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宇宙の破壊、図書館の全焼

高尾行きのオレンジの電車の、ホームの、ねずみ色のベンチに腰をおろして30分が経った。リュックには図書館で借りた本が詰まっている。借りられる上限の10冊、文庫、新書、単行本がずっしりと。

なぜ人を殺してはいけないのかという問いの答えとして「それはひとつの宇宙を破壊してしまうことだから」というものを見た。
少し似ている考えで、わたしは、ひとりの人が死ぬことは一つの図書館が焼け落ちることだと思う。じいちゃんが死んだとき知った。じいちゃんの中の蔵書は、じいちゃんの話を通してたくさん読ませてもらったから、わたしの中に残っている。それでも、わたしも歳をとって、忘れて、なかったものになっていく。

次の電車が遠くから迫ってくる。ホームに近づくにつれてその速度は落ちる。それでも人間の身体をバラバラにする重さと速さがある。らしい。

10両目乗車位置、の先頭に立つ。1両目に乗るのが、事故で死ぬ可能性がいちばん高い。そんなに用心なのに、それなのに、
ホームに滑り込んでくる電車と、一歩前にピョンとジャンプするタイミングが合えば、わたしという宇宙が破壊される。わたしという図書館が全焼する。そのことを考えてしまう。

迷うけど、リュックが重い。10冊の本が"おもし"になって、わたしの身体から身軽さを奪う。

結局今日も、車両とホームとの幅狭い暗闇をじょうずに跨いで電車に乗り込む。オレンジの電車が、たくさんの東京の人を轢く。その何万倍の、たくさんの東京の人を運ぶ。いつも迷うけど、今日も後者を選ぶ。生きるほうを。今は。わたしという宇宙が破壊されてしまうことはいまいちピンとこないけど、でも、家に帰ってリュックの中の10冊の本を読まなければならないから。それから、わたしという図書館の蔵書をなるべくたくさん開架にしておきたいから。みんなに手にとってほしい本がわたしの中にたくさんあるから。それからそれから、書き残さなければならないから。記憶が曖昧になる前に、じいちゃんの大切な蔵書を。

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