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○○人とは友達になれないと言われて

 小学校に入る少し前、母の勧めで日記をつける習慣をつけた。おかげで、私の部屋の本棚には日記帳がずらりと並んでいる。開けば殆どは「今日帰り道に面白い虫見つけた」というようなくだらない話であるが、ここに執筆している話の多くは、日記を読み返して思い出したものが多い。一方、日記の他に貯めているものと言えば、昔使っていた授業用のノートやメモ帳などがある。いい加減いつかは捨てないといけないが、見返すと面白くて手放しがたい。私の本棚は、もはやタイムカプセルである。

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 今回執筆するネタも日記から堀り出したが、小学二年生のときに使っていた国語のノートも、今回の話の中で重要なキーアイテムだったりする。

 当時、国語の授業で学んだ漢字を使って、自分のノートに自由に例文を書いて翌日に提出するという宿題があった。辞書を引けばすぐに終わるような宿題なので、授業中にでもぱぱっとやればいいのに、といつも思っていたが、授業後にすぐに先生に渡しても、「ちょっと捻った文を考えてごらん。」と絶対に受け取ってくれなかったので、仕方なくこれを家で書いて親に見せてから提出していた。確かに7~8歳となるとありきたりでつまらない答えは多いだろうが、あの先生は感性を求めすぎなのでは、といつも思っていた。

 ある日の授業で、「朝」という字を学んだ。「君たちは毎日朝から元気に学校に行っているね。朝と言えば、朝礼とか、朝練とか、君たちの活動の中でよく使われる字だから…」などと話す先生をよそに私は「この字どこかの国で使われていたな…どこだっけか。」と気になっていた。

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 帰ってから辞書を引いて調べ、見つけたのは「朝鮮」という言葉だった。そうだこれだ、朝のニュースで見たやつだ、と思い出し、今度は世界地図で探した。日本海の先にある小さな国…かと思えば、北と南で「北朝鮮」「韓国」と分けられている。「韓国が南朝鮮じゃないのはどうしてだろう。」とこのとき疑問に思ったが、当時社会もまだ学んでいなかった自分に、そこまで追求する意欲はなかった。朝のニュースに至っては、母が出勤前に見ているものをBGM代わりに左から右へ聞き流していただけである。

 よくわからないので、とりあえず「北朝鮮」を取ることにした。「韓国人」がいるなら、「北朝鮮人」というのがいるのだろうと考え、私は宿題のノートに「北朝鮮の人と友だちになった。」と書き、満足して宿題のノートをしまった。

 夜になって職場から帰宅した両親と夕食を終え、いつも通り宿題の確認をした。算数のプリントから始め、最後に漢字のノートを読み上げた。

 夜風に当たる、悪いくせを直す、草を分けて通る…に続き、私はついに、例の文を口に出した。

「おっと、ちょっと待とうか。」

 母がすぐに私を止めた。どう書いたの?と聞いてきたので、例のページを広げて見せた。このとき私は自信に満ち溢れていた。文章自体よりも、まだ習っていない「鮮」という字を書けたことに気を良くしており、褒めてもらえるんじゃないかとすら考えていた。実際、それは母がすぐに気づいた。

 「あー、鮮って字までしっかり書いちゃったのねぇ…」

 母は苦笑いをしながらノートを見て、下唇を噛んでみせた。下唇を噛むのは、不味いことがあった時の母の癖だ。あれ、なんか思ってた反応と違うぞ、と思っていたら、母が父を呼んで、日本語がわからないので英語で状況を説明していた。

 「こんな風に書いたんですって…」

 母が神妙な顔をする傍ら、父も苦笑いをして、なるほど、とだけ言って私の方を見た。明らかに何と切り出すべきか困っている様子であった。

 「何かまずかったの?」

 場の空気に耐えられず、私から聞いてみた。

 「いやね、すごくいい文よ。漢字も使えてるし、間違ってはいないの。でもよく聞いてね。あのね、北朝鮮の人と友達になるなんて、書いちゃいけないの。」

 そんなことを言われても理解ができなかった。どうして北朝鮮の人だとだめなのか、その理由を聞こうとした。しかし、私が口を開くより前に父がそれに気づいたのか、母に「必要以上のことは教えるなよ。」とだけ言って自室に戻ってしまった。困ったようなため息をついてから、母が私の方に向き直る。

 「日本と北朝鮮は、あまり関係が良くなくて、しかも北朝鮮はあまりその国のことが知られていないから、関わってしまうと危ないの。北朝鮮に行ける人も限られてるし、友達になりたくてもなれないの。だから、この文章はちょっとおかしいから、変えようね。」

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 なるほどそうか、だめなのか。当時親の言うことが絶対であった私は、とりあえずそれを飲み込み、筆箱から消しゴムを取り出し、例の文を消した。スリーブを脱がされ、授業中に刺した鉛筆の折れた芯が埋め込まれて痛そうにしている、少し可哀想なMONOの消しゴム。

 「良く消してね。」

 「うん。」

 力いっぱい消しゴムをこする。私の筆圧はとても強かったので、完全に消すのは一苦労で、どうしてもうっすらと見えてしまう。おかげで小学校時代のノートは全部汚い。(中学で2Hのシャープペンシルに出会った感動は今でも忘れられない。)

 消した跡がボコボコするが、その上から新しく「朝日がまぶしい。」と書いた。これで宿題はばっちりね、と母が言い、飲む?と聞いて、はちみつたっぷりのミルクティーを出してくれた。

 底に溜まったはちみつまで飲み干して、キッチンで軽くゆすいでから部屋に戻った。ノートをランドセルにしまい、忘れ物が無いか確認をする。宿題さえできればそれでよかったので、母の言ったことはあまり気にしないようにして、そのまま床に就いた。

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 次の日の6:00AM、いつも通り朝食のトーストをゆっくり食べながら、朝のニュースをぼんやりと聞いていた。テーブルの反対側では、出勤の早い母がトーストを片手にメールのやり取りをしていて、時折私に「食べ終わったら着替えて、登校時間に間に合うようにね。」などと急かしてくる。登校までまだ2時間もあるが、私は食べるのが本当に遅いので、母と朝食の時間を合わせているだけであった。

 しょぼしょぼの目でニュース番組の画面を見てみた。アナウンサーが、天気の様子を説明している時間帯だ。そういえば、北朝鮮のこともニュースで聞いたんだよなあと思い出し、あまり深く考えず、「ねえ、黒人と白人が仲良くすることが大切ってよく聞くけど、肌色が同じで顔も似ている同じアジア人同士でも仲良くできないってことが本当にあるの?」と母に聞いてしまった。

 母の忙しい両手がピタッと止まり、私の方を見た。

 「昨日の話?」

 「どうして、友達になるのに人種とか関係あるの?私は日本人の友達もいるし、イギリスの友達もいるし、他の国の友達もいるけど、肌の色とか気にしたことないし、ニュースのことも考えたことないよ。」

 もっとストレートに聞いてみた。なんとなく、聞いてはいけないことを聞いているような気分だったが、回りくどい聞き方をしてもはぐらかされそうで、少し焦っていたのかもしれない。

 「…とても良い考え方だね。そう、本当は、友達になるのって、肌の色とか人種では決めないよね。」

 それじゃレイシストだものね、と続けながら、母が紅茶を一口飲んだ。

 「だから、友達になれない、ってことは、本当は無いの。人によるけど、全然なれると思う。でも、それを口に出したときの、周りの反応が問題でね…北朝鮮と日本の関係は良くないって言ったでしょう?だからもしあなたに北朝鮮からの友達ができたとして、2人の間で関係が良くても、周りは良く思えないの。」

 能弁な母が、言葉を若干詰まらせていた。恐らく、このときの母は更に深く考えていることがあったと思うけれど、幼い娘には言えなかったのだと思う。

 「ひどい話よ、周りに邪魔されて、友達も自由に作れない。」

 母は紅茶をぐっと飲み干して、食器を片付け始めた。

 「だから、子供だけの世界って必要よね。小学校は、周りに邪魔されずに自由に友達が作れる場所だから、沢山楽しむのよ。大人になって社会に出ると、全然友達作れなくなるから。」

 「…でも、勉強が第一。」母が言う前に私は代弁した。この教育ママにすっかり洗脳されている。

 「That’s right! さ、パンが冷たくなるから早く食べちゃいなさい。」母はそういって、メイクをしにバスルームへそそくさと姿を消した。いつもより3分ほど遅い。母はタイムロスが大嫌いである。

 テーブルには私だけになった。ずっと手に持っていたトーストが、固く冷たくなり始めていたので、追加でジャムを塗って口に運んだ。美味しくなくて、この日は食べ終わるのが一段と遅かった。

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 学校に着いてから、宿題のノートを取り出して、朝礼前に出しに行こうとした。廊下に提出用の段ボール箱があるので、そこに入れればミッションコンプリートである。ただ、例の話がどうしても気になった。ページをめくって、消した跡を確認してみる。うっすらと確認できる、「北朝鮮の人と友だちになった。」という文。こんなシンプルな文が、そんなに悪いものだろうか。

 気付けば私はノートを持って職員室の前にいた。中を覗くと、国語の先生もそこにいる。他の先生たちよりも頭一つ分背が高く、手足のひょろりとした先生。私はどうしても、先生の意見も聞いてみたかった。本当にこの些細な一文が、許されないものなのだろうか。

 「怒られ…ないよね。だってまだ7歳だもん。」

 好奇心には勝てなかった。お母さんごめんなさい、と思いながら、私は先生を呼び出した。

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 「なるほどねえ。」

 職員室前の廊下で先生にノートを見せて、昨日の出来事を説明した。先生はちょっと驚いた様子だったが、怒った様子などはなかったし、むしろ笑っていたので、とりあえず一安心だった。

 「消さなきゃよかったのに。面白い文章だと思いますよ、勿体ない。」

 「お母さんに消しなさいって言われたので…これって、他のところで書いたら良くないんですか?」

 んー、と口を細長い指で覆いながら先生は考えて、「まあ確かに、他所で書いたり言ったりしたら大変かもねえ。僕は好きだけどね。」と笑いながら答えた。歯並びがとても綺麗だ。

 「君のお母さんは心配しているんだよ。おっしゃる通り、自由に発言できない世の中だから。君は来年3年生だよね。社会の勉強が始まるから、これから少しずつ分かってくると思うけど、国を跨いだ話題って、時にすごく繊細で危ないものなんだ。まだ君は子供だから分からなくて当然だし、少なくとも学校の宿題のノートに書くだけなら何も心配することはないよ。でも、大人になると、きっとどこかで国の話には振り回されることになると思う。」

 なるほど。きっと大人になってから見える景色があるんだな、と思った。私もいつか、「○○人とは友達になれない。」と考える日が来てしまうのだろうか。早く大人になりたいとはいつも思うけれど、それは少し嫌だなと思った。

 「まあでも、それとは別で、確かにこれは前以て言った方がいいのかな。」先生は少しかがんで、声を小さくした。

 「北朝鮮と日本は、昔から関係がかなりややこしいから、これから気をつけなきゃだめだよ。可能なら、あまり挙げない方がいいかもね。」

 先生は笑っていない。私は、わかりました、としか言えなかった。初めてこのとき少し、北朝鮮を怖いと思った。大人たちをここまで怖がらせる国…日本とこれまで一体何があったのだろうか。

 「じゃ、このノートはこのまま受け取りますね。良く書けていました。」ぱっと先生の笑顔が戻って、私のノートを受け取る。朝礼に行ってらっしゃいと言って、そのまま職員室へと戻っていった。

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 あれから15年くらいが経つ今、予想通り、私も安易に「北朝鮮」とダイレクトに名前は出さない方がいいと、社会的な理解もあって把握している。当時の両親や母と同じ気持ちなのかどうかはわからないが、間違いなくこの件を「触れたくない話題」として恐れる一人の大人になった。ただ、今でも私は「友達になる」ということの可能性を全否定できない。むしろ、自由に思ったことを口に出せない世の中なんか、どこに価値があるのだろうと思う。親に対して反抗をするということを覚えた今だからこそ言えるが、本当に、あのまま消さずにノートを出せばよかったなと、何故か少し悔しさすらある。

 「○○人とは友達になれない。」

 そんな夢のない虚しい社会が憎い。絶対にそんなことは無いと信じている反面、もし私に子供ができて、その子供が昔の私が書いたような文章を宿題として出そうとしたら、きっと止めようとしてしまうと思う。それが悔しいことこの上ない。

 日本では、Black Lives Matterなどの事案に発展するほどの、目立った人種差別の問題や、暴動などは無い。むしろ無関心な人の方が多いのではないかとすら思う。ただ、「○○人には近寄りがたい」「黒人は少し怖い」などといった偏見や線引きはすごく多い。私自身も、ダブルというだけで何度も周りから境界線を作られた。

 全員がそうではないが、人間にはなんとなく自分たちとは違う存在を遠ざけたい気持ちがあるということは知っている。ただ、そういった本能の他に、彼らはどこからその気持ちを芽生えさせるのだろうかということを考えたときに、やはり一番最初に思いつくのはメディアである。異国の人や文化への理解は、メディアの情報の提供の仕方にも、それを視聴する人々の解釈の仕方にも強く影響する。

 これから先、多様性ある社会を築くうえで、他国への理解は必要であるので、メディアの存在は必須である。でも、メディアはすべてを見せてくれるわけではない。時には事実と異なる情報もある。それらに翻弄されず、「○○の国は危険だから、そこの人には近づかないようにしよう。」などといった単純な思考は避けたい。自分や周りの安全が最も大切なので、安易に「○○人が~」ということはこれからも言いづらいかもしれないが、少しは夢や希望も持ちたい。「○○人とは友達になれない。」なんて、絶対にナンセンスだ。

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著:上條ロミ

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