小学生の頃の私 ①

今回は前回に引き続き子どもの頃の私について投稿していきます
ご参考程度にお願いします

今回は小学低学年(1~3年)の頃についてです

私は石川県にある普通の小学校に入学しました
DCDの事については保育園の先生から引き継ぎがあったらしく小学校の先生は障害があることご存知でした
この時からは病院は学校が終わってから行くようになりました

1年生の時は体育や図工など手先や身体を使う授業が入ってきたので少しずつDCDが目立ってくるようになります
保育園の時に引き続きノリを使うとベタベタになるし絵の具とか塗り絵は線からはみ出ます
体育も縄跳びや鉄棒が出来ませんでした
ですが、周りも1年生だからそこまで目立ってもなかったです

2年生の時からいじめというものが入ってきました
テレビで見るような靴に画鋲がとかは無かったですが言葉でのいじめが多かったです
運動会がバ走(バラエティ走・障害物競走)だったのですが真面目すぎて一つの物を完璧に出来るまで何回もする女の子でした。ピンポン玉が落ちたら1回カゴに入れてすくって隣のカゴに入れる的な
この年にミュージカルを始めて演劇に興味を持ち始めました
 その劇団はバツイチだったりシングルマザーだったりなぜか訳ありな方が多くいらっしゃいました
なので障害持ちの私も参加しやすかったです


3年生、ここからDCDが目立つようになってきます
漢字が難しくなってきて親から良く言われたのが「へんとつくりがバラバラ」と言われます
マスがあっても下手だけどマスが無かったらもっと下手です Aの漢字にBの漢字のへんがくっついてることもあります笑
漢字というか文字を書くことが苦手です笑
徒競走はめちゃくちゃ苦手でした
この頃から周りと少し差が出てきて走るたんびに最下位でなんで遅いんだろうと毎回悔しくなってました

DCDだとは思ってなくてただ手先が不器用で運動神経無いだけだと思ってこれらもDCDだったんだと気づいたのがほんとに最近だったからもっと知っとけば良かったーー!って思います(*^^*)

次回は高学年(4~6年生)のことについて書こうと思います

今回も読んで頂きありがとうございました!
また次もよろしくお願いしますm(*_ _)m

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