【自己紹介⑧】大苦戦の作曲家時代、そしてガンダムとの出会い
シンガーソングライターのお話がなくなったあと
「プロデューサーになる」という目標に向かって突き進みました! と言いたかったのですが...いったいどうやったらプロデューサーになれるのかもわからず混沌とした日々を送っていました。
そんな時、LA時代のルームメートだったギタリストの山口英次さんと再会しました。
そして「曲書いてみない?」と作家事務所を紹介してくれました。
思い出した、もう一つの夢
彼はLAにいる時からギタリストの仕事以外にもコーディネーターとして働いていて日本の音楽業界との人との接点も多かったので
帰国後も多方面に顔が利く人でした。
そして、LA時代のルームメートだった彼と再会して思い出しました。
「作曲家になろう!」とLA時代に目標を決めていたことを!
...あぁこんな大事なことを忘れていたなんて…
バークリーに戻って勉強したり、帰国して音楽の下働きをしたりするなかで、いつのまにか漠然とした目標に向かっていたのです。
山口さんの「曲書いてみない?」という言葉が「大事なこと」を思い出させてくれたました。
現在も和田アキ子さんのギタリスト&音楽監督として活躍している山口英次さんは私の人生になくてはならない人、
ソウルメイトと言える存在で感謝しています。
▼ LAでの日々はこちらを御覧ください(写真あり) ▼
大苦戦の作家時代
「プロデューサーになる」ためには、まずはプロの音楽の現場を知らなければいけない、
それにはLA時代での決意「作曲家になる!」を実行するしかありません。
作家事務所からの依頼を受けて作曲をしていく日々を過ごすことになりました。
ただ「依頼」といえば聞こえは良いですが、大作曲家ではない作曲家に与えられるチャンスは「コンペ」、すなわちプレゼンです。
ひとつの企画に対して、数十名の作曲家が曲を作り提出、その中から1曲が選ばれるのです。ちなみに、プレゼンするだけでは報酬はありません。採用されて初めて「仕事」になります。
通常、レコード会社や制作会社が、数十社ある作家事務所に楽曲制作を依頼、それぞれの作家事務所から専属作家にチャンスが与えられるのです。
採用される確率は「100分の1」くらいの時もあります。狭き門なのです。
私は元々洋楽が好きで、長年日本にいなかったので、日本の音楽をあまり知りませんでした。
そして、どこかで日本の歌謡曲より洋楽の方がカッコいいと思っている自分がいました。
私が思う洋楽は「流れ」が気持ちよく、日本の曲は「サビ命」と言いますか、サビのメロディ重視のところがあると思います。
なので、自分が作る曲に関しても、「洋楽っぽい」を重視、サビだけ目立つような「日本っぽい」ものは作ろうとしませんでした。
その結果...もの凄い確率の高さでことごとく落ちまくりました。
流石に、このままではいけないと思い「日本っぽい」を研究しはじめるようになりました。
そうしたら、元々子供の頃は、井上陽水やユーミンが好きだったので、「日本っぽい」が気持ちよくなってきました。
「好きこそ物の上手なれ」、徐々に楽曲を使われることが増えてきました。
私が所属していた作家事務所はテレビ局系の事務所だったので、毎週月曜日のプレゼン会議に提出する為の楽曲、
同じ作家事務所の中で複数のプロジェクトがあるので、複数の楽曲依頼などもあり一晩に3曲作ることも度々ありました。
徹夜は当たり前でしたが、私は「飢えていた」ので、寝る寝ないということより、「仕事をしたい!」という気持ちが増していたのです。
これは基本的には私の人生の基本姿勢ですが、この時期は特に「ノー」と言ったことはありませんでした。
事務所のディレクターが「曲書いてみる!?」と声を掛けてくれれば「ありがとうございます!」と即答。
下手したら、数合わせで声を掛けてくれているのかもしれなかったのですが、曲を書かなかったら「0%」、曲を書いたら「1%」は成功への道が開けるとしたら私には「ノー」という選択肢はなかったのです。
ガンダムとの出会いと制作秘話
そんな中、私の代表曲の1曲、機動戦士ガンダム主題歌が生まれました。
実は一晩のうちに3曲書いた中の1曲でした。
前述のとおり、所属していた作家事務所はテレビ局系の事務所だったので、テレビ番組の主題歌やエンディング曲として使われることが多く、自分の作った曲がテレビから流れたことに感激しましたし、
「あぁプロになれたんだ」と、高校2年の夏に「音楽やるぞ!」と決めた決意がひとつの形になったことが嬉しかったです。
機動戦士ガンダムは「機動戦士Vガンダム 主題歌」「新機動戦記ガンダムW エンディング」の2曲を書かせて貰いましたが
作ってからもう30年ほど経つのに、今もゲームに使って頂いたり多くの人に楽しんでもらえていること、本当に作曲家冥利につきます。
制作秘話を明かすと…私は実は「機動戦士ガンダム」を観たことがありませんでした。
楽曲制作にあたり、イメージを作る為「機動戦士ガンダム」を観ようとしたら、ディレクターからは「観なくていい」と。
なぜなら「機動戦士ガンダム」は「人間愛」をテーマにしている作品なので、アニメという先入観はない方がよいからということでした。
このアドバイスは有難かったです。
結果、私なりの「人間愛」を作り多くの人に届けることができたのだと思います。
作家として大切なこと
この作家事務所時代には、その後の音楽活動の基礎となる多くのことを学ばせてもらえました。
ひとつは「曲を作るスピード」
もうひとつ、「仮歌」
アーティストや歌手が、ある楽曲を歌う際、楽曲イメージを正しく掴んでもらう為、
事前に別の歌手が歌い、その歌を元に練習してもらうことがあります。
その為に歌う歌を「仮歌」と言います。
私は、自分の曲のイメージを伝えるために事務所からの依頼で仮歌を歌う機会が増えていました。
そのころ「新世紀GPXサイバーフォーミュラ」という作品が人気で、その声優さんが歌う楽曲をよく作らせて頂けていたので
声優さんのための「仮歌」をよくやらせて頂いていました。
ちなみに私の声質は「声優っぽい」と言われていたので、その声質のおかげでもありました。
仮歌のレコーディングで生まれて初めてのプロのレコーディングスタジオに。
それまで雑誌やテレビでしか見たことがないレコーディングスタジオで実際に録音できる...本当に嬉しかったです。
この時の「プロのレコーディングスタジオでレコーディングを行なった経験」が、その後プロデューサーとして、またボイストレーナーとして活動していく上でとても役に立ちました。
なぜなら「歌う人の気持ちがわかる」からです。
「新世紀GPXサイバーフォーミュラ」の中でも特に人気が高かったのは「速水奨さん」演じる「ナイト・シューマッハ」。
今思えば、あの「速水奨さん」に楽曲提供、そして仮歌をさせて頂けたこと、凄いことだったと思います。
この時びっくりしたのは、速水奨さんはじめ一流の声優の人は、仮歌を忠実に再現する、ということでした。
やはり一流の声優さんは「耳が良い」のだと思いました。
出来上がった作品が「仮歌どおり」になるので、それだけに仮歌を気合いを入れて歌った記憶があります。
「なんとか、作曲家としてやっていけそうかな」と思っていた時に大事件が起こります…。
次回は人生の転機にもなった音楽制作会社での活動を。
小泉 誠司
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