B-29の襲来

B-29の襲来  age:7~8

怒らせたら怖いと有名な、まりえという女の子がクラスにいた。
とはいえ、男子たちはみな恐れるというよりからかって、まりえのその反応を楽しんでいるようだった。
まりえは読書家だった。どちらかというと大人しいが、振る舞いに知性が感じられた。男子たちにからかわれても、ケガをさせない程度に蹴りの力を加減したり、からぶらせているように見えた。
月に一度の席替えで、まりえが隣の席になった。僕もまりえも普段は無口な方で、普段あまり話すことはなかった。
あるとき、音楽室でピアニカの授業を受けている時に、まりえがインベンションのはじめの部分を弾いたのを聴いた。その後の放課か授業のときに、おまえさっきあれ弾いてただろ、インベンションみたいなやつ。と声を掛けた。「知ってるの」とサッと言う。冷めた返事に思えたが、彼女が大抵このテンションで喋るのは知っていた。「習ってるからね」彼女にとっては何気なく演奏したものかもしれないが、兄弟のピアノを聴いてうっすらメロディと曲名を覚えていた僕には、家の外のましてや学校の授業中に隣の席の人間がそれを弾くとは思ってもいなかったので、それを聴いてかなり興奮していた。僕はその興奮を抑え、平静を装い、彼女のテンションに合わせて何かを話した。それがきっかけでたまに会話をするようになる。
あるとき、たしか国語の授業かなんかで戦争の話が出てきたときだったと思うが、まりえが独り言をブツブツ言い始めた。
「昭和●●年、第二次世界大戦。戦闘機B-29が襲来し・・・」
そう語るまりえの眼鏡は、光って見えた。瞳が見えなかった。
「は?なにいってるの」
「知らないの?本とかに載ってるじゃん」
僕は知能も知識も全く彼女に追いついていなかった。クラスで唯一、彼女には敵わないと思った。正確に言えば、絵や工作、書道など何かに秀でた者はクラスにたくさんいたが、僕が求めているような方向性で優れていて、敵わないのは彼女だけだと思った。その方向性とは何なのか、具体的に気づくのには何年も時間がかかってしまった。

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