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「鉄壁」という鉄緑会的思想

こんにちは。予備校講師・受験コンサルタントのシンノです。

僕が授業中に余計なこと(?)をいうので、「鉄壁」に関する質問はよくもらいます。今日はそれについて、僕の考えを話しておきたいと思います。

まず、「鉄壁」という単語帳ほど、知名度と浸透度に地域格差の大きな教材はないでしょう。実は、東大合格者の多い都内の私立中高一貫校では誰でも知っているけど、ちょっと地方に行けば、それなりの進学校でもあまり知られていない教材なのです(「鉄壁」という教材が当たり前だ、と思う人は、自分が特殊な環境にいるということを自覚した方がいいですよ)。

この教材の特徴は、とにかく掲載語数が多いということ。そして、派生語をことごとく見出し語としている点。他の単語帳では、派生語はカットするか、あっても見出し語の脇に小さな文字で書かれているものがほとんどですから、見出し語に関する編集方針は、他の教材と180度違うと言っても言いすぎではないでしょう。そして、この方針は、編集されている鉄緑会という塾の指導が、他の予備校のそれとはまったく違う、という点に起因していると思います。「鉄壁」をやるなら、この点を承知したうえで、始めるべきでしょう。

鉄緑会というのは、いわゆる御三家を中心とした中高一貫校の生徒を対象としたエリート専門塾です。原則として限られた学校の人しか通えず、その志望校は東大か医学部だけ。信じがたいことですが、女子御三家トップの桜蔭なんかは、中1~高3の全生徒のうち55%以上が鉄緑会に在籍しています。

この塾の指導の大きな特徴を上げると、課題が多いこと。ああ、こういうと必ず「そんなことはない」と言う人が現れるんですが、それは上記のようなエリートの人の発言であって、他の予備校なんかと比べれば圧倒的に多いです。河合塾のONEWEXの教材だって、分量的には必要十分でけっして少なくないと思いますけど、鉄緑会の課題はあんなものじゃないです。実際に調べたわけじゃないけど、ケタが違う。僕は、ここに、指導や教材に関する思想の違いがあらわれていると思うのです。

普通の予備校の教材は、重要性が高いものを漏らさないように作ります。これは特に高校生向けの教材で顕著ですが、授業時間には限りがあり、生徒の学校以外の勉強にかけられる時間も有限ですから、その限られた時間を最大限に活かすためには当然の方針だと言えるでしょう。ところが鉄緑会は違う。重要なことをピックアップして、ではなく、必要と思われることは全部やる。「鉄壁」の冒頭にはこんなことが書いてあります。

特に近年は、学習環境の進化にともない、「効率」のみに焦点が当てられることが多いようです。たしかに、受験生に与えられた時間は限られていますし、その中でいかに最大の効果を得るかということは、学習者、指導者の双方が真剣に考えなくてはならないテーマです。しかし、目先の効率ばかりを追い求めるあまり、学問の持つ本来の意義を見失ってしまう危険があることも忘れてはなりません。これが「効率優先主義」の落とし穴です。

僕も中高一貫校だったので、鉄緑会に通う同級生がわずかながらいました。まだ手作り感満載だったけど、ものすごく分厚い教材を、授業中も休憩中もずっとやっていた友人の姿をよく覚えています。彼は東大に合格できなかったけど、別にそれで僕が鉄緑会に対してネガティブなイメージがあるわけでもありません。むしろ、本当は彼には鉄緑会に通う資格がなかったのじゃないか、と思うわけです。客観的に見れば多い課題でも、涼しい顔してやり切れる人、あるいは自己判断で取捨選択できるような人こそ、あの塾に本当に通うべき人たちなのではないか。授業中に内職しないと終わらないような人は、もともと向いていない勉強法だったのではないか

東大合格という目標は同じでも、そこに至るルートは人それぞれです。中高6年間、鉄緑会のような塾に通って東大に入る人もいれば、まったく予備校に通わず、公立高校から東大に入る人もいますし、とるべき戦略は人それぞれです。とにかく出る可能性があるものはどんどん勉強していって合格するという人もいるでしょう。でも、効率を考えないと合格できない人もいる。僕なんかはその典型なんだけど、河合塾から東大・京大などに合格していく人たちのほとんどは後者です。

「鉄壁」というのは、ここまで述べたような「鉄緑会的思想」を元に作られた教材だと思うんです。他の単語帳がどれも効率とか優先順ということを考えているのに、これは違う。情報量が全く違うので、「鉄壁」を1冊仕上げることと、他の単語帳を1冊仕上げることは、かかる労力も時間も比べ物にならないくらい違う

だから、人を選ぶ単語帳なのです。

涼しい顔してこの分量をやり切れる人か、英語の他の分野や他教科の勉強時間を削ってでもとにかく単語・熟語の勉強に時間を掛けたいという人、もう語彙力はそれなりだけど派生語をもっと学びたいという人のための教材。

多くの受験生が単語帳を用いるのは、手っ取り早く知っている単語を増やしたいからという理由でしょう。でも、「鉄壁」はそういう人を拒絶する単語帳。「ターゲット」とか「ランク順」に載っているレベルの英単語の知識がそもそも怪しい人が手を出すようなものではない。

内容的には素晴らしい本だと思うし、大変な労力をかけて作成されていると思います。僕にはこんな本作れないし、個人的にはリスペクトしていますよ。でも、受験に関する情報量の多い受験生の中に浸透しつつある「鉄壁信仰」はちょっと違うと思う。

大事なことだからもう一度。

合格のために進むべきルートは人それぞれ。

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