相談室ノート#002:心の健康問題の分類と心理支援(カウンセリング・心理療法)


心の健康問題の分類

 行動や他の心理的問題(心の悩み)はその人だけのものであるので,心の健康問題は人の数だけあると言っても言い過ぎではありません。その中には一日で解消できるものもあれば,一時的とはいえ急性で数ヵ月,数年続くものもあり,そして現在の科学水準では対応できず,慢性で一生つづくものまであります。また,国際的な診断基準に含まれない正常範囲の悩みや苦痛からどの診断基準にも含まれる重いものまでさまざまでもあります。心の健康問題の専門家は,どの診断基準にも含まれるような重くて不適応的で苦痛をともなう症状を中心にした分類方法を開発してきました。


よい診断分類体系を

 よい診断分類体系には多くの利点があります。症状を呈している人を群分けし,同じ群に属する人に共通する症状を特定することによって,その原因を探求することもできますし,どうしたらそれらの症状を改善したり,解消できたりするのかという治療法の開発も可能になります。診断名はまた,心の健康問題を抱える人にいち早く適切な情報を伝えることもできます。
 しかしながら,診断が適切になされないと,大きな問題を引き起こすことになります。レッテル貼りです。これは個人の問題の理解ではなく,分類に人を合わせようとする誤った行為で,誤診にも通じます。誤診は,問題の見落としと同様に,適切な対処方法を選択できなくなります。
 診断基準の作成には,正常か異常かの判断が必要になります。「異常(abnormal)」とは「標準(norm)から離れている」ことを意味しますが,何を基準に区別しているかといえば,次の4つの基準があります。


4つの基準とは

 1.『文化的標準からの逸脱』
 あらゆる共同体には許容される行動について何らかの標準があり,それらの標準から著しく逸脱した行動は異常とみなされます。男性がピアスをしていたら,50年前には欧米人同様に多くの日本人も異常と考えたと思います。しかし今日,そうした行動はファションとしてほとんどの共同体で受け入れられていると思います。このように,正常や異常についての文化的標準の考えは共同体によっても,時代によっても異なりもします

 2.『希少性(統計的標準からの逸脱)』
 人がだれかの行動や考えが変だとかと言うとき,ほとんどの人がするような行動や考えではないということを意味したりします。統計的な標準から離れるにしたがってまれになることと同じです。知能指数が著しく低い状態も著しく高い状態もまれになります。しかしこの定義だと,知能指数が著しく高い状態も含まれてしまうため,何が標準なのかに加えてさらに多くのことを検討しなければなりませんが,現在の国際的な診断基準が取り入れている「(その状態のために)社会的,学業的または職業的に著しい支障をきたしている」という条件を追加することも一つの解決策と考えられます。

 3.『行動の不適応性』
 行動や思考,感情が個人や社会集団にいかに影響するかが重要な基準にもなります。この基準に従えば,個人や社会の正常な機能を妨げる行動は不適応的であり,日常生活で個人の能力を阻害する行動(人混みが怖くてバスや電車で通勤できないこと,アルコール中毒のために定職に就けないこと)や,社会に対する有害な行動(暴力的な攻撃性を爆発させる行動,国家元首の暗殺を画策する妄想的な行動)が該当します。不適応性という基準を用いれば,これらの行動はすべて問題視されます。

 4.『主観的苦痛』
 本人の主観的な苦痛体験にもとづく基準もあります。はた目には正常に振る舞っていても,その人自身は実は苦痛を感じているという場合には,主観的苦痛がその障害の唯一の症状の表れということにもなります。個人的にはもっとも大事な視点だと思っています。
 


 身体医学領域の話になりますが,患者さんが身体的な苦痛や変調を訴えても,検査結果に異常がないので医学的に問題がないと取り合ってもらえなかったとか,身体的に異常がないので心療内科や精神科に行けばと言われたという話をよく耳にします。これは本人しか分からない訴えを軽視した結果で,特定の検査結果だけですべてが分かるかのような誤認を含む非科学的な態度と言わざるを得ません。
 
 このような患者さんの主観的苦痛や変調に寄り添い耳を傾け続ける中で,先のような医師がまったく見つけられなかった病気を発見し,適切な治療によって苦痛や変調から解放してくれたという話も耳にします。心の健康問題でも同様のことがあてはまると思います。


心理支援(カウンセリング・心理療法)の在り方

 心の健康問題の診断基準の作成にはこれらの4つの基準のすべてが考慮される必要があります。診断基準の使用は画一的になると思われるかも知れませんが,そうではありません。見立ては来談者一人ひとりのあり方によってなされ,その改善に向けての心理支援も一人ひとりのあり方にそった,個人の独自性を大切にしたものとなります。



平成30年4月10日脱稿

参考文献
Smith, E.E., Nolen-Hoeksema, S., Fredrickson,B., Loftus,G.R., & Luts, C.(2014). Atkinson & Hilgard’s Introduction to Psychology,16th.Ed., Wadsworth /Cengage Learning EMEA: Cheriton House. 内田一成(監訳) (2015).
ヒルガードの心理学 第16版. 金剛出版. (第15章:心理障害, 729-733頁を一部引用・改変)



臨床心理相談室NetDe室長
上越教育大学名誉教授
内田一成

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