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インタビュー:脱炭素DX研究所所長の我有才怜さん【ねっとぜろ通信002】

ねっとぜろ通信のインタビュー連載、第1回目は脱炭素DX研究所の我有才怜さんです。まず、我有さんが今のような活動をされるようになったキッカケから質問したところ、お話は福岡での青春時代にまで遡って、、、


―――我有さんが脱炭素に興味を持たれたのは、どんな経緯からですか?

いきなり脱炭素とか地球温暖化とかではなかったんですが、中学生の時に見た一枚の写真が最初の入り口だったかもしれません。社会課題に目が向くようになったのは。

―――どんな写真ですか?

有名なのでみなさんご存じだと思いますが、ピュリッツァー賞を受賞した『ハゲワシと少女』という報道写真です。すごく衝撃的で。

―――わかります。

その後、高校生の時にも。ロシナンテスというNPOが北九州にありまして。あ、私、福岡県の田舎の出身なんですが。そのNPOの理事長をされてる川原尚之さんというもともと外務省の医務官をやられてた方が、スーダンに医療活動に行かれていて、その講演を聞く機会が授業の中であったんですね。で、「こういう世界があるんだ」っていうのが衝撃で。スーダンの医療の状況とか、本当に命を落とさざるを得ない世界っていうのがすごくショックで、何かこう、「自分にできることはないか」とか、「そういう領域に自分も携わってみたい」って、関心を持つようになりました。同級生の友達といっしょに支援プロジェクトを立ち上げてみたりもしましたね。

―――大学は、京都の立命館大学ですね。

はい。2013年に国際関係学部に入学しまして。在学中にフィリピンとかベトナムとかにも行ってみて途上国のリアルな現場も見つつ、一方で、日本の地域の問題とかにも興味ありましたし、フードロスとか、そういう問題にもいろいろ関心が向くなかで、いざ就活になってもひとつの業界になかなか絞り切ることができなくて。

―――最近は就活のスタートも早いし、ひとつに決めるのは難しいですよね。

そんな時期に株式会社メンバーズを知りました。「大企業のマーケティングの在り方を、価格や機能などの損得を訴求する内容から、持続可能な社会を共に創造することを呼びかける内容へ転換できるよう支援する。マーケティングの在り方を変え、人々の豊かさに対する考え方を物質的な豊かさから、精神的な豊かさ、心が満ち足りていることへと転換しよう。」というのを謳っていて。大学在学中にいろいろ学ぶなかで、格差や貧困、ジェンダーや環境問題も、やっぱり企業の影響力って大きいなと思っていて、「ビジネスが変わればさまざまな課題にもいいインパクトを出せるのでは」と感じていたので、メンバーズで横串的にというか、ビジネスの構造とか、そういうものを変えるところにチャレンジできるんだったら遣り甲斐あるなと思って入社しました。2017年に。

 ―――メンバーズは「デジタルマーケティングの会社」とお呼びしていいんですか?

正確には「デジタルマーケティングの会社でもある」だと思うんですが、はい、基本はクライアント企業のマーケティングをデジタルでお手伝いしている会社ですね。


―――そんな会社が『脱炭素DX』を標榜されて本も出されている。これは、どういう経緯でこうなったんですか?

メンバーズが脱炭素を強く言いはじめたのはコロナ前の2019年ぐらいなんですが、それ以前から、社会課題全般の解決を意識した経営をやりはじめていたんです。実は2008年頃に2期連続赤字、離職率25%、株価低迷と倒産の危機に陥り、その時期に、「なんのために働くのか?」ということを改めて自分たちに問い直し、企業としてのミッションやビジョンも考え直して、「やっぱり社会にとって価値がある会社にならなきゃいけないね」という考えに至り。そうこうするうちに2011年3月11日に東日本大震災も起こったりして、いわゆるCSV経営やパーパス経営、つまりソーシャルグッドとビジネスを両立させる方向に舵を切ったそうです。

―――なるほど。

それで、2019年に、私としては入社2年目ぐらいですが、社長から「これから我が社は地球温暖化を食い止めるためにビジネスをするんだ」という宣言があって。ただ正直、当時の私はすごく気候変動に興味あったかって言ったらそうでもなくて、どちらかというと、貧困とか社会の不公平さとか不正義とか、そういうところに私はすごく関心があって。地球温暖化以外にも、もっとそういう課題のほうが大事なんじゃないかとさえ思ってましたね。でも、いろいろ調べていくと、地球温暖化とか気候変動がすごく貧困の問題と絡んでたりとか、じつはジェンダーとも密接な関係があったりとか、本当にいろんなことが関わり合ってる問題なんだっていうのを知って。例えば、国ごとの温暖化対策の進み具合とジェンダーギャップ解消って相関関係がデータで証明されてたりするんです。

―――つまり、気候変動を解決することが、貧困とかジェンダー不平等の問題とかの解決にもつながると。

はい。気候変動を対象にした時に、「他の問題もいっしょに解決することになる」っていうのが腹落ちして。それに、気候変動を解決する手段は脱炭素、つまり温室効果ガスの排出削減だけではなくて、社会の意思決定プロセスをもっと民主的にしていくこととか、ジェンダー平等とかビジネスの在り方など、「構造」にアプローチすることなんだと気づいたんです。ここから脱炭素DXにのめり込んでいった感じです。じつは、もともとはそんなにデジタルに興味や知識があったわけじゃないんですけどね(笑)

メンバーズさんが提供されている『脱炭素DX』サービスの詳細は、こちらをご参照ください。こちらのインタビュー記事も、是非。


―――脱炭素DX研究所の所長もされてます。ここではどんなことを?

メンバーズは、2030年までのCO2排出量46%削減をビジネスの観点から支援しています。そこで2023年4月に”脱炭素DXカンパニー”という社内カンパニーと、その横並びのような形で”脱炭素DX研究所”が開設されました。

脱炭素DXカンパニーは、「はかる」「減らす」「稼ぐ」という3つの軸で事業を展開しており、具体的には脱炭素とDXの両方のスキル・ノウハウを持ち合わせたGX人材が「スコープ1・2・3やLCAの算定業務の高度化」や「サーキュラーエコノミー型のサービス・プロダクト開発支援」「脱炭素型商品のマーケティング支援」などをおこなっています。

そして、脱炭素DXカンパニーの事業を後押しできるように、脱炭素DX研究所は、脱炭素ビジネスにおけるDXをテーマに、スコープ3やLCAに関する最新動向、サーキュラーデザイン事例、気候変動に関する生活者意識調査報告書などを有識者やパートナー企業と協力して情報発信しています。

―――なるほど。カンパニーと研究所は、脱炭素DX推進の両輪なんですね。

例えばいろんなクライアント企業さんとお話するなかで、「サステナブルって大事なのは分かるけど、それじゃ儲からないよね?」っていうご意見がよく出るんですけど。日本ではまだ少数派ではあるけれど確実にそういうことを求めている生活者はいるんです、っていうことを、ちゃんと定量的にリサーチして、新規事業起案のエビデンスとして役立てていただいたりとか。最近の調査ではカーボンフットプリントや環境ラベルの認知度を聞いたりとか、それがあることによって購入意欲がどれぐらい掻き立てられるかを調べたり。

―――近年、生活者意識も驚くほど変わってきてますもんね。

他には、「Circularity DECK(サーキュラリティデッキ)」というのがあって、企業のサーキュラーデザインを推進するための”51の戦略”が構造化されて書かれており、こういうツールを使いながら、どうやってサービスデザインしていけるのかっていうワークショッププログラムを作ったりとかですね。これは最近、新規事業系の部署や開発技術系の部署の方に多くご参加いただいていますね。

―――我有さんの肌感覚でいいんですが、「しょうがないから脱炭素やらなきゃな」という企業さんと、「脱炭素を積極的にビジネスに取り込んでいこう」という企業さん。割合的にはどれくらいですか?

割合は難しいですねえ。本当どっちもいるなぁと思うんですけど、でもまあ割と私たちがお話しするところは、「ビジネスとしてやっていかなきゃ」とか、「これをいかに売上につなげればいいか」っていうところに悩んでいる企業さんが多くて。どっちかというと、“守りのサステナビリティ”よりは“攻めのサステナビリティ”をいかにできるかっていうのに、課題を感じていらっしゃる企業のほうが多いですね。

―――守りと攻めの違いは?

“守り”でいうと、例えば「はかる」。スコープ1・2・3やLCAを算定して情報開示するということは必須の対応事項になっており、企業としての責任を果たすことにつながります。“攻め”でいうと、例えば「へらす」「かせぐ」。「はかる」を起点に、可視化した温室効果ガス排出量などのホットスポットを減らすために、いかにサプライヤーさんとのエンゲージメント強化につなげていくか、いかにサービス開発をしていくか。例えば「環境配慮型のプロダクトを作りたいんだけど、まずは実証実験したい」というご相談に対応したりとか、プロトタイプ作成のサポートとかですね。

―――環境配慮型のプロダクトでいうと、どんな成功例があるのでしょうか?

メンバーズの事例ではないですが、サーキュラーエコノミー系だとフィリップスの事例がおもしろいです。

―――あ、オランダの電器メーカーですね。

照明器具を売るのではなく、照明をサービスとして売るというビジネスモデルです。サブスク型で電気が使用されている時間の重量課金みたいにして。そうすると、照明器具が長持ちするほどフィリップスはコストメリットがあるわけです。

―――つまり、一定期間で製品寿命が切れたほうが儲かるという、いわゆる「計画的陳腐化」の開発思想が無くなりますね。

はい。計画的陳腐化じゃなくて、むしろ長寿命化させるっていうことに技術開発を頑張るようになる。結構サーキュラー系で調べると、面白い事例が海外ではたくさんあります。走行距離に課金するミシュランタイヤのサービスや家電使用時間や使用方法で料金が変わるオランダのHomieなど。

―――これから日本でもそういうビジネスモデルがどんどん出てきそうですね。

だと思います。ただ、現状どうしても日本だと、サーキュラーと言った時に、まだ従来のリサイクル志向なんですよね。マテリアルレベルで粉砕して新しいものを作るみたいな発想なんですけど、そうすると、その粉砕のエネルギーだったり、全然違うところに運んで工場で加工してっていうように、たしかに循環なんだけれども、すごく環境負荷の高い回し方になっているので、そうではなくて、いかに循環ループの半径を小さくするかとか、マテリアルの話じゃなくて、ビジネスモデルの話として、どうサーキュラーの円を描くのかっていうのが今すごい求められていると思います。

―――確かに。私も家電メーカーのリサイクル工場のCMとか制作させてもらいましたけど、なんかものすごい規模でやってるから、これ結局かかってる労力とかエネルギーとか材料とかで本末転倒になってるんじゃなかと感じたことあります。

どういう風にサーキュラーにしていく方が環境負荷が下がるのかっていうのを、ちゃんと測るために、LCA(ライフサイクルアススメント)っていう、環境負荷計測の部分を弊社でもご支援をしていたりします。


―――そんな我有さんですが、脱炭素DX研究所の所長であると同時に、「Climate Creative」というメディアの運営メンバーもされています。

 はい。「社会をもっとよくする世界のアイデアマガジン”IDEAS FOR GOOD”」を運営されているハーチ株式会社と組ませていただいて、気候変動対策やサステナビリティにまつわるクリエイティブな事例を発信したり、「なんとかしたい!」と思っておられる企業さんとオンラインセミナーやクリエイティブ発想を醸成するワークショップをおこなったりしています。

―――デザインやコピーといった狭義のクリエイティブではなく、もう少し広い意味のクリエイティブという印象です。

はい。Climate Creative のクリエイティブは名詞じゃなくて形容詞にしてるんですね。Be Climate Creative みんなが創造的であろう!ってことがすごく大事だなと思っていて。創造力の民主化というか。

―――そのお考えの根底にあるのは?

気候変動って本当に複雑で困難なイシューなので、途中で燃え尽きちゃったり、気候不安とか、「1.5度を超えてしまってもう戻れないんじゃないか」っていう無力感に苛まれることもありますし、企業においてはこれまでのビジネスの在り方を変革しなければならないなかで多くの葛藤やジレンマに直面します。気候危機といってもその「危機」の範疇が環境や生物多様性だけでなく、経済や民主主義や文化・文明など多岐にわたる中で、私たちがこの複雑な問題に立ち向かいたくなるにはどうすればよいか。立ち向かい続け、少しでも良い方向に向かうにはどうしたらよいか。

そんな問いが浮かぶ中で、クリエイティブっていうマインドセットが大事な気がしたんです。そして、そんな姿勢を、一部のクリエーターだけではなく、あらゆる職種、立場の人がもつことで気候危機という大きな壁を少しずつ乗り越えていけるんじゃないかと思ってて。

―――クリエイティビティって制約があることによって刺激されますもんね。

気候変動も一個の制約であると。気温上昇を1.5度までに抑えるには、CO2排出量の上限はあと約330トンですって、世界的に、科学的に決められた制約のなかで、いかにウェルビーイングに生きていくのかって、すごくクリエイティビティを刺激される問いだと思うんですね。で、そこを面白がれるというか、そこに乗っかれる人を増やしていきたいなと思ってます。

―――ヤバいからこそ、面白がるのは重要かもです。

メンバーズは自分たち社員のことを「デジタルクリエイターであり、社会課題を解決するソーシャルクリエイターである」と捉えて、クライアント業務(DX支援)を通じて脱炭素やサステナビリティに貢献することに挑戦しています。例えば、サステナブルWebデザインといって、CO2排出量を少なくしながらUXやビジネス成果を追求していくような取り組みもその一環です。

これは弊社の制作事例ではありませんがフォルクスワーゲンのサイトで、車がなんとなくこう浮き上がって見えると思うんですけど、これ画像じゃなくて、全部テキストで描かれてるんですね。画像よりもテキストの方がCO2排出量が少ないっていうサステナブル・ウェブデザインの原則を、とてもカッコよく、おもしろく啓蒙できてると思いませんか?

―――みごとにクリエイティブです。

小中高時代には、「一人ひとりが少しずつ節電しましょう!重ね着を頑張りましょう!」みたいな教育を受けてきたけれども、もう、もはやそれでは間に合わないし、そこだけに責任を委譲してはダメだなっていうのを思っていて。やっぱりビジネスが変わるとか、社会システムの変革を起こさなきゃいけない。そして、それをいかに心地よい、公正な方法で進めるか。

―――はい。

多くの犠牲のもとに推し進めるシステムチェンジじゃなくて、いかに民主的に、いかに多くの人たちが参画しながらできるのかっていうところが変革の過程としてすごく大事な点だと思っていて。中央集権的に一部の特権的な立場の人がやっていくっていうよりかは、いろんな世代やジェンダー、人種を含め多様な視点でそのプロセスをデザインできるかが切実に問われているかと。

―――まさに“人新世のクリエイティビティ”が試されてる。

斎藤幸平さんも著書で書かれてましたが、3.5%の人が非暴力的な方法で動いた社会運動は成功している、ってデータもあるので、メンバーズでも3000人の社員の中で「本当に気候変動に興味を持って行動を起こす3.5%の社員を作ろう!」と言って“Change Makers Community Lab.”っていう有志活動も最近やってるんですよ。


終止ほがらかな笑顔で、不勉強な私にも大変わかりやすい言葉でお話してくださった我有さん。でも、やさしい語り口のなかにも一本筋が通った信念が感じられて、思わずこちらの背すじも伸びました。「Be Climate Creative」をモットーに弊社も微力ながら前を向いてまいります。我有さん、貴重な示唆をありがとうございました!

我有才怜(がう さいれい) 2017年にメンバーズ新卒入社。社会課題解決型マーケティングを推進するほか、幸福度ランキング上位国デンマークのデザインコンサル会社Bespokeとともに「Futures Design」というメソッドの日本展開に従事。2023年4月1日、メンバーズ社内に開設された「脱炭素DX研究所」の初代所長に就任。IDEAS FOR GOODと共に「Climate Creative」という共創プロジェクトを発足。2023年4月より大阪に転勤し、「地域脱炭素DXセンター大阪」を立ち上げ、関西圏内の企業に対する脱炭素やサステナビリティの伴走支援を推進。国際環境NGOで「ビジネスパーソン向け気候変動基礎クラス」の講師としても活動中。

 


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