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BBTクローン再生計画(12)第二次声優ブームの追っかけアニメ小僧だった私は池袋へ向かった

現在も第何次かの声優ブームなようですが、私の少年時代(昭和50年代)は「第二次声優ブーム」の真っ只中でした。
ちなみに第一次ブームテレビ黎明期の外国ドラマ全盛期に起きて、この時のアイドル声優は「ナポレオン・ソロ」の野沢那智さんなどでした。
対して第二次ブームはテレビアニメブームに裏打ちされたもので、今も活躍する神谷明さんや亡くなった富山敬さん、すでに引退されてる吉田理保子さんなどが筆頭だったんです。

私は「1983年までに放送された作品ならばほぼ全て観ている」ようなアニメっ子でしたので、当然ながら声優さんの追っかけ活動をしていました。
平日午後に虎ノ門で公開生放送されてた水島裕さんのラジオを「見る」ために学校サボってちょくちょく上京したり、小遣いはたいてレコード(CDでは決してない)買ったり。

地元で開かれたコンサートにも行きましたが、しかし「小規模なライブ」を見るためには上京するしかありませんでした。
後に「ちびまる子ちゃん」でブレイクすることになるTARAKOさんは、80年代前半には「新人声優兼シンガーソングライター」として活動していて、自主制作のミュージックテープ(くどいようだがCDでは決してない)を通販で買うくらいのファンだった私(ファンクラブにも入会)は、彼女のナマ歌をどうしても聴いてみたかった。
そこでとある日曜日、意を決してライブに足を運んだのでした。

そのライブ会場はなぜか「西武百貨店池袋店」の中にありました。
「なんでデパートの中にライブハウスがあるんだよ!?」と自分でも突っ込みたくなるんですが、でも確かに池袋西部の中だったんですよ。
まぁ堤清二体制下でのセゾングループはトンガリ系80年代少年処女の御用達マガジン「ビックリハウス」を出するくらいサブカル方面に力を入れてたんで、西武店内にライブハウスくらいあっても不思議じゃないでしょう。

それはさておき、念願かなってナマで観られたTARAKOライブは良かったですね~。
やっぱテープで聴くのとは心に迫るものが違いますよ
プロモーターが取り仕切るでっかい催事ならば地元でも見られるんですが、アーティストやサークルが自主開催するミニマムなイベントとなると東京・大阪のような大都市でないと開かれない。
今では状況が一変し、全国各地で「有志主催のマニアックイベント」が開かれたりしてますが、当時は大都市とそれ以外の文化格差はものすごかったんです。
そういう状況も、私を上京させた大きな一因となりました。

首尾よくBBTのクローン再生に成功できたら、かつてのライブハウス文化も移植したいですね。
「魅せたい人」と「魅せられたい人」がダイレクトに結びつけるような、そんなスペースを!

画題「アニメブームと声優ブームは今後もずっと続くであろうよ」

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