動するかだ。

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現在の自民党政権による弱者を虐げる政治や、周囲を取り巻く絶望的な社会状況に疲れてしまった私を強く照らす、この本は、まさに「希望」だ。じわじわと、この本のタイトルの響きが、胸の中に広がっていく。なんて素敵なタイトルだろうか。

今は『若者よ、マルクスを読もう』(内田樹、石川康宏共著)という本を読んでいるが、その中で二人が話している、人類学者のクロード・レヴィ=ストロースの逸話は、つねきさんの本から発せれているエネルギーを思い起こさせた。

"〔「檻」を抜け出す勇気がもらえる〕
...(中略)...内田先生は、レヴィ=ストロースが、執筆の直前にマルクスを数ページ読む習慣をもっていたということを紹介し、それが自分の思考の「枠組み」を、自分がとらわれている「檻」として自覚し、それを抜け出そうとする意欲や衝動を喚起するための行為だったのではないか、ということを書かれていますね。...(中略)...私には現代を分析する時に「何かおもしろい視角がないかなあ」とマルクスの中にヒントを探しにいくことがあるわけです。しかし、その探しの中身が何であったかとふりかえってみると、それは必ずしも目前の課題に直接適応できる理論としての何かではないのですね。いわれてみれば、より大切だったのは、ものごとを大胆に分析させる「大志」や「勇気」を得ることだったように思えます。"___内田樹、石川康宏『若者よ、マルクスを読もう 20台の模索と情熱』、かもがわ出版、2010年、54〜55頁

怒りは人々を動かす力をもつかもしれない。しかし、明るい未来を切り開くものは希望だ。勇気や信念だ。内田樹さんの言っていた言葉の意味が少しだけ分かったような気がする。とある本で内田さんは言っていた(『内田樹の生存戦略』、だったと思う)。

"悲愴な顔をして行った革命は悲愴な顔つきの人々からなる社会をつくりだすことになる。"___内田樹、2016年

その点で言えば、今夏公開された原一男監督の『れいわ一揆』は、同じ人物が登場していながらも(つねきさんも'れいわ新選組'の元党員であるため)、全く違うベクトルの映画だった。これは、未来への希望を指し示すというよりも(作り手には多少なりともその意図もあっただろうが)、現代日本への怒り(や、それを基とした問題提起)に重きを置いた作品だった、と私は捉えている。感情と感情の衝突。だからこそ、あの身体の芯から揺さぶられるような芸術が出来上がった。だがしかし、それは同時に私に絶望をも、もたらした。同じ地球に住む人と人とが、罵倒し合い、互いに憎悪の感情をぶつけ合う様子は、なんとも虚しく悲しい光景だった。

たしかに、負のエネルギーも必要だ。私の社会変革を望む行動の原動力も、苦しみと絶望である。でも、それだけでは人間は、疲れ切ってしまう。本当に幸せな世界のため社会に革命を起こすというのならば、その行動の中心にあるべきものは、「光」だ。希望だ。

そしてその希望を、この本は私たちに与えてくれる。

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最後に、巻末からフェア党理念を引用して今回のnoteを終わりにしたい。

"フェア党理念

フェア党は以下に示す理念に基づいた社会を作るために活動する。

一、フェアである社会
我々が暮らす社会は、人種や国境、さらには生物種、時間の枠を超え、全ての命に対してフェアでなければならない。我々は将来生まれ来るいかなる命に対してもフェアである義務を負う。我々の社会の仕組みを決める際、我々は常に広くこのフェアの概念を適用し、それに従って判断、議論しなければならない。判断に迷ったらいつでもこの理念に立ち戻り、その状況における「フェアとは?」という問いから始めるべきである。

一、個人が自由で自立した社会
我々は常に個人として自由に考え、判断し、行動しなければならない。それは自由であると同時に責任である。何故なら、時として体制が生み出す不正義、アンフェア、誤った方向性に異を唱え、新しい方向性を与えうるのは、個人の自由な心に基づく判断、行動であり、それは社会の最も重要な自浄機能であるからである。物言わぬ個人はファシズムを育て、自由民主主義を殺す。よって我々は普段の努力によってその責任を全うしなければならない。個人の自由は公共の秩序や交易に優先し、他者の権利(公共の福祉)を侵害する場合にのみ制限されるものとする。

一、持続可能な社会
将来にわたって生まれ来る全ての命に対してフェアであるためには、持続可能な社会でなければならない。持続不可能な社会は未来の命に対する重大なアンフェアである。また、人類の発展だけを考えた社会はその他の生物に対するアンフェアであり、人類にその権利はない。持続可能性は経済合理性よりこれを優先する。

一、何故を問う社会
時代とともに変化し続ける社会において、あらゆる精度の合理性は常に問われなければならない。何故そうあるべきなのか?という問いを常にぶつけ、フェアの概念に照らしてその合理性、正当性を問い直すことが、多くの人々にとって納得できる社会制度を作る術である。過去にそうだったからという理由だけで現状を追認する思考停止に陥ってはならない。

一、他を尊重する社会
我々は他を尊重しなければならない。たとは自己以外の全てを指し、人、生物に限らずあらゆるものを指す。他は自己とは違い、自己ではないからこそ存在意義があるのであって、多様性が我々の社会を豊かにする。我々は、過去あらゆる文明において、異質な他を排除する行為が生んだ悲惨な歴史に目を向けるべきである。違いを認め合い、自己以外を尊重する気持ちがフェアな社会の下地を作る。

一、多様な価値を生かす社会
現状の我々の価値基準は極めて一元的になっており、貨幣に換算でいる経済的価値が他の価値を凌駕している。したがって、その獲得が社会の支配的な行動様式となり、その有無が実質的階層を生み出し、アンフェアな状況を作り出している。我々は本来、経済的価値の創出、消費のために生まれたわけではなく、他にも多様で大事な価値があることを知っている。仮にそれらが貨幣価値に換算できず、経済的合理性を持たないとしても、それは現在の政治経済体制、金融制度の問題であり、我々は制度の改善に努めつつ、それらの価値を真理の目を持って見通し、守り、将来に残す責務を負う。

一、関わり合う社会
他との違いを認め、フェアに共存し、自己以外の世界と関わりあうことにより、事故だけでは生み出せない何かが生まれ、それが社会を未来に進める。生み出されるもの全てが善とは限らないが、関わりを通じて解決できる。社会とは、なるべく多くの関わり合いを演出する舞台であり、それを阻害する要因は最大限排除されなければならない。それは、集合、移動、コミュニケーション等、関わり合いに要する手段にかかる経済的、時間的、肉体的、精神的負担その他、人の活動を抑制する全ての障害を指す。

   以上”
___大西つねき『希望〜日本から世界を変えよう』、フェア党、2013年、264頁

何かを変えなくてはいけない、弱者がますます弱められていくお金のシステムはなぜ成り立ってしまうのか、そのシステムはどう変えていけばいいのか、日々の生活に絶望を感じる、などなど、今の世の中に疑問や違和感をもつ人には是非この本をお勧めしたい。たとえ本ではなくとも、つねきさんのYoutubeチャンネルには、この本に出てきたアイディアをまとめた動画が数多く載せてある。どうか、このnoteを読んで少しでも興味を持った方がいれば、調べてほしい。

大西つねきさんのYoutubeチャンネル:

そして共感する部分があれば、それを友人や知人にも紹介していただきたいです。

みんなで、希望というエネルギーによって、この世界を日本から変えよう。



10/4/20 일요일/あかつき冬丸/

***「竹笹堂」のりんご象柄ブックカバーをかけた『希望〜日本から世界を変えよう』と朝珈琲@イノダコーヒ本店

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