「置き場」第5号に寄せられた連作から、それぞれ気になった一首を引きました。以下、敬称略で失礼します。
以上となります。取り上げた歌のいくつかについて感想を。
まず上の句、「惜しくなる予感がする」等ではないところが良いなと思いました。「今から」が挟まることによって、この書き方でないと捉えられない感覚が捉えられている感じがします。下の句の解釈はいくつかありそうですが、(おそらくは水)飛沫に含まれる瞬間性が、惜しくなる何かのために使う時間を鮮やかに見せていて、書き方は淡々としていながら、切なさ、あるいは苦しみのようなものまで感じられます。
紫陽花がどことなく持っている、不思議さ・奇妙さが掴まれている歌だととりました。忘れたもの二つがどちらも口に関係するものなのが面白く、紫陽花のなかではもしや口が機能しないのではないか、と思わされるような書きぶりです。しかも「生活していたら」なので、それなりの時間を主体は過ごせています(ここもどこか変です)。そうなると、この先主体は言葉などまで忘れてしまいそうで、怖さを感じつつも興味深く読みました。
前半のフレーズがシンプルに良いなと思いました。こう言われると確かに、海に行けるならどんなに道が混んでいても構わないな、という気持ちになります。ただ、そこから「ぐらいに」という直喩になる展開に立ち止まります。良い意味で意外で、こうくると「ふたり」の親密さや関係性が、(人混みや渋滞のイメージも重なって)より強い輪郭をもって立ち上がってくるように思いました。
三句目、もし「言われたので」なら比較的意味が通るところを「言ったので」にしているところが好きでした。上の句の問いかけは心理テスト、あるいは思考実験的なものでしょうか。何にせよ、「あなた」の内面に(ともすれば強引に)踏み込もうとしているようにも見えます。なのに一転して、石と一緒に寝そべるという、全くの無害な方向に舵を切っているのが面白く、この主体の捉えられなさに惹かれるものがありました。
結句に来て、「あなた」へ送る手紙(と封筒)を船と喩えていることがわかる、という流れですが、この比喩も展開もすごく良いなと思いました。手紙が「あなた」に届くタイムラグというか、例えばLINEなどのメッセージとは違う速度はまさに船らしいですし、下の句の描写からは宛名を書く手元の光源まで想像が及びます。上手くは言えないのですが、二句の「はじめて」、結句の「光る」の置き方、全体的な韻律がかなり好きでした。
上の句の直喩、意外性がありつつも、とても美しい景だと感じます。「いろあせた化石」はどちらかというと雲それ自体を思わせますが、のちに日傘が出てくるためそれなりに晴れた空なのでしょう。そこが面白く、言われてみればこのような喪失感のある晴天はときおりある気がします。結句に向けて「きえてゆく」「ながいゆめ」とすべて失われるものへと収束していくところが、どこか終末を思わせ、しかし安らかな感慨のようなものを感じられました。
最後まで読んで下さりありがとうございます。誤字等あれば言っていただければと思います。
また、私は「逆さの現状」という連作で参加しているので、読んでいただけると嬉しいです。