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水流静かなるに任せ

午前4時、目が覚める。

仕事がある日は夜の12時に寝て9時に起きているのだが、
休日になると高揚感からか早起きできるみたいだ。
毎日早起きできるほど、ワクワク生きたいものである。

沸かしたほうじ茶を飲みながら、
今日は人生初の『渡し舟に乗る』ことに決めた。

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数時間車をとばし、川辺に着いた。
この時に船に乗ったのは、
毎週ウォーキングをしているという男性と私のみ。
男性が先に乗って出発しかけていたので、
「あっまだいいですか」と声を掛け、
ギリギリで乗せてもらった。
船頭さんの手漕ぎで対岸まで5分ほどだった。

対岸に着くと、「どこか行かれる?」と船頭さんに聞かれる。
「いや、適当に歩いてまた戻ってきます」と伝えると、
鐘をたたいて呼んでくれ、と言われる。
対岸に船があっても来てくれるらしい。申し訳ない。

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対岸には、何もなかった。
土手を上がると、
8割は田んぼが広がり、2割は古びた住宅があった。

40分ほど、辺りを歩いた。
何もないと言えども、何かはあるものだ。

猫3匹が、タバコの灰皿に入れられた味噌汁を
食べた後にケンカしてるところをみた。
1匹の猫がうつむいていて、
職員室に呼び出されて叱られている風だった。

それから、どの家にも庭に洗濯物や布団が干してあり、
1つだけ屋外用のイスが置いてある。
使わなくなった犬小屋が、庭の隅に追いやられている家もあった。
それはきっと、
あの家の人たちにとって”あたりまえ”な日常に過ぎないのだろう。

ただその”あたりまえ”な日常が、
その光景が私の体をまるごと包み込むようであった。
「これからどう生きていこう」と日々の隙間に思い、
「海辺の丘の上の小屋で暮らしたい」とぼんやり考える、
夢や理想を曖昧に断言し、そして現実に埋もれさせてゆく私が虚しかった。
 

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船乗り場にもどる。
ちょうど向こう岸からこちらに船が向かってきているところだった。
鐘をたたく必要がなかったのは少し寂しい気もするが、
船がこちら側に着くと、
乗っていた方と入れ違う形で乗り込み、来た側の岸に渡る。

「なんかあった?なんもないでしょ」と船頭さんが言う。
すこし世話ばなしをした後、
今日はこの渡し舟に乗るために来たんです、と伝えると、
「そうだろうと思った、だから行きも帰りもゆっくり行ってるんだよ」
と言われる。ありがとうございます、と返す。

あそこに見える鳥は、オオサギでね、と説明してくれたところ、
「隣のちいさいのはなんですかね?」と私が口にすると、
船頭さんは漕ぐのをやめてポケットから双眼鏡を出し、
「あれはアオサギだね」と教えてくれる。
対岸に向かっていた船は、水流で少し反対方向にもどってしまった。
が、わざわざ一人の客のために漕ぐのをやめてまで対応してくれたのが、申し訳なくもうれしかった。

「鳥とか、生き物は朝から晩まで食うことしか考えとらんもんね」
と船頭さんが話の中で言った言葉が胸に残った。
生物は本能的に生存し子孫繁栄をしていくだろう。
そうなると人間も、私もただ生きて食うだけでいいのでは、と考える。

勉強すること、働くこと、ルールを守ること、人間関係……
食べ物や健康に関することを除いては、
日常の問題に対して、もう少しゆるく、しなやかな脱力した心持ちで
向き合ってもよいのだろうと強く思った。

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カンカンカン、と対岸から鐘をたたく音が響いた。
「あっ、待ってる人がおった。ごめんよ」
「すみません、ありがとうございました」
サッと岸に船をつけると、
船頭さんは私のときの4倍ぐらいの速さで、
対岸のお客さんを迎えに行った。


 
**********

束の間の渡し舟の冒険のあと、
家に帰ると、Amazonからオリーブオイルが届いた。
パスタのレシピ本で見た、弓削啓太シェフのおすすめである。


食うことしか考えていない私は
これでペペロンチーノを作って、
先ほど美味しくいただいたところである。

『好きなご飯を作れるようになる。』
日々に飲み込まれる前に、
まずはそんな日常からはじめたい。

おやすみなさい。



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