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NC制作の景色 #7 「How to Book」のトークショーを振り返って

先日開催された東京アートブックフェア(以下 : TABF)で新刊2冊を発表したNEUTRAL COLORS。そのうち小さなZINE『How to Book in Japan』はNC史上異例のセールスを記録し、4日間のフェアで400冊を売り上げた。

TABF会期中に行われた出版記念のトークショーでは、この本の元となる『How to Book』を制作したSmall Editions(New York)のHannah Yukiko Pierceさん(以下:ハンナさん)と編集・加藤、アートディレクター・加納との間で、有意義なディスカッションが交わされた。

本記事ではオリジナルの『How to Book』ができた背景、日本版ならではの特徴と制作の裏側、そして活況を呈するアートブックフェアの現状と課題など、当日のトークの模様をピックアップしてお届けしようと思う。

本をつくりたい人が諦めることがないように

―本づくりに関する本はたくさんありますが、この本は決してその代わりではありません 。この本は、私たちが本をつくりはじめたときにあればよかったと思う道標のような本です。私たちが解決できずにいた疑問に答え、その土地に精通した人たちから重要なアドバイスをもらったガイドブックです―

『How to Book』(ニューヨーク版)の前書きではこう宣言されているように、本づくりに取り組む人にとってファーストステップになる。そして嚆矢へのアンサーとして、NCはこう答えた。

―形式はNY版に即していますが、想定する制作物はより広がっているかもしれません。アートブック、作品集はもちろんのこと、それにかぎらずともあなたが 世に「本」を出したいと決心したときに道標となることを目指しました。工夫やアイデアで、大量生産でもごく少部数でもない、他の人が手にとることのできる、広がる余地のある「一冊」になるのです。一方で、寄稿者の活動のスタイルはさまざまです。それは、なにを本にするか、なんのために本にするか、それぞれの信念があるからです。さらなる一冊をつくるとき、あなたも自分の本のためのやり方を、自分なりに見つける必要がでてくるでしょう。その模索のときにも、この本がもう一度道標になることを願います―

日本版のデザインを担当した加納は、本づくりにまつわる漠然とした悩みに寄り添った内容だと話す。

「how to的な本は意外と出版されているけれど、一番知りたい、手の届かないところにタッチできた。これからつくってみたい人たち、つくったものの、そこからどうしていいかわからないという人たちにとって、すごく実用的だと思います」

例を挙げると、利益について、どういう賭け率があるのか。どういう人に、どういう場所に届けた方がいいか。アーティストの本をつくった場合、彼らにどれぐらい還元するべきか、支払方法はどうしたらいいか。 値段はどうやってつけるか。こう並べてみてもかなり現実的な内容だ。

NC制作チームも「かなり具体的な話が書かれていて、自分たちも知りたかったような内容」と評す。

なぜ『How to Book』が生まれたのか?

Small Editionsのハンナさんは、『How to Book』をつくった背景をこう語る。
「私自身が初めて出版物をつくっていくなかで、プリントや製本の作業がとても難しく感じながらも、その過程でいろいろなことを学びました。そのノウハウを本をつくる人たちにシェアしたくて、実際に自分で製本している方、大手出版社、キュレーターといった幅広い分野の方から経験談を聞き集め、この本をつくりました」

その経験をシェアしてくれたコントリビューターの選定基準は、彼女のなかにあったのだろうか?

「経験が豊富な方に聞くことによって、広くいろんな意見を伝えることができ、それがこの本が持つDIY的な、誰もが触れやすい要素と、学問的要素を兼ね備えたものになっているんです」

初版では1000冊ほど、今に至るまでに約1500冊をいろいろな人たちが購入していったが、特筆すべきは教育機関の存在。ハンナさん曰く、出版社が参考に買っていくこともあるが、「ニューヨークでは学生にこの本を買って学ぶことを、大学が推奨している」そうだ。

実際、ニューヨークにはCenter for Book Artsや大学などの教育機関において、リソグラフや印刷、製本の教室が開かれている場所が多々あるそうだ。
「日本でもHand Saw Pressみたいに、ときどきワークショップをやっているところはあるのですが、専門的な場所や、それに特化したインディペンデントなスペースはまだ少ない」日本とニューヨークの状況の違いを語るNCチーム。

ハンナさんによれば「ヨーロッパとニューヨークが歴史的なアートブックムーブメントの中心になり、特に70年代前半にニューヨークで流行り出したコンセプトアーティストたちが自らのアートを本の形で表現していったのが主流となっている」。こうした背景から彼の地では、アーティストを守る環境が充実したものとなり、さらにはニューヨークやブルックリンのブックフェアが勢いのある存在に発展していった。ブックフェアについての議論はまた後ほど紹介しようと思う。


千差万別のコントリビューターとの新たな交わり

日本版制作のきっかけはベルリンのアートブックフェアMiss ReadでハンナさんとNCが出会い、その後来日した彼女はNCのスタジオを訪ねた。雑誌NEUTRAL COLORSとその制作アプローチを気に入ってくれた彼女は、NCとタッグを組んで『How to Book in Japan』を出版しようと提案。それを受けた加藤はどう思ったのだろう?

「オリジナルの『How to Book』を見たとき、確かにこういうことを教えてくれる人はいなかったと感じた。日本の出版社同士もオープンじゃなく、情報がなかなか共有されない。自分が大手出版社の編集者だったら、なかなかこんなメンバー(コントリビューター)を集められなかったと思う」

NCのようなアートブック専門でも大手でも小規模でもない雑誌のパブリッシャーだからこそ、声をかけたら応じてくれるかもしれないーそう考えたようだ。

「自分だったらこれが知りたいって情報もあったし、声をかけたことのない人に声をかけてみたいなと思って」

そこから新しい交流が生まれ、真剣に長文で応じてくれたアンケートの答えを読みながら「自分が書けないところを書いてくれて、すごいいい文章だなって感動した」。

NY版をベースにイラストなども踏襲してつくられた『How to Book in Japan』だが、本づくりのアドバイスをお願いしたコントリビューターを選ぶ段顔では「NY版ではどういう人が書かれているのかを分析して、日本に当てはめながら考えていった」と加藤は話す。

「基本的には外注せずに自分たちの手で本をつくっている」ことがベースにあったとはいえ、日本版ならではのコントリビューター20人を選ぶのは難しかったようだ。日本国内にも選びきれないぐらいのパブリッシャー、制作者がいるなかで、選定のポイントを加納が教えてくれた。「オフセットで1000部以上刷っている大きな出版社より、インディペンデントパブリッシャー」「すべて手づくりで作品的な制作をしているというよりも、ある程度ビジネスとして継続していく意思を持っているか」。

こうして選び抜いた結果、有名な書店からイラストレーター、Zine制作者や地方でローカルに活動している方などから、幅広い生の声が集められた。加藤もその多様性を「TABFを主催するPOSTや、edition.nordのようなアートブックの大家みたいな方もいて、それが一緒にごちゃっとなっているのがすごい面白い」と話す。

「すごくばらけた感じに多様な人の意見を聞けて、それぞれ言っていることも違うので、読む方が自分にフィットするのはどれか?と考えながらつくれる」。こう加納が言うように、きっと本づくりの旅路に出ようとする人の背中を、そっと押してくれることだろう。

NCの実体験から生まれた、日本版ならではコンテンツ

ニューヨーク、ベルリンも然り、それぞれの地域に精通した本づくりをしている方たちの証言を集めたのが『How to Book』。日本版もその流れを踏襲しつつ、「利益が見込めない場合の出版は?」というNCならではの実験的な質問を投げかけてみた。

「利益が見込めなくても出版する意義や、そのなかでもどうやったら成立するのか、自分自身が興味があった」。そして思いがけず、多くのコントリビューターから熱いメッセージを受け取り、加藤自身が励まされるといううれしいリターンも。

英語版にはない経済的な質問を投げかけたことについて、ハンナさんも「自分と一緒に働いてくれた人にどうお金を循環させていくか、力強く議論されている」と評価する。「すごく難しい問い」だと言いつつ、「誰かに自分の考えをシェアしたい」思いから本づくりをはじめた彼女自身の回答を聞かせてくれた。

「お金は大事だけど、一番だとは思っていなくて。本を通じて、人をケアすること、知識をシェアすること。これが出版活動の根底にありますね」

「出版することの未来や展望についても語られているのが、非常にいいと思いました」と日本版で追加した内容について話すハンナさん。

雑誌NEUTRAL COLORSは5000部が適正部数であると、紆余曲折を経て掴んできた加藤。「自分の一番やりたいものの個数を、見極めていくのが重要なんじゃないかと思って。それぞれに合った部数があるはずなので、それを探ってもらいたい気持ちが強いですね

ハンナさんの回答に共感する加納も、インディペンデントパブリッシングの観点から続ける。「自分たちの手持ちの範囲でつくれること。その一冊だけで利益を出すことを期待しないこと。多少赤字が出たとしても、雑誌や他の本の売り上げでカバーしてバランスを取ることができれば、売れないから出版しないって考え方はないかなと思います」

コントリビューターの一人、YYY PRESSの米山さんはこう回答してくれた。「本だけで採算を取ろうとしないこと。本が出ることで拡がる人脈や経済圏というものが確かに存在する」
これは世界のブックフェアに参加するNCにとっても、非常に生きてくるアドバイスだ。コロナが落ち着いてきたいま、各地で再び活気づくアートブックフェアでは、独立系出版社同士のコミュニティが着実に生まれてきている。先日NCが参加した韓国のアートブックフェアUNLIMITED EDITIONでは、ローカルのパブリッシャーが雑誌NCが売れ残ることを気にかけてくれ、買取や自社の本との交換を申し出てくれた。そして彼らはバンコクのブックフェアへ、雑誌NC持っていく予定だ。

「結果お金は介在していないけど、こういうコミュニティが生まれるのって、本当にいいことだなって思います」(加納)


アートブックフェアがつなぐ、つくるもの同士の縁

言わずもがな、ブックフェアはオンラインでは味わえない魅力がある。実際に本を見て触って、出展者とコミュニケーションを図りながら選ぶ醍醐味はもちろん、主催する人や参加者によってその特色もさまざまだ。

そもそもブックフェアとは、アーティストのAAブロンソンが2006年に世界初のアートブックフェア〈NY Art Book Fair(以下:NYABF)〉を開催したことに始まる。2000年代のアートブックフェアはインディペンデントなパブリッシャーやZineなどの出版活動から生まれ、回を重ねるごとに出展者も来場者も増大。2009年に東京でも開催されるなど、世界各国に伝播していった。

ブックフェアが盛り上がりつつあるのがアジア勢。Singapore Art Book Fair(SGABF)では2021年より国内と国外の出版社がペアとなり、一つのブースに出展するというマッチングプログラム「Adopt-an-Exhibitor」が採用されている。例えば、コロナで海外から駆け付けることが困難なケースでは、本を送ってもらい、その出版社と現地出版社をマッチングして、自社に替わってフェアで紹介してあげるというものだ。この施策に共感した加納は2022年、NCとしての参加を実現させた。

「その国に行かないと出会えないものってたくさんあり、そこで出会って交流することが後々まで繋がっていることを実感する」
実際、『How to Book in Japan』はベルリンのブックフェアMiss Readでのハンナさんとの縁があり実現した。さらに今回のTABFでNCが発表したもう一冊、『Vanishing Workflows』も、シンガポールのパブリッシャーTemporary PressとのSGABFにおける会話から共同出版という初の試みがなされた。

左がTemporary Pressの第1版。右が共同出版としてNCが印刷を担当した第2版。

もちろん、すばらしい点だけでなく、課題もある。各国で行われているにも関わらず、参加の審査をクリアし、制作環境や助成制度の面などに恵まれた出版社たちが、同じような顔ぶれで出展しているのが現状だ。

来場者の購買意欲は高く、ニューヨークのアートブックパブリッシャーたちにとっては1年分の売り上げを計上するほどの経済規模を誇るNYABF。その現状を知るハンナさんは、「TABFはもっとパブリッシャーについて知る場所があるといいなと思う」と指摘する。入場者は多く活気はあるものの、「アジアの代表的なアートブックフェアに比べて、出展者や主催者側の思想的なものが伝わってこない」と加藤も同調する。

とはいえ、今回『How to Book in Japan』を目がけてブースを訪れる方の多さとその幅広い客層は、NCにとってうれしい驚きであった。本誌NEUTRTAL COLORSについても、小規模なコミュニティ内で完結せず、多くの人に手にとってもらいたい思いで制作する加納はこう話す。

「買うだけでなくで、本をつくりたいと思っている人が、すごくたくさんいるんだなって思いました。今回のTABFではそれを感じられたことが一番の収穫でした」

こうしたディスカッションが各地で活性化することにより、それぞれのアートブックフェアが独自の思想を持ち、いっそう成熟していくことを期待したい。『How to Book in Japan』の制作、発表を経て、本をつくる仲間が互いに助け合い、国境や文化を超えてつながっていけたらと願うNCであった。

Text: Rina Ishizuka

完全にインディペンデントとして存在し、オルタナティブな出版の形を模索し続けます。