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相談室ノート#001:セクハラ被害の背景


(書いたは良いのですが、それから一ヵ月半あまりフォルダに眠っていたものがありました。とりあえずこちらを初投稿として)

 最高裁判決[平成26年(受) 第1310号 懲戒処分無効確認など請求事件 平成27年2月26日 第一小法廷判決]

 大阪市の水族館の男性管理職2名は,女性派遣社員が一人で勤務している際に自身の不倫相手の性生活の話や自身の性欲の話など卑猥な発言を一年あまりもの間執拗に繰り返した。事業主は女性派遣社員の被害申告の書面に対して彼らに認否を求め,彼らは明確に認めも否認もしなかったことから,事業主は10日間の出勤停止の懲戒処分と降格を命じたところ,男性管理職者はセクハラの事実はなく懲戒処分は無効であると主張し,出勤停止期間の賃金の支払いと地位保全を求めて事業主を訴えたのが本件訴訟です。

 第2審で大阪高等裁判所は,セクハラの事実はあるが出勤停止や降格は重すぎるとして処分を無効と判断したのに対して,最高裁の判決では以下のようになりました。

 ①被害者から明確な抗議がなかったという点は,被害者がセクハラに強い嫌悪感を抱いていても,職場の人間関係を考慮して抗議しないことは十分あり得ることで,懲戒処分を軽くする理由にはならない。

 ②事前に事業主から注意・指導を受けたことがなかったという点については,加害者は事業主のセクハラ防止の方針を十分認識可能であったうえに,本件のセクハラが秘密裡に行われており,個別に注意する機会がなかったのだから,懲戒処分を軽くする理由にはならない。

 このように「被害者から加害者への明確な抗議」や「事業主からの個別の指導を受けたこと」がなくても,出勤停止処分や降格は適法と最高裁は判断したわけです。


セクハラ疑惑・被害に対する人権意識の低さ

 4月12日「週刊新潮」が4月4日の財務省事務次官による女性記者へのセクハラ発言疑惑を報じました。新潮側は女性記者が自衛のため保存していた音声データも公開したところ,音声データは性的発言の連発であり,現職の財務大臣をはじめ多くの関係者はその音声を事務次官のものと認めました。とあるワイドショーでは専門家に声紋鑑定を依頼し,90%以上 の確率で同一人物という鑑定結果さえ出ています。このように事実無根とは言い難い状況にもかかわらず本人は不自然,不可解な釈明や否認をしながら,名誉毀損で訴え,裁判では100%勝てると省内では豪語していたと報道されていました。

 朝日テレビは19日に緊急会見を開き,「取締役報道局長が被害を受けた記者の中に当社社員がおり,当該社員が当社の聞き取りに対して事務次官によるセクハラ被害を申し出があった」と認めました。また,録音内容の吟味ならびに関係者からの事情聴取などを含む調査によって,セクハラ被害にあったと判断するに至り,その社員の訴えを直属の上司が取り上げなかったことや,そのためにその社員が週刊新潮に訴え出たことの不適切さを指摘した上で,財務省に抗議文を提出したようです。

 しかし朝日新聞の抗議に対しても,なお事務次官を擁護し被害者に対して懐疑的な発言を繰返したり,問題解決のため被害者とされる人に加害者とされる側の顧問弁護士に名乗り出てほしいなど,無神経ないしは策謀的な調査協力要請を当然のことと思っている現職の財務大臣や財務省事務次官の職務代行者に続き,告発した被害者のセクハラ録音をある種犯罪と断じながらも批判が集中すれば表現が不適切だったと撤回して済ませる閣僚経験者,「Me too」を掲げた女性を中心とした国会議員集団にツイッターで「セクハラと縁遠い方々」と書き込み,批判されれば即座に発言を撤回し不適切だったと謝罪して済ませる衆議院議員など,おおよそ女性活躍を進めようとしているとは考えられないことが起こっていた。

 さらには被害者のプライバシー保護が叫ばれている中で,民進の定例会見では心許ないフリーの記者が無神経にも被害者の女性記者の実名をあげたことで,ネットで火がつき被害者の顔画像さえ出回ってしまいました。不可思議な世の中になっている証の一つとも言えましょう。

セクハラ被害の会話録音とその外部提供

 事務次官は,4月18日にセクハラを否定し裁判で争うとしながらも職責を全うできないと辞任を表明し,24日には政府は辞任の承認を閣議決定しました。同日のテレビ朝日の定例会見では,被害を受けた女性記者は約1年半前から半年間の間,事務次官から頻繁に呼び出しを受け,一対一の取材中にセクハラ発言を繰り返されたため上司と相談し,1年ほど前から福田次官の夜の会合や呼び出しには顔を出さないようにしていました。

 NHKが森友問題での財務省の口裏合わせのニュースを報じました。テレビ朝日でも記者全体に裏付け取材をするように指示が出され,その矢先に財務省トップの事務次官から誘いの電話があったため,女性記者は何か情報を取らなくてはと,1年ぶりに一対一の取材に応じたが,取材中もセクハラ発言があったことから,自分の身を守るため途中から会話を録音したとされています。

 事務次官の口から出たのはセクハラ発言に,恐怖,嫌悪感,怒りを覚えた女性記者は,上司に「事務次官のセクハラ音源をテレビで流したい。ジャーナリストからレイプ被害を受けたと訴えた伊藤詩織氏2は証拠がなくて握り潰されたけど,私にはこのテープがある。きちんと世に出して,大変な問題であることを伝えたいし,次に出る被害者を1人でも減らしたい」と申し出たと言います。

 折も折,森友加計問題で紛糾している最中,財務次官のセクハラ問題は政権存続に直結する政治案件にもなりかねません。そのため政権批判をしたくない上層部の圧力で握り潰される恐れがあり,局内での誹謗中傷に晒されたり,人事で不利益を被る可能性も否定できず,女性記者への2次被害を案じた上司は 「今後のセクハラ被害を食い止めるために,こうした案件は世に問われるべきで,握り潰されてはいけない」と女性記者と話し合った上で,この件を現時点で放送することは難しいと判断したとされております。
(http://news.livedoor.com/article/detail/14634706/: 財務次官セクハラ問題,テレ朝上司に関する噂の嘘: NEWSポストセブン,2018年4月26日 16時0分)。

 女性記者は,今後もセクハラ行為が黙認されることを危惧し,森友加計問題に力を入れていた週刊新潮に連絡し,取材を受け,録音の一部を提供し,「週刊新潮」の記事になったという経緯です。


財務省事務次官のセクハラ疑惑の結末

 財務省の調査では,元事務次官はテレビ朝日が明らかにした内容をくつがえすに足りる反証を提示していないことからセクハラ行為の事実認定をし,財務省事務次官職務代行者は,行政の信頼を損ね国会審議に混乱をもたらしたことを踏まえ,27日付で元事務次官に対して減給20% ,6カ月の懲戒処分相当とすると発表しただけで,調査終了を告げセクハラ問題の幕引きを図りました。

 セクハラの規制は「男女雇用機会均等法」に明記されています。この法律を作った立法府と実行する立場である行政府の中枢部で,あまりにもセクハラ意識や人権意識の低い不見識な言動がまかり通っています。まさしく2次被害を助長する加害行為の連続とも言えるでしょう。


 

臨床心理士の立場から考える性暴力被害の深刻さ

 セクハラ,わいせつ行為,強制性交等,これらは犯罪性の軽重こそ違いますが,いずれも「(性的)同意のない性的言動=性暴力」ということでは共通性が高いわけです。いずれも被害者の精神・尊厳・人格を否定・破壊する行為のため,被害者は強い心理的負担を被ります。

 性暴力そのものによる直接的被害に加え,ショックによる心身の不調の結果,心身症,急性ストレス反応,心的外傷後ストレス障害(PTSD),適応障害,うつ病などさまざまな心理障害(精神障害)を発症しやすくなります。またこれらの反応性の障害も,周囲の理解や支援が乏しく,被害者への誹謗中傷や加害者への同調・擁護などの2次被害によって悪循環に陥り,「外出困難」「人間関係の破綻」「就業困難」「経済的困窮」なども加わり,さらに深刻な状態に陥りかねません。

 私自身,大学附属の臨床心理相談室で,性暴力被害者の心理支援のスーパーバイザーもやっていましたが(同性担当者が望ましいので担当を避けざるを得なかったが,当相談室のメール相談では担当可能と考えています),心理治療だけではなく,環境調整等,支援内容は多岐にわたります。

 この女性記者の場合,2次被害の原因にもなるセクハラ被害者への誹謗中傷や加害者への同調・擁護も,立法府・行政府の中枢部分の人たちが中心になっているため,2次被害をもたらす環境的範囲は少なくとも全国規模になります。女性を中心とした弁護士5名は,録音とデータの外部提供についてテレビ朝日は持ち込んだことは不適切と言ったが,公益通報同様に,内部で問題にできなかったので,「必要やむを得ない措置」と指摘し,外部提供せざるを得ない状況を作ってしまった組織のあり方こそ不適切と指摘しています。
https://www.huffingtonpost.jp/2018/04/19/sexual-harrasment-for-woman-reporter_a_23415202/

 定例会見でテレビ朝日社長はセクハラの録音は理解できるがその録音とデータの外部提供は不適切とし,女性記者とその上司の処分については現在調査中と答え,その後,以下の記者の鋭い質問に対して,
 
記者:セクハラ問題報道は現状でも政治問題に直結しかねないところがある。当時,情報共有がなされて
   いたとしたら,社長は判断上「報道できたかもしれない」と言うが,実際に今回のセクハラ問題を
   報道できたと思うか。
社長:分かりません。

と答えています。
https://www.sankei.com/entertainments/news/180424/ent1804240012-n3.html

 社長が躊躇するような社風の中で,この案件は報道できる,あるいは握り潰されないと判断できる社員はいるでしょうか。このような中で女性記者とその上司を処罰の対象と考えることは本末転倒であり,社会正義に反する行為でもあります。

 もしテレビ朝日がこの女性記者を処分するようなことがあったとしたならば,テレビ朝日はセクハラ被害の隠蔽社だけではなく,セクハラの加担社にもなり,社会的信用は地に堕ち,その女性社員が訴えさえすれば,法的責任も問われることになるでしょう。さらに恐ろしいことは女性記者に降りかかるさらなる2次被害,ならびに日本国内がセクハラ意識や人権意識について何十年も後退した社会になることです。

 こういう心配をしていましたら,財務省が前事務次官を懲戒処分してから2週間経つか経たないかのうちに,財務大臣が「セクハラ罪という罪はない」と放言し,さらに「はめられた可能性は否定できない」と被害者攻撃にもなる発言を繰り返しています。後進性に拍車をかけられる風土と化しているようです。
 
 女性記者の心理的負担がどの程度で,現在の心身の状態はどうなのかは知る由もありませんが,これ以上の2次被害を避け,女性が真に活躍できる社会づくりのためにも,テレビ朝日ならびにメディア各社が今やるべきことは,この被害女性の記者生命を守るとともに,今後すべての女性記者が取材先でセクハラ被害を受けずにすむ体制づくり,ならびに女性記者がセクハラ被害にあった際に記者を守り,加害者を速やかに処罰できるようにするメディア共通の窓口・体制づくりと考えられます。

 通常,心的外傷後ストレス障害(PTSD)等に悩まされている方が相談に来られたとしたら,その方にマッチした心理治療や環境調整などの心理支援を行っていくために,どうしてそのような状態になったのか,その原因となった出来事や背景を可能な限り詳しく語っていただくことになります。今回の女性記者のセクハラ被害は,国会でも問題になった分,セクハラの2次被害の背景も,メディアを通じて誰もが容易に知ることができました。2次被害の苦しみを共有することも,セクハラ,性暴力のない世の中づくり,人権意識の高い文化国家づくりにつながっていくと思います。

平成30年5月13日脱稿

内田一成

臨床心理相談室NetDe
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