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女子と語学力(5) ~ネイティブと やりとりしてた 塾講師 FAX掲げる 高きプライド 〜

人格のキツさから途中で塾をやめる人すら存在した、色白で目つきが悪くて「どこで売っていたんだろう」と思われるくらいオールドスタイルのメガネをかけていた、地元の県立トップ校を経て東京の難関私立大学を卒業されていた、敏腕個人英語塾の先生の思い出について書きたい。ちなみに自分はその先生の教えを忠実に守って勉強をしたおかげで、模試の判定すら出そうと思ってもいなかった大学に合格したので、先生には今でも本当に感謝している。


私は同級生と4人で放課後に英語塾に通っていた。4人とも、県外の大学に進学することを希望していたが、高校の授業だけを真面目に受けていても、受験勉強に対応できないことには薄々気づいており、受験のプラスになるのなら、と受講することを決めたのだった。我々4人は非常に前向きに予習復習を欠かさず授業に取り組み、先生の毒舌なキャラクターに対してもそれほど抵抗はなく、熱心に授業を受けていた。自分の人生で「予習」「復習」というものをしたのは、図書券をもらうために進研ゼミを解いていた小学校時代を除くと、その塾の授業を受けていた時期が最初で最後だったかもしれない。


敏腕英語教師であった先生が時折挟む雑談も大変に面白かった。当時は、現在はテレビ番組の顔としてもはや大物芸能人となった有吉弘行氏が若かりし頃で、「進め!電波少年」という番組が物凄く話題になっていた時代だった。若き有吉氏が、「猿岩石」というお笑いコンビとして世界の、まだ見たこともない海外の街でヒッチハイクをしていた。テレビしか娯楽がなかった時代、今なら人権侵害と言われそうな、若手芸人に事前に知らせないで目隠しをして厳しい環境に放り込み、その様子を見続けるというのは、まさにジムキャリーのトゥルーマン・ショーのような感じだったというか、リアルタイムで更新されていくという展開が斬新で面白く、夢中になって見ていた。目つきの悪い色白の先生は、その電波少年のヒッチハイク企画に対して、批判的だった。「あんな危険なルートをヒッチハイクできるわけがない。絶対に飛行機を使っているところがあるはずだ」と熱弁を振るっていた。その「国際的な」知識に私は驚かされた。学校の英語の先生は、「女史」と言いたくなるような、著名な大学の英文科を卒業したという女性の先生によるものだった。彼女はどう考えても電波少年を視聴していそうな雰囲気ではなかった。女史による、教科書を左から右に読んで行き、脚注の熟語にマーカーをひいたりして、何かをやったような気分になっていた英語の授業であった。

私は英語に限らず、授業はいつも9割9部9厘寝ており、予習などもほとんどせずに授業に臨んでいて、笑うポイントはない「大喜利」のような感じでその場をしのいでいた。クラスの雰囲気は、真面目だけれど優しい同級生のおかげで、そういうキャラクターを受け入れてもらえる環境だったため、先生も(内心は呆れられていたかもしれないが…)あまり怒られたりはしなかったことに今は感謝している。そんな女史による学校の授業とは違い、テレビのバラエティ番組の話題が気軽に出てくるフランクさも、「塾ならでは」という感じがして面白かった。


人気のテレビ番組にやらせがある、ない、ということが真剣に話題になっていたことを今考えると、その当時の自分達の純粋さというか、スレてなさというか、騙されやすさに胸がしめつけられるような気持ちになる。今も度々、テレビのやらせ問題は話題になる。時間も予算もスタッフも限られた中で、短期間に海外で撮影をして面白い映像を作るためには「やらせ」の演出も当然必要だろうよと、しがないサラリーマンに成り果てた今なら思うが、当時は「猿岩石の!ヒッチハイクが!やらせだなんて!まさか!」と、とても驚いた記憶がある。


色白で目つきの悪い難関私大を出た先生は、度々、入試問題の解答や表現などについて、ネイティブスピーカーのマイケル君(仮名)とファックスで質問をしたり、やりとりをしていた。その紙を得意げに見せてくれたこともあった。先生がネイティブスピーカーと交流していることを女子校に通う生徒たちに見せつける、その高き高きプライド(しかもファックスで!)。彼がファックスを掲げた背後から、「ジャジャジャーン!」という効果音が聞こえた気がした。メールすら一般的ではなく、自分は持っていなかったが、ポケベル(!)をみんなが使っていた頃、黒電話が骨董品ではなく日常的に使われるものでまだまだ主役、ファックスすらも全ての家庭にあったわけではなかった。ファックスによるネイティブスピーカーとの「紙による通信」は、瞬時に思いを伝えられるという点で、当時、最先端の通信手段だったと思うのだが、なんとなくではあるが、うっすらと「本当にこのマイケル先生は、日本の大学入試の英語の問題の瑣末な質問についてファックスで問いてくる、メガネが印象的な日本人の彼のことを友達だと思っているのか?ちょっとイタいやつだと思われてはいないか?」と思ってしまうようなエピソードもあった。

その塾ではとにかく、桐原書店という出版社から出ている、「頻出英熟語・英文法」というテキストに出てくる熟語を完璧に覚えるよう指導された。毎朝、毎晩、赤いシートに熟語を載せて、覚える。授業が始まる前に毎回決められた範囲の熟語が一人一人に当てられるので、私たちはうっかり引っかかるとブーイングがされる長縄跳びの大会のごとき緊張感で、順番にその熟語の意味を答えていった。やることの範囲が明確で、何をすれば良いのかがわかり、その熟語を完璧に覚えると格段に模擬試験の点数が上がっていく。一緒に通う友人たちともお互いを励まし合い、時には自宅の黒電話に電話してもらって早朝に勉強したことさえあった。家に早朝に電話がかかってくるなんて…と今思うと隔世の感である。

大学受験の頻出熟語として、「worthwhile 〜ing」という熟語が出てきた時のエピソードである。「〜する価値がある」と訳がついていた。
「シェイクスピアの生家であるStratford-upon-Avonは、行く価値がある場所なのか?」というような意味で、イギリスに旅行した際、現地の人にガイドブックを見せてIs it worthwhile visiting?と聞いたところ、質問された女性は首を傾げ「うーむ」と唸ってしまい、正確な解答をしてくれなかった、というのだ。

肌が綺麗な色白の巨大なメガネをかけた先生は「なんでだろう?なんで通じなかったんだろう?(自分ほど英語のわかる人間が間違うことをいうはずはない、というようなニュアンス)」と眉をしかめて、首を傾げていた。なんとなくではあるが、あの、シェイクスピアの生家である。日本の地方都市でドヤ顔で自分の英語力をファックスを掲げてそこまで高い偏差値でもない高校の女子高生たち(私たち)に自慢してくる、目つきの悪い先生に、価値があるのかないのかを判断されるような場所なのだろうか?と現地のイギリス人の方は思ったのではないか、と今なら思う。また、”worth while 〜ing” という表現は、口頭で話すには、不自然な熟語なのかもしれない。自分も受験英語でしか学んでいないので、正確なニュアンスは分からない。

是非とも英語のネイティブスピーカーに、ファックスで聞いてみたいところである。

女子と語学力(6)に続きます…。

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