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「モビリティ」から社会課題と移動を考える。「NewHere Project」中間報告会で発表された、5つのアイデア

ロフトワークがJR東日本・モビリティ変革コンソーシアムと共催する「NewHere Project」。これからの社会におけるモビリティのあり方を問い、社会課題の解決に向き合うためのユーザー視点のアイデアを公募し、社会実装を試みるプロジェクトだ。

2019年6月には、オープニングイベントを実施。その様子をレポートしている。

「ワクワク」「カイテキ」「アンシン」の3テーマのもと集まったアイデアが審査会を経て5つに絞られ、各チームは担当メンターからのメンタリングを受け、単なるアイデアにとどまらずサービスの問いの再設定やフィールドリサーチなどを実施してきた。

各チームの紹介はこちら。

8月30日に行われた中間報告会では、5つのチームが現在のアイデアをプレゼンテーション。審査員やメンター、参加者を交えての議論も行われた。メンターとして参加したのは、ソニーコンピュータサイエンス研究所のリサーチャー アレクシー・アンドレ、株式会社リ・パブリック共同代表の内田友紀、AnyProjects共同創業者でデザイナーの石川俊祐だ。ロフトワークからは代表取締役の林千晶がアドバイザーとして参加。また、モビリティ変革コンソーシアムのメンバーも講評に参加している。

街とコミュニケートするモビリティを「実装」せよ

ユーザー視点に基づきつつも、「モビリティ」の概念をアップデートするため、どのようなアイデアが出てきたのだろう。その5つのアイデアとそれが現代社会に求められている理由を解説していきたい。

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まず、「eスクーター(電動キックボード)」のシェアリングサービスの開発を行うスタートアップ「ema」からは、「移動をしながら街を楽しむ」手段としてのeスクーター活用、また利用アプリによる複数のルート提案・移動先でのクーポン活用がアイデアとして挙げられた。短距離の移動にフォーカスし、自転車よりも疲れず、小型でかつ乗り降りがスムーズであるというeスクーターの特性を生かした「街とコミュニケートするモビリティ」の実装がコンセプトだ。

現在eスクーターは、欧米や中国などでは急速に普及が進み、「Lime」「Bird」「Spin」「Lyft」「Jump」など、eスクーターのライドシェアサービスの競争も激化の様相を呈している。ポートランドで行われたeスクーターのパイロットプログラムでは、34%のポートランドの住民および48%の訪問者が自動車の代わりにeスクーターを利用したという調査が報告されている。3月にテキサス州・オースティンで行われたSXSWでは、街中に溢れるeスクーターが話題になったことも記憶に新しい。

多くのサービスがステーションを必要としない乗り捨て可能な「ドックレスタイプ」であることから、移動手段の分散を図り、都市部の交通インフラにおける「ファーストマイルとラストマイル」という“移動の隙間”を埋める手段として注目を浴びている。また「気候変動」が世界的に重要なテーマとなるなかでの地球環境に配慮した新たな移動手段とも目されている。東京の鉄道や自動車移動は「混雑」という非常に大きな課題を抱えており、eスクーターはこの問題にアプローチするための新たな選択肢となる可能性は高い。

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プレゼンの後に行なわれたNewHere Projectのメンターからの講評では、「日本で乗り捨ては難しい。そのうえで、ステーション確保のハードルもある」という意見がアレクシーより挙がった。実際に、eスクーターの乗り捨て・投棄は大きな問題となっている。また、乗り捨てされたeスクーターや搭乗者による事故の報告も急増しており、安全面でも多くの課題がある。実証テスト終了後に消極的な姿勢を打ち出す自治体も少なくない。

日本においては、法整備面でのハードルについて林より言及された。道路交通法上、現在eスクーターを路上で走らせることはできない。emaも、インフラとしての安全性・有益性が検証できないという課題をあげており、これに対しては「『レギュラトリー・サンドボックス(編注:前例のない事業が現行規制との関係で困難である場合、新しい技術やビジネスモデルの社会実装に向け、規制官庁の認定を受けた実証を行い、規制の見直しに繋げていく制度のこと)』制度活用も検討してはどうか」という意見も。福岡市でのLimeやBirdの実証実験、また国産事業者「LUUP」と浜松市など複数自治体の協力提携など、自治体とどう協調するかも重要な論点となりそうだ。

都市や地域によって、既に存在するモビリティや移動手段は異なる。「街とコミュニケートするモビリティ」というコンセプトを現実のものとするためには、行政との連携を前提とした上で、各都市や地域ごと「移動体験」をカスタマイズできるようなモビリティのあり方が求められるだろう。

空間体験の設計は、鉄道会社の新たなビジネスになる

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続いてプレゼンテーションを行ったチーム「Deep4Drive」は、毎日欠かせない移動である「通勤」にフォーカスし、「体験」を軸にその空間を変えるためのアイデアを発表した。

「通勤には“混雑”などネガティブな感情が強く、時間を浪費している感覚に陥る」という課題意識を発端に、電車を「楽しい移動」に価値転換するには何が必要かを議論。デジタル技術を利用した熱狂を生む体験・空間を提供する広告事業モデル(車内のコンテンツ提供)、データ分析やサイネージによる混雑などを可視化した混雑率のコントロール(乗客の動線設計)などのアイデアを挙げた。

林からは「内装がどれだけ変わっても、本質的な課題解決には遠い」という指摘も。車内でのコンテンツ提供に関しては時間の使い方、毎日の電車に乗る行為をどう価値転換するかをさらに掘り下げるべきだとした。

石川は、お祭りの混雑は主体的な選択としての「混雑」だと言及し、通勤時の混雑にその視点を転用できないかと語った。また、「公共交通における移動においてのストレスをなくすソリューションのひとつとして、空間体験の設計という視点には可能性がある。また、JRのビジネスモデルを空間創造価値にシフトするという着眼点は面白い」と言及した。

例えばニューヨークでは、ニューヨーク公共図書館(NYPL)と連携し、書棚のようなデザインの広告をスキャンすることで、NYPLの蔵書を無料で読める施策「Underground Liblary」が地下鉄で行われた。これは「退屈な移動空間」を、デジタルテクノロジーで拡張した良い例だといえる。また、ロンドンで試験運用中の「Starling Crossing」は、人間や車両の動きを解析し、それにあわせて横断歩道を表示するというもの。データトラッキングとデジタルサイネージが合わさることで空間を拡張し、公共空間の人の動線をリ・デザインするヒントになる。

公共交通を利用した移動でのストレスに対するソリューションは多岐にわたりそうだが、車内の空間体験の設計というひとつのアプローチを「Deep4Drive」は示していた。

助産師が、自らの課題にモビリティからアプローチする

助産師・写真家・デザイナーらで構成される「おっぱいバスプロジェクト」チームのアイデアは、「おっぱいバス」というユニークかつ、現場の課題意識が切実に反映されたものだった。

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アイデアの起点となったのは、発案者が育児の際に体験した「トイレでの搾乳の虚しさ」。そこで助産師が常駐する「出産前後のケアができるバス」というアイデアを発案した。

メンバーから挙がったのは、助産師の現状に対する多くの課題意識だ。助産師の働く場所が病院に偏在していること、出産後の復職がしにくいこと、地域に出てもあまり稼げないことなど、課題は山積みだ。また、公共空間において育児を行う親の物理的・精神的な負担も大きい。こうした助産師の働く場所の確保や地域への貢献、親の育児不安解消をどう解決するかは、少子化社会に直面する日本で露わになっている大きな社会問題となっている。

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(写真左から)ソニーコンピュータサイエンス研究所のリサーチャー アレクシー・アンドレ、株式会社リ・パブリック共同代表の内田友紀、AnyProjects共同創業者でデザイナーの石川俊祐だ。各グループの発表後に意見を交わしていた。

しかし、そうした山積みとなった育児への課題意識が強すぎるがゆえに、「誰の、どういう課題を解決したいのかといった、フォーカスポイントのゆるさ」が内田や石川、林など、多くのメンターから共通して指摘された。もっとも提供したい価値を絞りアイデアを減らすには、「さらなるリサーチをもとに問いを出すだけ出す」ことが必要だ。もしかするとバスではなく遠隔でのサービス提供など、価値が発揮できるポイントが変わってくるかもしれない。アレクシーは、電車で育児をする親の肩身が狭いなど、育児への理解に欠けたシチュエーションに公共空間で遭遇することが多いことから、「育児をする親が助けを求めるのは当然というマインドセット、社会的な空気醸成も必要」と言及。モビリティの枠を超え、教育プログラムとしての可能性も議論された。

「バス」という視点に立てば、ニューヨークで走っているバス型の移動式瞑想スタジオ「Be Time」や、トヨタが発表した「e-Pallete構想」など、移動型の新しいサービス提供の場としてモビリティが注目を集めている。それはMaaS (モビリティ・アズ・ア・サービス) という言葉で議論されているものの本流だろう。


移動型もしくは空間づくりなどの観点から、助産師や育児をする親が抱える課題は解決できるかもしれない。そのうえで、メンターやアドバイザーから挙げられたフォーカスポイントを絞ることが求められそうだ。

“長距離移動の先”にある価値を見出す

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新幹線の車内空間に焦点をあて、コンシェルジュや一時的な休息、健康増進を促すサービスを検討しているのが「Long Distance Love」チームだ。「新幹線は高いお金を出して、時間と空間に縛れられる苦痛な時間」という、やや辛辣ではあるが的を射た発想が起点となっている。

例えばビューティーサロンをテーマにした車両や、車内で働きたい人向けのワーカホリックトレインなどのアイデアが挙げられた。

これに対し内田は、「欧米に比べ日本の公共交通機関の価格が非常に高いなかで、移動時間内の価値だけで勝負するのはハードルが高い。目的地にたどり着いた後の体験も含めて設計することで、新たな価値を生み出せるのではないか」と指摘した。

「フランス国鉄(SNCF)・TGVの新ブランド「inOui」と「Ouigo」は、それぞれターゲットセグメンテーションを分けサービスをビジネス層とファミリー層に二極化しています。それをもっと進化させるための議論をするとおもしろくなるかもしれません」と、アレクシーが指摘したのと同様、参加者からは「行きと帰りで体と精神の状態が違う。そうした観点からもセグメントしてもいいのではないか」という意見が挙がり、セグメントによっていかに異なる体験を提供するかという視点の議論も行われた。

都市のアクセシビリティをいかに高めるか?

最後に登壇した「改札前チャージ」チームは、私鉄とメトロの乗り換えなど、駅内移動で迷っている訪日外国人と、その土地に住む人をマッチングする駅内の案内サービスを発表した。チームは外国人留学生によって構成されており、「訪日観光客が増える中で、東京の温かさを伝えたい」という思いが起点に。

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駅構内で迷っている人は端末を探し、「困っている」ボタンを押し、乗り換えたい路線を入力する。助けてくれる人とのマッチングを待ち、一緒に目的地まで向かうというユーザー体験だ。助ける側のインセンティブとして報酬などを設定する。

チームは渋谷駅・新宿駅でのフィールドワークを実施。その結果、自身の構内での位置把握や乗り換えが非常に複雑で、わかりにくいという課題が挙げられた。訪日外国人の言語障壁による移動体験の難しさは、訪日外国人が抱く不満・不安のうち、標識・案内所などの情報へのアクセシビリティに関するものが半数を超えるという調査報告もある。

NewHereプロジェクトをともにすすめるJR東日本にとっても、「人員減のなかでどう社会インフラを機能させるか」という視点は重要テーマであり、「本質的に、互いが助け合う文化をゲーム性をもって社会インフラに実現できると素晴らしい」と、JR東日本・モビリティ変革コンソーシアムの佐藤は言及した。

一方で、内田からは「端末を使うという設計はハードルが高いのではないか」というコメントも。また「マッチングの『待つ』行為の前からリーチできるコミュニケーションを考え、サービス設計のなかで、どういうシーケンスを作っていくかが大事」と、実装までに乗り越えるべき壁も指摘された。

観光やインバウンド需要の増加に伴い、日本の公共空間におけるUXの悪さは常に指摘されるところだ。国籍やセクシャリティ、言語を問わないインクルーシブな空間の設計に、デジタルテクノロジーを積極的に活用することは重要になる。

「助け合い」というアイデアの軸を「旅」から拡張し、「災害時などの助け合う環境に適応できるサービス設計をすることもできるのではないか」という参加者の意見も興味深いものだった。

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各グループの発表後、会場参加者を交えたディスカッションを行なった。各班のホワイトボードの前に集まり、意見をポストイットに書きながら、アイデアがブラッシュアップされていった。

5つのグループの中間報告を終え、内田は「これからの社会を考えるためのキーワードやアプローチがいくつもありましたそれを振り返り、議論の中で社会インフラとしてのモビリティのあり方や、サービスの受け手がどこに向かってほしいかを考えることが重要です。最終的にはオーナーシップとビジョンが社会をドライブさせる。一つひとつの判断には怖さもあるかもしれませんが、自分を信じてトライアンドエラーをしてほしい」と語った。

これからの社会とモビリティを考えるためのキーワードやアプローチがいくつもあげられたなかで、各チームはメンターや参加者からのフィードバックを踏まえながら、「社会インフラとしてモビリティ」のありうべき姿を実装するべく、さらにアイデアとコンセプトをブラッシュアップしていく。2019年12月の最終報告会までにアイデアがどのようにブラッシュアップされていくかが楽しみとなる中間報告会だった。

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Text:Takuya Wada
Edit:Kotaro Okada

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